身代わり王女の受難~死に損なったら、イケメン屋敷のメイドになりました~

茂栖 もす

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季節外れのリュシオル

★雨が運んだ思わぬ邂逅【レナザード視点】①

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 今にも降り出しそうな曇天の空を見上げて、レナザードはふと思う。

 春が来て花が咲けば、雨が降る。満開の花々は雨の雫に打たれ、その意思とは関係なく雨粒に混ざり花びらが落とされていく。

 毎年のことだが、雨に打たれる花は死に急ぐ剣士のようで、レナザードは花と雨はあまり好きな組み合わせではない。

 花びらはは舞うものだ。風に遊ばれ自由奔放に咲きたいときに咲き、散りたいときに舞い散るものだ。

 しかし、散っていく花びらは、何を思うのであろう。舞っているのか、散らされているのか。その姿はあの少女、スラリスに似ている。

 自分の意思と関係なく、振り回されるその姿は、運命に翻弄される花びらのようなもの。

「……って、おい、俺は何考えているんだ?」

 東屋に続く渡り廊下で、レナザードはそう呟いて腕を組み溜息を付く。結局、詩人のような気持ちで春の庭を眺めていても、ケイノフの言葉が気になってしまい、辿り着くのはいつも彼女のこと。

『スラリスはあなたが望むものではないかもしれませんが、あなたの望むものを与えてくれるはずです』 

 淡々と自分に吐いたあの言葉が、何故か今も胸につかえている。レナザードはこの不明瞭な気持ちを打ち消すように、手首に巻かれている腕輪を掴んだ。

 望みも、求めるものも同じ。ただ一つだけだ。それ以外は何もいらない。そう自分に言い聞かせるようにぐっと拳を握り締め、腕輪を見つめる。腕に巻かれているそれは、数珠の形をしている腕輪のように見える。

 が、しかしこれは呪具であり禍々しいもの。そしてあの日から、一つだけ宝飾が欠けたままでいるのは、あの日の約束の証が果たされていないから。

「どんな手を使っても手に入れる。たとえ多少の血が流れても」

 再びそう呟いて空を仰げば、背後からふわりと風が舞った。

「主様、その姿は一族の長というよりも、想い人を待ちわびる一人の青年の姿のようですね」

 その言葉と同時にレナザードと同じ赤茶色髪の男が突如として現れたが、レナザードな特に驚く風でもなく、ちらりと視線を投げただけで再び視線を庭へと戻す。

 突然現れた男は、レナザードの身の内に潜むもの。屋敷にいるものは皆、レナザードと同じように自分の身の内にもう一体のものを抱えている。

 しかし、そのもの達が具現化することは殆どない。レナザードのを除いては。

 気分気ままに現れた人外の男は、主のつれない態度はいつものことと気分を害することなく再び口を開いた。

「主さま見てください。スラリスがいますよ」

 男はそう言って屋敷のある方向を指さす。つられるようにレナザードも男の指し示した先を追う。そうすれば彷徨わすことなく、すぐにスラリスの姿を見つけることができた。

 レナザードの視線に気付いてないスラリスは、穏かな笑みを浮かべながら、やんちゃ盛りのリオンを相手に窓ふきをしていた。

 ずいぶんと懐かれたなと、レナザードを苦笑を漏らす。警戒心の強いリオンが、スラリスの傍から離れないのは予想外であった。

 リオンもまた人外のもの。こうして人の姿を保つのに、相当の妖力が必要になる。だというのに、毎日、子供の姿となりスラリスの傍にいるのは健気なことである。

 そんなことをぼんやりと考えながら、スラリスを見つめていたレナザードの表情はどういうものだったか………それは、ここにいる男にしか見ることができないのが残念だ。

「ずいぶんきれいになりましたね」
「…………そうか?」

 男の問いかけにレナザードは気のないふりをしながら適当に返事をする。が、確かにスラリスの浮かべている笑みは、ここへ来た頃のような堅い笑みではない。但し、その柔らかい笑みは自分に向けられたことはない。それに気付いた瞬間、軽い苛立ちが生まれる。

 その苛立ちがどこから来るものなのかわからないレナザードは、無意識に眉間に皺を刻んだ。それを別の意味で解釈した男は目を丸くした。

「おやまぁ、主さまの目は節穴ですか?スラリスはここに来た頃より溌溂として笑顔も可愛らしく、花が良く似合いますこと」
「…………そうか?」

 わざわざお前にそんなことを言われなくても分かっている。

 そう言いかけた言葉を飲み込んで、レナザードは先ほどと同じようにおざなりにうなずくだけだ。

「それに引き換え……主さまは……」

 ちらりとレナザードに視線を移した男は、可笑しくてたまらないといった感じてくっくと喉を鳴らした。そして無言のまま睨みつけるレナザードにゆったりと笑みを向けながら、意味有りげな視線を投げかける。

「女性は恋をすると綺麗になると言いますが、殿方ときたら、てんで駄目ですね」
「…………お前、何が言いたいんだ?」

 さすがに度の超えた男の発言に、レナザードは乱暴に渡り廊下の手すりに寄りかかりながら、ぎろりと睨みつけた。

 しかしレナザードに睨まれた男は、怯えるどころか信じられないと口元に手を覆いながら、ゆるゆると後ずさりをする。

「おやまあ…………恐ろしい。主さまは気付いておられないのですか?」
「だから何がだ、ちっ」
 
 舌打ちと共に、さらにレナザードが鋭く睨みつければ男は、おお怖いと白々しく身震いさせ、とんと地面を蹴った。

 ありえないことにその瞬間、男の身体は宙に浮く。でもレナザードは動揺する素振りはみせない。つまり、これもまた彼の日常ということ。

「わたくしの口からは言えませぬ。もう少々一人お悩み下さいませ」

 そう男はレナザードに言い残して、一陣の風と共にふわりと消えていった。消え去った男に向かってレナザードは溜息を付く。

 最近、どうもこの屋敷の住人は自分に対して捨て台詞を吐いて去っていく。激高という程ではないが、主という立場として怒りを感じたレナザードの頭上に、天から頭を冷やせと言わんばかりにぽたぽたと雫が降って来た。

 泣きっ面に蜂とまではいかないが、踏んだり蹴ったりだと再び溜息を付きながら東屋へと移動した。

 再び視線を屋敷に移せば、そこにスラリスの姿はなかった。既に仕事を終え、別の仕事の為に移動してしまったのだろう。小さい身体に似合わずスラリスはくるくると良く動く。

 見失ってしまったことに軽い後悔を覚えると共に、もしかしたら別の場所にいるかもと、少し横にずらせば予想通りスラリスがいた。

 スラリスも雨に気付いたのだろう。
 窓から見えた彼女は、両頬に手を当てこの世の終わりというような表情を浮かべている。たかだか雨ごときに、そこまで悲壮な表情を浮かべなくても、と呆れてしまう。

 そしてスラリスは、はっと何かを思い出して、ばたばたと大急ぎで廊下を駆けだして行った。

 あっという間に消えてしまったスラリスの姿の行く先はわからない。再び視界に入るかも、と淡い期待を持ち屋敷を見つめていたが、どこからかぱしゃぱしゃと水を踏む音が聞こえ、それがこちらに近づいたと思ったら突然その音が停まった。

 ふと視線を感じて緩慢に振り返った先には───先ほどまで屋敷にいた彼女、スラリスがいた。そう、大きな籠を抱えたまま、自分を見つめていた。
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