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十六夜に願うのは

さらなる追い打ち

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 まとまらない思考が、頭の中でぐるぐると浮かんでは消える。

 落ち着け、とりあえず落ち着けと自分に言い聞かせてみても、もう一人の自分に【いや、無理。落ち着けるわけないじゃんっ】とキレられた。

 万事休す。自分の力ではどうすることもできないパニックに、誰か助けてと心の中で悲鳴を上げたら、本当に助っ人が現れた。

「おい大丈夫か?スラリス」

 ようやく最近耳に馴染んできた野太い声が頭上から降ってきて、のろのろと声を上げれば心配そうに私を見下ろすダーナがいた。

「………あ、おはようございます」

 条件反射で朝の挨拶をしたら、ダーナも条件反射でおはようと返してくれる。けれど、すぐに膝を付き私の顔を覗き込んだ。

「顔色が悪いなぁ、立てるか?」
「立て………─────ぅわぁ」

 立てます、そう言い切る前に身体がふわりと浮いた。ダーナが私の両脇に手を入れて持ち上げたのだ。

 ただダーナの背はこの屋敷の住人の中で一番高い。そして私の身長は下から二番目だ。ちなみに最下位はもちろんリオン。そんな私が子供のように持ち上げられれば、つま先が宙に浮いてしまう。

「あ、あの、ダーナさま。大丈夫ですから降ろしてください」
「りょーかい」

 そうダーナは返事をしてくれたが、降ろしてくれるどころかそのまま歩き出す。

 そうだ、そうだった。
 すっかり忘れていたけれど、ダーナは少々というかかなり強引なところがあった。ティリア王女を演じていた時、断りもなく部屋に踏み入ったように、彼は異性に対して不躾なところがある。

「一人で立てるし、歩けますので、降ろしてくださいっ」
「りょーかい」

 少し語尾を強めてそう言えばさっきと同じ返事の後、今度はすとんと降ろされてしまった。ただし、地面ではなく花壇の間に設えてある簡易的な木のベンチに。

 私を持ち上げてここに到着するまで、ダーナの足で数歩。私の足では間違いなく二桁の距離。

 顔色の悪い私を、目についたベンチに座らせようとしてくれたのは有難いけれど、それならそうと先に言って欲しいし、私は歩けない程弱ってもいない。

 そんなことを声に出して言えない代わりにジト目で訴えようとしたら、ダーナは私に背を向けすたすたと元いた場所へ戻ってしまう。そしてすぐに箒を手にして戻ってきた。

「………ありがとうございます」
「どういたしまして。ってかスラリス、いちいちこんなことで、ありがとうなんて言わなくていいぞ」

 女子への無作法、ダメ絶対!の訴えが、箒への感謝の言葉に変わってしまったことは少し腑に落ちないけれど、ダーナのそういう細かい優しさは素直に嬉しかった。なので、訴えについては別の機会まで置いておこう。

 そんな複雑な気持ちを抱えている私を、ダーナは体調不良だと勘違いして目の前に膝を付き再び覗き込んだ。

「やっぱ、顔色悪いなぁ。ここいらで一気に疲れが出る頃だし、部屋で休むか?」
「あ、体調は悪くないです」

 食欲もあるし、睡眠もしっかりとれてるし、体調に関してだけなら何の問題もない。ただ、自分のやらかしで心のダメージを負ったという独り相撲の事実があるだけだ。

「なら良いけど………それとも、なんかあったか?例えば主のことで」
「!?」

 ダーナの一言で、私はぼっと顔が赤くなった。なぜ、どストレートにそこを付いてくるのだろう。

 やっぱり私はダーナのことがほんのちょっとだけ苦手だ。背も厳つくて大きくて近くにいると何とも言えない圧迫感があって、言動は何を考えているかわからないことばかりなのに、こうして時々、私の心の奥を突いてくる。

「えっと、嬉しいことと、驚いたことと、あと衝撃的なことがあって……混乱しています」
「…………そっか」

 具体的なことは敢えて言わず、でも端的に状況を説明すれば、ダーナはなんとなく察してくれたようで、ははーんと意味ありげな返事をした。

「で、その混乱は収まりそうなのか?」
「…………どうでしょう」

 この混乱を治める為には、レナザード本人に確認を取らなければならない。でも、今すぐ確認するのは、はっきり言って無理なことだ。

 それは私の為にレナザードの時間を割くのは申し訳ないからとか、私の仕事が忙しくてレナザードに会う時間が取れないからとかではもちろんなく……本当にレナザードが想いを寄せていたのが私だったらどうしようという気持ちからだ。

 だって違っていたら違っていたで強烈ながっかり感を味わうことになるし、もし合っていたら合っていたで、その後お互いがいたたまれなくなる空気になること間違いない。

 とどめに真実を知ったレナザードが【お前かよっ】というツッコミと共に、がっかりするのを目にしたら私は華麗な土下座と共に天に還るだろう。

 ああ……それにしても、なんでもっと早く思い出せなかったのだろう。
 レナザードに助け出された後すぐに思い出していれば、感動的な再会ができていたかもしれないのに。

 いや一瞬で彼を思い出すのは不可能だったかもしれないけれど、せめて嵐の夜にレナザードが部屋を訪ねて来てくれた晩までに思い出すことができていたら、最悪の状況は回避できたというのに。

 タラレバでしかないことをつらつら考えてしまっていた私は、無意識にはぁーっと大きな溜息を付いてしまっていた。それは傍にいるダーナにももちろん聞こえていたということで────。

「ま、あんまり思い詰めるなよ、スラリス」

 そう言ってダーナは私の頭をぽんぽんと叩いてくれた。もちろん今日もヘッドドレスは微動だにしない。

 そんな彼の無駄な小ワザに関心しつつ、はぁと曖昧に返事をする。きっとダーナには、私が更に自分を追い込んでいるようにでも写ってしまったのだろうか。先ほどよりもっと心配そうに眉を寄せてこう言った。

「弱ったな、明後日からユズリとリオンが留守にするんだけど、一人で平気か?」
「……………………………………」

 平気なわけが無い。

 この世の終わりのような絶望的な表情を浮かべる私に、ダーナは俺も手伝うからとズレたフォローをしてくれる。それはフォローにもなっていないし、むしろ素人は邪魔なので手伝わないでください。

 そんな辛口の言葉を心の中でダーナに投げつつ、私のテンションは地に落ちたまま、ユズリとリオンが留守にする日を迎えるのであった。
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