身代わり王女の受難~死に損なったら、イケメン屋敷のメイドになりました~

茂栖 もす

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終焉の始まり

さよならと約束②

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 レナザードから告白を受けたというのに、素っ頓狂な声を上げてしまった挙句、彼の少年っぽい表情を見て吹き出した私は、とことん色恋から縁遠い存在のようだ。

 そしてそんな私をレナザードは見つめている。………そう、もの言いたげに、ずっと見つめているけれど、口に出したい言葉はきっと甘い雰囲気のものではないだろう。

 自業自得とはいえ、告白からすぐにお説教をいただくのは勘弁願いたい。ということで、私はおずおずと弁明を口にした。

「………だって、レナザードさまが突然そんなことを言うから、驚いてしまって」

 この期に及んで言い訳をする私もどうかと思うが、すぐにレナザードから【それってどうよ?】と突っ込みたくなる質問が飛んできた。

「まぁ確かに唐突といえばそうだが、お前の気持ちを聞いたんだ。それに対して何も返さないのはおかしいだろう?」
「そりゃまぁ、そうですけど……」

 レナザードの言うことは確かに正論だったけれど、なんていうか真顔でそんなことを言われてしまうと、もじもじと落ちつかない気持ちになる。

 反対にレナザードは片方の口の端を持ち上げて、意地の悪い笑みを浮かべている。あ、この顔はもうお馴染みのヤツだ。

「なんだ不満そうだな。これだってお前が悪い。自分勝手に告白して自分勝手に結論を出すものだから、こんなタイミングでしか言えなかったんだ」
「!!!????」

 再びの俺様発言に今度は言葉を失う。ぱくぱくと口を動かす事しかできない私に、レナザードは、すっと表情を引き締め、私の頬を両手で包んでから語り出した。

「一度は無理矢理に抱こうとしてしまったんだ。むやみに触れれば、お前を怖がらせるだけだとわかっていた。だから、お前が怯えなくても良いように、でも離れていかないようにする方法を、ずっと考えていたんだ。なのに、お前ときたら────」

 そこでレナザードは私の頬をむぎゅーっと引っ張る。もちろん加減はしてくれているから、痛くはない。痛くはないけれど、レナザードの目は据わっている。どアップで迫られ、迫力満点のその顔は、ものっすごく怖い。

 ついさっき、私を怖がらせないようにと言ってくれていたけれど.........これはこれ、というやつなのだろうか。

 そんな他事を考えているうちに、レナザードの顔が更に近づいてくる。もちろん不機嫌さもセットでだ。

「お前の行動は、まったくもって予測不可能だ。俺がうじうじと悩んでいたのが馬鹿みたいだった。だからもう、悩むのはやめることにした」

 不貞腐れたまま、そう言い切ったレナザードだったが、一つ息を付いて今度は静かに語り出した。

「………ずっとお前に向かう気持ちに名前を付けることができないでいた。でも、お前が他の誰かに触れられるのを想像するだけで、えもいわれぬ不快感が押し寄せてくる。まして、お前が貢物として扱われることなど、気が狂いそうだ。こんな気持ちになるのは初めてで、この感情すらわからなかった」

 そこまで言って、レナザードは少し遠くを見つめる。きっと見つめた先には、かつての幼い私がいるのだろう。

「誰かを愛するということは、ずっとその人が幸せであればと祈ることだと思っていた。例え仮に相手が、別の誰かと添い遂げようとも、その人が幸せならそれで良いとさえ思っていた。……でも違った。いや、そういう愛し方もあるけれど、別の形だってあることに気付いた」

 レナザードは視線を私に戻す。そして私の大好きな肩の力を抜いた、ほっとしたような笑顔で続きを語る。
 
「お前といると自分に足りない何かが満たされていく。お前の一挙一動に心が揺さぶられ、それがとても心地よい。もっと笑顔を見たいと思う。いや、笑顔にさせたいと思う。遠くで見守るなんて冗談ではない。自分の手でお前を護りたいと思う……こんな気持ちを持つなんて生まれて初めてだ」

 その言葉で気付いてしまう。そっか、だからレナザードは【私とティリア王女はまったくの別人だ】と言ってくれたのだ。彼の気持ちを知らなかった私は、その意味を履き違えてしまっていたのだ。

「好きだ、スラリス。もう二度と、こんなふうに誰かを好きになるなんて思わなかった。誰かを愛おしむなど、一生のうちで一人で良いと思っていた」

 レナザードの声は今までにない程に掠れていて、それでいて甘く熱を孕んでいる。見上げれば赤茶色の瞳の中、歓喜に打ち震える私がいる。そして、その瞳はどんどん近づいてきて、私は静かに瞳を閉じた。

 重なった唇から、レナザードの言葉にできない想いが伝わってきて、再び涙が溢れてくる。

 本当はずっと願っていた。雨の東屋で去っていく後姿を見つめながら、寝顔を見つめながら、大きな背に手を添えながら……ほんの少しで良いから、レナザードの心が私に向いてくれたら良いのにって。

 それが叶ってしまったのだ。しかもほんの少しではなく、こんなにも沢山、レナザードの心が私に向いている。

 これほど幸福を感じた事はなかった。

 だからきっと人は飽きもせず、失恋の痛みを知っていても、何度だって恋をしてしまうのだろう。
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