身代わり王女の受難~死に損なったら、イケメン屋敷のメイドになりました~

茂栖 もす

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終焉の始まり

★彼女に向かう気持ち(レナザード視点)①

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 かつて自分に光を灯してくれた少女の為に、強い自分になる。そう誓いを立て、レナザードはティリア王女ことスラリスの元を去った。 

 誰よりも強くなりたい。そう心に刻み、鍛錬に明け暮れているある日のことだった。まだ存命だった父親が、レナザードに声を掛けた。【会わせたい人がいる】と言って。

 そして手を引かれ連れていかれたのは、屋敷の一室だった。そこに一人の少女がいた。

 灰色がかった紫色の髪と同じ色の瞳。同じ紫の色を持つ少女は、自分にとって近親者であることはわかった。けれど───。

『ティリアより、少し年上か』

 それが少女に対するレナザードの第一印象で、それ以上なにも思うものはなかった。けれど、いつのまにか父親は姿を消し、部屋で二人っきりになれば、戸惑いは隠せない。そんな居心地悪さが少女にも伝わってしまったのだろう。

 少女は少し怯えた顔をして、何か口にしようとしたが、それは声にする前に消えていく。そして何度かそれを繰り返した後───。

『初めまして、お兄様。私、ユズリと申します』

 ぎこちない笑みを浮かべ、少女はスカートの裾を少し摘まんで、貴婦人のまねごとのような礼を取った。

 その瞬間、持て余していた少女の存在がすとんと胸に収まった。【自分の妹】という一生変わることのない、けれど、大切な場所に収まったのだ。

 それからしばらくして、ユズリは自分の異母兄弟ということを知った。そうなった経緯は、耳にしたはずだが、深く覚えてはいない。

 もう既にどうでも良いことだったから。レナザードにとって半分しか血がつながらなくても、ユズリが妹であることは変わりがなかったから。

 それ程までに、レナザードはユズリのことを深く愛していた。けれど、その気持ちはかつてのティリア王女に向かうものでも、スラリスに向かうものでもない。言葉にするならば、親愛というものだった。

 だから年月を重ね、ユズリが美しい女性となっても、レナザードに向けるユズリの視線に親愛以外の何かが含まれていることにも気付くことができなかった。

 そして、その妹が自分を裏切ったという事実を目の当たりにしても、レナザードのユズリに向かう気持ちは変わらなかった。





「主さま……このままだと、ユズリがスラリスを.........お……お願いです、お願いですっ。姫さまを……スラリスを助けて下さい!!」

 リオンの叫び声が、追想していたレナザードを現に呼び戻した。

 ゆるゆると視線を下せば、リオンの小さな手がレナザードの腕を掴み、目を潤ませている。

 必死に懇願するリオンに、スラリスの身にどれほどの危険が迫っているかが伝わってくる。けれど、そんなはずはないと、レナザードは自分に言い聞かせるように、拳を強く握りしめた。

 なぜなら、スラリスの渡る《路》は、ケイノフが創り上げた強力な結界なのだから。
 スラリスが約束を守ってさえいれば、決してバイドライル国の兵に見つかることなく、安全な場所へ移動できるはずだ。絶対に、大丈夫なはず───だった。

 しかしそれは相手が人間なら、のこと。異形のものが相手となれば話は違う。そして、リオンがユズリの手により傷つけられ、スラリスが危険に晒されている。これは嘘偽りのない現実なのだ。その証拠にレナザードの手が自分の意思とは関係なく震えている。 

「ケイノフ……《路》はどうなっている?」
「…………………」
 
 《路》という名の結界は、創り上げた者なら状況をすぐさま見通すことができる。けれど、ケイノフは自分の主に応えることができない。
  
 ケイノフはきつく唇を噛み締め俯いた。罪責感からレナザードを直視することができない。

 なぜならケイノフは少し前から気付いていたから。人間には決して見つけることができないはずのこの屋敷が襲撃されたということは、一族の誰かがバイドライル国に手を貸したということ。その誰かは.........思い当たる人物は一人しかいない。

 しかもそれが、レナザードを挟んでの痴情のもつれから来るものだと知った当の本人が受ける衝撃は、計り知れないものだから。側近として、そして同じ男として、それを伝えることはあまりに酷なこと。

 けれど答えを探しあぐね口を噤むケイノフに、レナザードは容赦ない言葉を浴びせる。

「ケイノフ答えろっ」

 剥き出しの感情のまま、そう叫ぶレナザードに、ケイノフはあらがう事が出ない。しばしの間の後、もっとも重要なことだけを口にした。

「………ユズリが、堕ちたみたいです」

 ケイノフのその言葉を耳にした途端、レナザードの瞳に絶望の色が広がった。そして彼はこの瞬間、初めて本当の恐怖を覚えた。大切な者の命が指先からすり抜けていくような、そんなとてつもない恐怖を。そしてもう一人の大切な妹と二度と会えないという絶望を。

 ユズリは禁忌を犯してしまった。そして身の内に潜むものに、体を奪取されたものは、二度と元には戻らない。そんな罪人に課せられる制裁は【死】のみ。その鉄槌を下すのは、一族の長の役目。

 それは一族の者なら、誰しもが知ることで、一族の長はその覚悟を持って、長となる。

 けれど、レナザードはユズリの兄でもある。長としての憤りもあるが、それとはまた別の激しい後悔に打ちのめされていた。どうして、気付くことができなかったのだろう、と。

 しかしどれだけ考えても、レナザードはきっとその答えにたどり着くことはできないだろう。

 ユズリがどれだけレナザードに対して生意気な態度をとっても、どれだけ無礼なことを言おうとも、腹の底から怒りを覚えることはない。結局は許してしまう。それは、妹だから。言い換えれば、ユズリはどうあってもレナザードの妹でしかない。ユズリは一生、他の何かにはなれないのだ。

 レナザードはぐっと拳を強く握り締め、喘ぐように天を仰いだ。ユズリにとってただの兄であるならば、大切な妹を連れて逃げることも、無いとは知っていても救う術を探す悪あがきもできる。

 けれど、レナザードは一族の長。決断をしなければならない。悲しく辛い決断を。

 そして、迷いを振り切るように自分の拳を地面に叩き付けた後、レナザードは勢い良く立ち上がった。

「ダーナとケイノフ。茶番は終わりだ。さっさと片付けるぞ」

 愛する人を護りたい。愛する人をこの手で殺さなければならない。

 願望と責務に挟まれたレナザードだったが、今、自分が取るべき行動を見失うことはなかった。
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