身代わり王女の受難~死に損なったら、イケメン屋敷のメイドになりました~

茂栖 もす

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終焉の始まり

思いがけない再会

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 また会える、絶対に会える、っていうか何が何でも再会する。

 そう自分に言い聞かせて、手に持っていたメイド服を夜着の上から、がばりと被る。そしてそのまま袖を通す。

 制服は魔法のアイテム。リボンもヘッドドレスもないけれど、制服を着た私は、お屋敷の主さまから下された直々の命令を遂行するメイドになる。

 お屋敷の主さまからの命令は絶対。だから私は一秒でも早く、この屋敷から離れること。そして屋敷を出たら絶対に振り返らないこと。

 もう一度、レナザードから下された命令を心に刻み込んで、一気に廊下を駆け抜ける。そして階下へと続く階段の手すりに腰かけて、勢いよく滑り降りた。

 毎日自分の顔が映る程に磨き込んできた甲斐あって、滑りは想像以上だった。実は階段の手すりを滑り台のように下ってみたかった…......しでかしてしまえば減給ものの無作法でも、今なら許される。夢がかなって嬉しい。なんていうのは、ここだけの話ということで。

 そして、レナザードの言う通り裏口から飛び出した私の視界に映るのは、闇森へと延びた一本道。闇森は高く木々が聳え立ち、月明かりが届かない漆黒の闇。

 たどり着く先にはアスラリアの皆が待っているとレナザードは言っていたけれど、それがどこなのかは分からない。ぶっちゃけ踏み入れるのが怖い。

 でも、ここで私がもたもたして、バイドライル国の兵士に捕まってしまったら目も当てられない状況になってしまう。

「行くしかないでしょっ」

 ぱんっと両頬を叩いて気合を入れる。そして私は、何だか良くわからない一本道を全速力で駆け出した。

 足元は悪く、ごつごつとした石が転がっていて、時々、地面に這い出た木の根に足を取られ転びそうになる。というか、もう何度も躓いてしまっている。でも足を止めることはしない。一度でも足を止めたら、振り返りたくなる衝動を抑えきれる自信がないから。
 
 それにしても、ここは不思議な空間だった。全く音がしない。きんっと耳鳴りがしそうなほど静寂に包まれている。

 屋敷から離れたとはいえ、あれだけの軍勢がいたのだ。人々のざわめきや、馬のいななきが聞こえてもいいはずなのに。

 その代わりに、ずっとキラキラとした光の破片が、辺りに降り注いでいる。ランプなど持っていなかった私には、それはとてもありがたいけれど、まぁやっぱり不思議感は否めない。 

「なんだろうなぁ、これ」

 そう呟けば、降り注ぐ光の破片が増えたような気がする。

 足を止めることはしないけれど、さすがに息が切れてきたし膝もがくがくだ。どれくらい走ったかは振り向けないから分からないけれど、結構な距離を走ったと思う。でも考えるのはこれぐらいにする。

 別のことを考えていても、どうしたってたどり着くのはレナザードのこと。そして彼のことを考えれば、どうしようもない不安に襲われる。だからわざと有り得ないことを口にしてみた。

「まったく、レナザードさまは酷い人だ。私一人を逃がすなんて。アスラリアの皆と再会して、私が浮気でもしたらどうするのよ」
 
 光の破片は妙な感覚を開けて降り注ぐ。あれ?ちょっと動揺してる??それがツボに入り私はうへへっと緩い笑いが込み上げてくる。

「なんちゃって、浮気なんてするわけないじゃん。っていうか、する気もないし」

 両想いになれたから浮気という言葉がつかえるのだ。ちょっと調子に乗ってみただけだ。途端に光の破片が攻撃的に私に向かってくる。これは非難してるのだろうか。

 冷静に考えれば、そもそも生き物なのか何なのか良くわからない光の物体は不気味でしかないけれど、打てば響くこの感じが一人ぼっち感が紛れるので、有りがたい。

 けれど、すぐに一人ぼっちではなくなった。


「────────……ぎゃぁ!……ふ、ふぐっ」

 突然、背後から腕を掴まれ、咄嗟に悲鳴を上げようとするが、ものすごい速さで口を押さえられてしまった。
 
 まさか、と全身に緊張と絶望が走る。けれど私の口を押える手は、剣を持つごつごつとした手ではなかった。

「しっ静かに。スラリス、私よ。わかる?」

 聞きなれた声が耳朶に届く。そして私の顔を覗き込んだのは、ユズリだった。

「ユズリさん!?良かった。戻ってきてくれたんですね」

 嬉しさのあまり、ユズリをがばっと抱きしめてしまう。突然飛びつかれたユズリは、大丈夫と言った後、苦笑を浮かべた。

「急いで戻って良かったわ。あ、詳しい説明はいらないわ、大体はわかるから。まぁ、後片付けができる程度に屋敷が原型を留めてくれてたらいいけれど。さ、積もる話は後にしましょう。ひとまずここを離れるわよ」

 冷静なユズリの口調に、落ち着きを取り戻した私は、大きく頷いた。そしてそんな私のスカートの裾を、小さな手がつんつんと引っ張った。

「姫さま、安心して、ぼくが守るからねっ」

 小さな手に似合わない頼もしいことを言ってくれるのはリオンで、思わず【もう、やだ、可愛いっ】と抱きしめて頬擦りしてしまう。

 まだ子供だけれど、気持ちは紳士のリオンにとったら私のリアクションは少々、不服のようで、ぷくぅっと頬を膨らませてしまった。でも、それがまた可愛い。

 そんな緩み切った私の頬と、ぱんぱんに膨れ上がったリオンの頬を交互に見つめていたユズリだったけれど、小さなため息と共にポツリと一言こう零した。

「それにしても、スラリス。あなたこんな時までメイド服のままなのね」

 こんなときに自分の服の駄目出しを食らうとは思ってもみなかったけれど、それはそれでユズリらしくてとても心強い。

 ただ、こんな時だからこそのメイド服なのだけれど、そうなった過程を説明するためには、つい先程のレナザードとのやり取りまで説明しなくてはならない。

 さすがに、いや、ここでその話する?とちょっと躊躇ってしまう。もちろんユズリに隠すつもりはないけれど、やっぱりこれは落ち着いた状況で聞いて欲しい話なのだ。

「……あ、あの……それは、その」
「ふふっ、あなたらしいと言えば、あなたらしいわね。そういうところ好きよ」

 結局もごもごと、不明瞭な言葉を放つことしかできない私だったけれど、ユズリはあっさり自己完結してくれた。そして私の手を強く握り、視線を前に向けたまま口を開いた。

「足元に気をつけて。走るわよ」

 その言葉を合図に私達は再び漆黒の闇森を走り出したのだ。
 
 ただ、走り続けているユズリの背から、細い絹糸のようなものが、吐き出されているのを、私は気付くことができなかった。
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