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終焉の始まり
さよならと約束③
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人生に岐路があるように、恋にだって沢山の別れ道がある。そんな中、両想いになれたことは、幸せなんていう単純な言葉で言い表せないぐらい幸福なことなのだ。
レナザードの口付けを受けながら、そんなことが不意に頭をよぎる。そして、更に胸がいっぱいになってしまい───。
「………スラリス、ここで泣くのは勘弁してくれ」
レナザードの言葉で自分が豪快に泣いていることに気付く。それぐらい嬉しくて、切なくて、溢れてしまった思いが涙に変わってしまっていたのだ。
けれど、レナザードにとったら、キスして泣かれたら、たまったもんじゃないだろう。私だって逆の立場だったら、この世の終わりより辛い。
「違います。嬉しいのと驚いたのがごちゃごちゃになって、いっぱいいっぱいになっただけです。この涙に悲しい成分は含まれてないです」
「そうか……なんだかケイノフから薬の効用の説明を受けてる気分だ」
わかりやすく説明したつもりだったけれど、それに重点を置き過ぎて、色気が足りなかったようだ。でも、色っぽく涙の説明をするなんていう高度なスキルは持ち合わせていない。
抱きしめられたまま、むーっと渋面を作ってしまった私に、レナザードは今度は袖口で涙を拭ってくれた。多分、指先では到底拭えない程、涙を流してしまっていたのだろう。
あとどうでもいいけれど、レナザードの服は、雨の雫に、血に、涙にと、どうやら濡れる運命にあるのだろうか。ふと、そんなことを考える。
「お前は俺と一緒の時は泣いてばかりいるな。頼むから他の男の前ではこんな無防備に泣いたりするなよ」
「レナザードさまの前だから、こんなにも素直に泣くことができるんです」
「スラリス、その言葉は嬉しいが、少しくすぐったい」
「え?どこが、むずむずするんですか?」
「………この辺りだな」
そう言うが早いが、レナザードの指先が私のうなじをすっと撫で付けた。途端に私は、うひゃっと変な声を上げてしまう。
背筋がぞわぞわとする感覚は不快ではないけれど、とてつもなくくすぐったい。ぶるっと身を震わせた私に、レナザードは不敵に笑う。
何だこのやりとり。くすぐったくて、恥ずかしくて、たまらなく嬉しい。これが恋のなせる技なのだろうか。
レナザードも同じことを考えていたのだろうか。目が合えば同時に噴出して、声を上げて笑う。そして今度は触れるだけの優しい口付けを落としてくれた。
当たり前といえば当たり前なんだけれど、この状況で幸せな時間は長くは続かなかった。レナザードが唇を離した瞬間、ガシャンとガラスが割れる音がした。
それは屋敷の窓ガラスが割れた音でもあり、さっきよりも火矢が近くに迫ってきている証拠。間違いない、バイドライル国の軍勢はこの屋敷ごと燃やすつもりなのだ。
ずっと気付かないふりをしていたけれど、この部屋にはバイドライル国の使者の遺体がころがったままだ。私は、この亡骸に何の感情も持てないけれど、でも、この姿はレナザードの未来の姿と重なり、不安で胸が押しつぶされそうになる。
想いが通じ合ったのに、離れ離れなんてなりたくない。ずっとレナザードの傍にいたい。そう言葉にする代わりに私は、ぎゅっと彼の袖を掴んだ。
けれど、レナザードはもう【前言撤回】はしてくれなかった。
「さあ行け。裏口を出たら、そのまま一本道をまっすぐ進め。但し、屋敷を出たら決して振りかえるな。────……お前は何としても、生きのびろ」
レナザードはそれだけ言うと、腕を解いて私の背中を強く押した。その力は有無を言わせないもので、私は勢いのまま数歩扉へと歩を進めてしまう。そんな中レナザードの穏やかな声が響いた。
「スラリス、お前に逢えて良かった」
レナザードのその言葉は、まるで永訣の別れのようだった。そして振り返った先に見える彼の表情は、深い泉のように聡明で透明な色を湛えている心を決めた顔。その顔はアスラリア国の兵士と同じ顔をしている。死地に向かうものの顔だ。
だから私は、レナザードに取りまこうとする暗い影を打ち払うように、この場に似合わない明るい声で口を開いた。
───レナザードが死を覚悟した時、彼を引き留める何かになることを祈って。
「すぐに会えますよ、レナザードさま。今度は私から会いに行きますから」
初めては偶然だった。二回目はレナザードが私を見付けてくれた。だから今度は、あなたが私を見付けてくれたように、私がレナザードを見付ける。まるでそれが当然というように、当たり前の顔をして会いに行く。
私の言葉にレナザードも笑みを浮かべ頷いてくれた。でも【今度】の意味はきっと違う。私にとったら三回目の今度だけれど、彼にとったら二回目の今度。
それだけでは、引き留める何かにはならない。だから、ちゃんと伝えよう。そして約束をしよう。
「レナザードさま、今度こそちゃんと再会のやり直しをしましょう。今度は私、偽りの名前を言ったりしませんから。そして、たくさん話をして、会えなかった8年分を埋めていきましょうね。私もレナザードさまに聞いて欲しいこと、聞きたいことがあります」
「スラリス、お前何を言ってるんだ」
意味が分からないと瞬きを繰り返すレナザードに、私は最後の切り札を差し出した。
「ねぇレナザードさま、……また、あの日のような綺麗な夕陽を一緒に見てくださいね」
瞬間、レナザードはっと息を呑んだ。それは言葉にしてくれなくてもわかる。ようやく彼と私の記憶が重なったのだ。
信じられないと目を瞠るレナザードの瞳の奥に、喜びの色が見える。もうそれだけで十分だ。だから私は、レナザードに向かってとびきりの笑顔を残して背を向けた。
この先のレナザードの言葉は今は聞きたくない。貧乏性の私は、大事にとっておくことにする。聞くのは再会できた時のお楽しみだ。
そして私は約束通り振り返らずに、走り出す。生きろといってくれた大切な人の為に。
レナザードの口付けを受けながら、そんなことが不意に頭をよぎる。そして、更に胸がいっぱいになってしまい───。
「………スラリス、ここで泣くのは勘弁してくれ」
レナザードの言葉で自分が豪快に泣いていることに気付く。それぐらい嬉しくて、切なくて、溢れてしまった思いが涙に変わってしまっていたのだ。
けれど、レナザードにとったら、キスして泣かれたら、たまったもんじゃないだろう。私だって逆の立場だったら、この世の終わりより辛い。
「違います。嬉しいのと驚いたのがごちゃごちゃになって、いっぱいいっぱいになっただけです。この涙に悲しい成分は含まれてないです」
「そうか……なんだかケイノフから薬の効用の説明を受けてる気分だ」
わかりやすく説明したつもりだったけれど、それに重点を置き過ぎて、色気が足りなかったようだ。でも、色っぽく涙の説明をするなんていう高度なスキルは持ち合わせていない。
抱きしめられたまま、むーっと渋面を作ってしまった私に、レナザードは今度は袖口で涙を拭ってくれた。多分、指先では到底拭えない程、涙を流してしまっていたのだろう。
あとどうでもいいけれど、レナザードの服は、雨の雫に、血に、涙にと、どうやら濡れる運命にあるのだろうか。ふと、そんなことを考える。
「お前は俺と一緒の時は泣いてばかりいるな。頼むから他の男の前ではこんな無防備に泣いたりするなよ」
「レナザードさまの前だから、こんなにも素直に泣くことができるんです」
「スラリス、その言葉は嬉しいが、少しくすぐったい」
「え?どこが、むずむずするんですか?」
「………この辺りだな」
そう言うが早いが、レナザードの指先が私のうなじをすっと撫で付けた。途端に私は、うひゃっと変な声を上げてしまう。
背筋がぞわぞわとする感覚は不快ではないけれど、とてつもなくくすぐったい。ぶるっと身を震わせた私に、レナザードは不敵に笑う。
何だこのやりとり。くすぐったくて、恥ずかしくて、たまらなく嬉しい。これが恋のなせる技なのだろうか。
レナザードも同じことを考えていたのだろうか。目が合えば同時に噴出して、声を上げて笑う。そして今度は触れるだけの優しい口付けを落としてくれた。
当たり前といえば当たり前なんだけれど、この状況で幸せな時間は長くは続かなかった。レナザードが唇を離した瞬間、ガシャンとガラスが割れる音がした。
それは屋敷の窓ガラスが割れた音でもあり、さっきよりも火矢が近くに迫ってきている証拠。間違いない、バイドライル国の軍勢はこの屋敷ごと燃やすつもりなのだ。
ずっと気付かないふりをしていたけれど、この部屋にはバイドライル国の使者の遺体がころがったままだ。私は、この亡骸に何の感情も持てないけれど、でも、この姿はレナザードの未来の姿と重なり、不安で胸が押しつぶされそうになる。
想いが通じ合ったのに、離れ離れなんてなりたくない。ずっとレナザードの傍にいたい。そう言葉にする代わりに私は、ぎゅっと彼の袖を掴んだ。
けれど、レナザードはもう【前言撤回】はしてくれなかった。
「さあ行け。裏口を出たら、そのまま一本道をまっすぐ進め。但し、屋敷を出たら決して振りかえるな。────……お前は何としても、生きのびろ」
レナザードはそれだけ言うと、腕を解いて私の背中を強く押した。その力は有無を言わせないもので、私は勢いのまま数歩扉へと歩を進めてしまう。そんな中レナザードの穏やかな声が響いた。
「スラリス、お前に逢えて良かった」
レナザードのその言葉は、まるで永訣の別れのようだった。そして振り返った先に見える彼の表情は、深い泉のように聡明で透明な色を湛えている心を決めた顔。その顔はアスラリア国の兵士と同じ顔をしている。死地に向かうものの顔だ。
だから私は、レナザードに取りまこうとする暗い影を打ち払うように、この場に似合わない明るい声で口を開いた。
───レナザードが死を覚悟した時、彼を引き留める何かになることを祈って。
「すぐに会えますよ、レナザードさま。今度は私から会いに行きますから」
初めては偶然だった。二回目はレナザードが私を見付けてくれた。だから今度は、あなたが私を見付けてくれたように、私がレナザードを見付ける。まるでそれが当然というように、当たり前の顔をして会いに行く。
私の言葉にレナザードも笑みを浮かべ頷いてくれた。でも【今度】の意味はきっと違う。私にとったら三回目の今度だけれど、彼にとったら二回目の今度。
それだけでは、引き留める何かにはならない。だから、ちゃんと伝えよう。そして約束をしよう。
「レナザードさま、今度こそちゃんと再会のやり直しをしましょう。今度は私、偽りの名前を言ったりしませんから。そして、たくさん話をして、会えなかった8年分を埋めていきましょうね。私もレナザードさまに聞いて欲しいこと、聞きたいことがあります」
「スラリス、お前何を言ってるんだ」
意味が分からないと瞬きを繰り返すレナザードに、私は最後の切り札を差し出した。
「ねぇレナザードさま、……また、あの日のような綺麗な夕陽を一緒に見てくださいね」
瞬間、レナザードはっと息を呑んだ。それは言葉にしてくれなくてもわかる。ようやく彼と私の記憶が重なったのだ。
信じられないと目を瞠るレナザードの瞳の奥に、喜びの色が見える。もうそれだけで十分だ。だから私は、レナザードに向かってとびきりの笑顔を残して背を向けた。
この先のレナザードの言葉は今は聞きたくない。貧乏性の私は、大事にとっておくことにする。聞くのは再会できた時のお楽しみだ。
そして私は約束通り振り返らずに、走り出す。生きろといってくれた大切な人の為に。
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