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季節外れのリュシオル
スミレから始まる強制尋問④
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ケイノフの指を手で振り払うという選択肢もあるけれど、それはさすがに失礼すぎる。無難に後退しようかと踵を浮かせた瞬間、ケイノフの指はものすごい速さで離れていった。というか、ダーナの手でもぎ取られたという表現の方が正しい。
「おやおやおやおや、ケイノフ殿、迂闊に婦女子に触れてはなりませんよ」
がっつりケイノフの手を掴んだまま、ダーナはそうケイノフに向かって口を開く。でもなぜ、今更、こんな喋り方をするのだろう。
「これは失礼しました、ダーナ殿。それにしても随分怖い顔をしておられますね、どうかされましたか?」
なぜかケイノフもダーナと同じような口調で話し出す。
「ああ?どうもこうもねえ……じゃなかった、どうも致しませんぞ、ケイノフ殿」
「さようでございますか、ならいい加減その手を離していただけますか?気持ち悪い」
「はぁぁ?俺だってな……じゃねえよ、ちくしょう。ケイノフ殿がこれ以上おいたをしなければすぐに離しますぞ」
そう言いながら二人はがっつりと握手……というより、渾身の力で握り合っている。ここまで、ぎちぎちという音が聞こえてきそうだ。
内容はよくわからないけれど、その二人のやりとりが妙につぼに入ってしまい───。
「っふふ、あははっはは」
と、豪快に声を上げて笑ってしまっていた。それでもまだ必死に力比べをしている二人がツボに入り、これまた笑いが込み上げてくるというか、もう止まらない。
これが俗にいう野郎同士の会話というものなのだろう。その証拠に、二人の目はある種の親しみが込められている。男同士の友情って良くわかんないとアスラリア国のお姉さんメイド達は口を揃えて言っていたけれど、今ならわかる。私だって良くわからない、と。
ただ収拾がつかないこの状況、どうすればいいのだろう。普段ならここでユズリの【邪魔です!出て行きなさい】の一喝でお開きとなるけれど、近くにユズリ姿は見当たらない。このままだと、二人の指が折れてしまわないか心配だ。これは私が一喝すべきなのだろうか。
さすがにそれ、どうよ?と二の足を踏んでいたら、ぱたぱたとこちらに向かって駆けてくる小さな音が聞こえた。
「姫さま~」
絵本を抱えながらリオンが無邪気に声を放つ。少し危なっかしい走り方に、はらはらすると同時に頬が緩んでしまう。今日もリオンは安定の可愛さだ。膝を折り両手を広げれば、慣れた様子で、リオンは私に飛び込んできた。
「あのね、姫さま、これ読んでっ」
胸に飛び込んできたリオンは、私に向かって絵本を突き出した。そういえば今朝、嫌いなニンジンを食べたら絵本を読んであげると約束していたのを忘れていた。
「もちろん」
リオンから絵本を受け取りながら、にっこりと笑みを返す。
ただリオンはまだ子供だった。待つのはちょっと苦手みたいで、すぐに私のスカートの裾を引っ張り屋敷へと向かおうとする。
「あっリオンちょっと待って。ごめんね、部屋に戻る前に、これを植えてからでも良いかな?」
私の手には、まだスミレの花がある。これを庭に植えてあげないと、すぐに枯れてしまうだろう。育て方については、後でリオンと一緒に図鑑を調べるのも良いかもしれない。ただ、この屋敷に植物図鑑があればいいのだけれど。
「スミレは鉢植えでも元気に育ちますよ」
ついさっきまでダーナと力比べをしていたケイノフだったが、いつの間にか勝敗が決していたらしく、白衣の襟を整えながら適切な回答をくれた。
へぇーっとリオンと共に声を出す私に、ケイノフはくるりと視線を向け口を開いた。
「これでも医療に携わるものです。植物学においての知識はそこそこあります。庭師に引けをとることはないですよ」
そう言い切ったケイノフに対して尊敬の念を覚えるが、なぜ庭師と張り合うのかという疑問も同時に浮かぶ。
「ねえ姫さま早くっ。鉢ならキッチンの奥の部屋にあるよ」
リオンのその声と共に再びスカートの裾を引かれた私は、ケイノフとダーナに軽くお辞儀をすると、リオンと手をつなぎ屋敷に向かう。
背を向けた途端、あーあ、子供に負けたとダーナが悔しそうに呟いた。
けれど、何がなんだかさっぱりわからないし、本日二度目の尋問はごめんこうむりたい私は聞こえないふりをすることにした。
「おやおやおやおや、ケイノフ殿、迂闊に婦女子に触れてはなりませんよ」
がっつりケイノフの手を掴んだまま、ダーナはそうケイノフに向かって口を開く。でもなぜ、今更、こんな喋り方をするのだろう。
「これは失礼しました、ダーナ殿。それにしても随分怖い顔をしておられますね、どうかされましたか?」
なぜかケイノフもダーナと同じような口調で話し出す。
「ああ?どうもこうもねえ……じゃなかった、どうも致しませんぞ、ケイノフ殿」
「さようでございますか、ならいい加減その手を離していただけますか?気持ち悪い」
「はぁぁ?俺だってな……じゃねえよ、ちくしょう。ケイノフ殿がこれ以上おいたをしなければすぐに離しますぞ」
そう言いながら二人はがっつりと握手……というより、渾身の力で握り合っている。ここまで、ぎちぎちという音が聞こえてきそうだ。
内容はよくわからないけれど、その二人のやりとりが妙につぼに入ってしまい───。
「っふふ、あははっはは」
と、豪快に声を上げて笑ってしまっていた。それでもまだ必死に力比べをしている二人がツボに入り、これまた笑いが込み上げてくるというか、もう止まらない。
これが俗にいう野郎同士の会話というものなのだろう。その証拠に、二人の目はある種の親しみが込められている。男同士の友情って良くわかんないとアスラリア国のお姉さんメイド達は口を揃えて言っていたけれど、今ならわかる。私だって良くわからない、と。
ただ収拾がつかないこの状況、どうすればいいのだろう。普段ならここでユズリの【邪魔です!出て行きなさい】の一喝でお開きとなるけれど、近くにユズリ姿は見当たらない。このままだと、二人の指が折れてしまわないか心配だ。これは私が一喝すべきなのだろうか。
さすがにそれ、どうよ?と二の足を踏んでいたら、ぱたぱたとこちらに向かって駆けてくる小さな音が聞こえた。
「姫さま~」
絵本を抱えながらリオンが無邪気に声を放つ。少し危なっかしい走り方に、はらはらすると同時に頬が緩んでしまう。今日もリオンは安定の可愛さだ。膝を折り両手を広げれば、慣れた様子で、リオンは私に飛び込んできた。
「あのね、姫さま、これ読んでっ」
胸に飛び込んできたリオンは、私に向かって絵本を突き出した。そういえば今朝、嫌いなニンジンを食べたら絵本を読んであげると約束していたのを忘れていた。
「もちろん」
リオンから絵本を受け取りながら、にっこりと笑みを返す。
ただリオンはまだ子供だった。待つのはちょっと苦手みたいで、すぐに私のスカートの裾を引っ張り屋敷へと向かおうとする。
「あっリオンちょっと待って。ごめんね、部屋に戻る前に、これを植えてからでも良いかな?」
私の手には、まだスミレの花がある。これを庭に植えてあげないと、すぐに枯れてしまうだろう。育て方については、後でリオンと一緒に図鑑を調べるのも良いかもしれない。ただ、この屋敷に植物図鑑があればいいのだけれど。
「スミレは鉢植えでも元気に育ちますよ」
ついさっきまでダーナと力比べをしていたケイノフだったが、いつの間にか勝敗が決していたらしく、白衣の襟を整えながら適切な回答をくれた。
へぇーっとリオンと共に声を出す私に、ケイノフはくるりと視線を向け口を開いた。
「これでも医療に携わるものです。植物学においての知識はそこそこあります。庭師に引けをとることはないですよ」
そう言い切ったケイノフに対して尊敬の念を覚えるが、なぜ庭師と張り合うのかという疑問も同時に浮かぶ。
「ねえ姫さま早くっ。鉢ならキッチンの奥の部屋にあるよ」
リオンのその声と共に再びスカートの裾を引かれた私は、ケイノフとダーナに軽くお辞儀をすると、リオンと手をつなぎ屋敷に向かう。
背を向けた途端、あーあ、子供に負けたとダーナが悔しそうに呟いた。
けれど、何がなんだかさっぱりわからないし、本日二度目の尋問はごめんこうむりたい私は聞こえないふりをすることにした。
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