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季節外れのリュシオル
★雨が運んだ思わぬ邂逅【レナザード視点】②
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レナザードはスラリスとの邂逅に、つい先程まで抱えていた苛つきが波のように引いていく。しかしそれに対して、スラリスはレナザードと目が合った途端、怯えた様子で礼もそこそこに、この場から立ち去ろうとしてしまった。
「おい、ちょっと待て」
それはほぼ無意識だった。レナザードは気付いた時には、スラリスの腕を掴んで引き止めていた。
咄嗟に掴んだ腕は柔らかく折れてしまいそうで、あの晩の彼女との出来事を思い出し、レナザードは慌てて首を振り、鮮明に浮かび上がろうとする記憶を無理矢理散らそうとする。
しかし、レナザードがそんな必死な努力をしてる最中、スラリスは抱えている籠に視線を落とし、じっと何かに怯えている様子だ。
頑なにレナザードと視線を合わせないようにしているスラリスだが、一度だけ彼から目を逸らさなかったことがある。それはレナザードに自分を殺せと言った時だけだ。
そのことを思い出し、レナザードは何故か無性に腹が立つ。
ユズリとリオンは置いといて、ケイノフとダーナには朗らかに笑いかけ、楽しそうに談笑するのに、自分に対してだけは怯えた表情しかみせない。本当にユズリの言うとおり、自分は地顔が怖いのかという疑問がよぎるが、それは一旦置いて置く。
それにレナザードは別にスラリスに媚びてほしいわけではない。ただ普通に接して欲しいだけ。それぐらい良いではないか、とレナザードは自分勝手に苛々する。そしてその感情はそのまま口にしてしまっていた。
「なぜ俺から逃げようとした?」
「………レナザードさまに合わせる顔がないからです」
なんだかよく分からない言葉がスラリスから跳ね返ってきた。
「……はぁ?…………────」
思わず間の抜けた声を出した後、レナザードは意味がわからず考え込んでしまった。
合わす顔がない=申し訳ない気持ちがあって、その人の眼前に登場できない気持ちであるさま。
思考を巡らせた結果、思い当たることは一つしか浮かばなかった。それはスラリスがティリア王女と偽っていたということ。ただ既にスラリスはメイドとしてここで過ごし、そして自分も含めてそれを受け入れてるので、何を今更と言いたくなる。
それよりも、腕を掴んだ瞬間、スラリスが自分に対して怯えや恐怖があったとういう事実に対して、それはないだろうと問い詰めたくなる気持ちの方が強い。
確かに、自分はスラリスに剣を向けた。きっと争い事など無縁の世界で生きてきた彼女にとってそれは、酷く怖く恐ろしい体験だったに違いない。そしてその結果、どうしても埋められない溝ができてしまった。それはとても、もどかしく焦燥に駆られるものであった。
「ティリアのことは、もういい。既に済んだことだ。俺は気にしてないし…………お前も気にするな」
まずはここから誤解を解いていこう。どうやらスラリスと自分は、あの晩から時間が止まってしまっていたようだった。つまり、スラリスから怯えた表情を消すのは、まだまだ長い道のりのようだ。そしてそれを厄介事とも面倒事とも思わない自分にひどく驚く。
しかし、記念すべき第一歩であるレナザードの言葉に、スラリスからは【はい】も【いいえ】という返事もなかった。その代わり、別のことを問われてしまった。しかも、ひどく言いにくそうに。
「……では、どうしてまだ腕を掴むのですか?」
お前が俺から逃げないようにするためだ。
そんな稚拙すぎる理由を口に出せないレナザードは、無言で手を離すことにした。
そしてすぐ、つい先ほど、踏んだり蹴ったりと悪態をついた雨だが、これを利用するのも良いのかもしれない、とふと思いつく。
「少し話をしよう、スラリス」
その言葉にスラリスは、驚きを隠すことができないようだった。珍獣を眺めるような視線を感じ、レナザードは不快も苛つきも飛び越えて思わず苦笑を漏らしてしまった。
そんな二人に春の雨は、さあさあと降り注ぐ。
今この雨は、雷雨とまではいかないが、霧雨といえるほど優しいものではない。身動きが取れないこの状況なら、スラリスだってそうやすやすと逃げ出したりはしないだろう。
自分はただ、スラリスと向き合うきっかけがなかっただけだ。そして今、スラリスに触れてみたいと渇望する自分がいる。もちろん、逃すつもりはない。
「この雨だ、止むのを待とう。とりあえず、ここに座れ」
レナザードは東屋のベンチを指さす。
怯えたように自分を見上げるスラリスは、それでも逃げる機会を伺っている。さてそんな彼女をどう引き留めようか悩み、すぐに思い立ってスラリスの手から籠を奪い取った。
あっ、とスラリスは息を呑み、慌ててそれを取り返そうと手を伸ばす。しかし、一歩身を引いたレナザードの方が早かった。
行き場のなくしたスラリスの手が彷徨うのを横目で見ながら、レナザードはどっかりと東屋のベンチに腰掛ける。もちろん、籠は抱えたままで。
人質ならぬモノ質を取られたスラリスは上下、右左と困惑の表情を浮かべながら視線を彷徨わす。どうやら逃げるか取り戻すかを天秤にかけているようだ。
「スラリス、早くしろ」
レナザードは籠を軽く叩き、座るまで返さないという意思表示をすれば、スラリスの天秤に重りが追加されたようだった。
そしてしばらくの間の後───観念したスラリスは、是と頷いてくれた。
「おい、ちょっと待て」
それはほぼ無意識だった。レナザードは気付いた時には、スラリスの腕を掴んで引き止めていた。
咄嗟に掴んだ腕は柔らかく折れてしまいそうで、あの晩の彼女との出来事を思い出し、レナザードは慌てて首を振り、鮮明に浮かび上がろうとする記憶を無理矢理散らそうとする。
しかし、レナザードがそんな必死な努力をしてる最中、スラリスは抱えている籠に視線を落とし、じっと何かに怯えている様子だ。
頑なにレナザードと視線を合わせないようにしているスラリスだが、一度だけ彼から目を逸らさなかったことがある。それはレナザードに自分を殺せと言った時だけだ。
そのことを思い出し、レナザードは何故か無性に腹が立つ。
ユズリとリオンは置いといて、ケイノフとダーナには朗らかに笑いかけ、楽しそうに談笑するのに、自分に対してだけは怯えた表情しかみせない。本当にユズリの言うとおり、自分は地顔が怖いのかという疑問がよぎるが、それは一旦置いて置く。
それにレナザードは別にスラリスに媚びてほしいわけではない。ただ普通に接して欲しいだけ。それぐらい良いではないか、とレナザードは自分勝手に苛々する。そしてその感情はそのまま口にしてしまっていた。
「なぜ俺から逃げようとした?」
「………レナザードさまに合わせる顔がないからです」
なんだかよく分からない言葉がスラリスから跳ね返ってきた。
「……はぁ?…………────」
思わず間の抜けた声を出した後、レナザードは意味がわからず考え込んでしまった。
合わす顔がない=申し訳ない気持ちがあって、その人の眼前に登場できない気持ちであるさま。
思考を巡らせた結果、思い当たることは一つしか浮かばなかった。それはスラリスがティリア王女と偽っていたということ。ただ既にスラリスはメイドとしてここで過ごし、そして自分も含めてそれを受け入れてるので、何を今更と言いたくなる。
それよりも、腕を掴んだ瞬間、スラリスが自分に対して怯えや恐怖があったとういう事実に対して、それはないだろうと問い詰めたくなる気持ちの方が強い。
確かに、自分はスラリスに剣を向けた。きっと争い事など無縁の世界で生きてきた彼女にとってそれは、酷く怖く恐ろしい体験だったに違いない。そしてその結果、どうしても埋められない溝ができてしまった。それはとても、もどかしく焦燥に駆られるものであった。
「ティリアのことは、もういい。既に済んだことだ。俺は気にしてないし…………お前も気にするな」
まずはここから誤解を解いていこう。どうやらスラリスと自分は、あの晩から時間が止まってしまっていたようだった。つまり、スラリスから怯えた表情を消すのは、まだまだ長い道のりのようだ。そしてそれを厄介事とも面倒事とも思わない自分にひどく驚く。
しかし、記念すべき第一歩であるレナザードの言葉に、スラリスからは【はい】も【いいえ】という返事もなかった。その代わり、別のことを問われてしまった。しかも、ひどく言いにくそうに。
「……では、どうしてまだ腕を掴むのですか?」
お前が俺から逃げないようにするためだ。
そんな稚拙すぎる理由を口に出せないレナザードは、無言で手を離すことにした。
そしてすぐ、つい先ほど、踏んだり蹴ったりと悪態をついた雨だが、これを利用するのも良いのかもしれない、とふと思いつく。
「少し話をしよう、スラリス」
その言葉にスラリスは、驚きを隠すことができないようだった。珍獣を眺めるような視線を感じ、レナザードは不快も苛つきも飛び越えて思わず苦笑を漏らしてしまった。
そんな二人に春の雨は、さあさあと降り注ぐ。
今この雨は、雷雨とまではいかないが、霧雨といえるほど優しいものではない。身動きが取れないこの状況なら、スラリスだってそうやすやすと逃げ出したりはしないだろう。
自分はただ、スラリスと向き合うきっかけがなかっただけだ。そして今、スラリスに触れてみたいと渇望する自分がいる。もちろん、逃すつもりはない。
「この雨だ、止むのを待とう。とりあえず、ここに座れ」
レナザードは東屋のベンチを指さす。
怯えたように自分を見上げるスラリスは、それでも逃げる機会を伺っている。さてそんな彼女をどう引き留めようか悩み、すぐに思い立ってスラリスの手から籠を奪い取った。
あっ、とスラリスは息を呑み、慌ててそれを取り返そうと手を伸ばす。しかし、一歩身を引いたレナザードの方が早かった。
行き場のなくしたスラリスの手が彷徨うのを横目で見ながら、レナザードはどっかりと東屋のベンチに腰掛ける。もちろん、籠は抱えたままで。
人質ならぬモノ質を取られたスラリスは上下、右左と困惑の表情を浮かべながら視線を彷徨わす。どうやら逃げるか取り戻すかを天秤にかけているようだ。
「スラリス、早くしろ」
レナザードは籠を軽く叩き、座るまで返さないという意思表示をすれば、スラリスの天秤に重りが追加されたようだった。
そしてしばらくの間の後───観念したスラリスは、是と頷いてくれた。
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