身代わり王女の受難~死に損なったら、イケメン屋敷のメイドになりました~

茂栖 もす

文字の大きさ
33 / 89
季節外れのリュシオル

突然の雨とあの人との邂逅②

しおりを挟む
 レナザードの隣に腰かけた途端、彼は無言で席を立った。
 
 ……やはり私の隣に座るのは嫌だったのだろうか。傷付いても構わないと思ったが、こうも早いとさすがに心のダメージは半端ない。

 でもこうなることは、ほんのちょっとだけ予測していたので、レナザードに対して気遣う余裕は残っている。

 きっと彼も言い出してしまった手前、やっぱり無理とは言いずらいだろう。ここは一つ私から、何となくその場を締めくくる魔法の言葉【じゃ、そういうことで】を使って、この場を去ろうか。それとも潔く【去れ】という言葉を受け止めるべくこのままでいるべきなのだろうか。そんなことを一瞬の間に考えていたら、彼の手が洗濯物が入った籠に伸びていった。

 そして一番上のシーツを手に取り、私の頭に被せようとしたのだ。

「駄目です!」

 思わず大きな声を出してしまった。

 それは私に触らないでという拒絶の意味ではなく、洗い立てのシーツを汚さないでという意思表示。
 
 そして自分でも驚くほどの俊敏な動作で、レナザードの手からシーツをもぎ取り籠の中に放り込んだ。

 ………危なかった。あのままぼんやりしていたら、私の濡れた髪のせいで洗いたてのシーツを汚すところだった。私の髪は自然放置すれば乾くけれど、シーツはそうはいかない。屋敷の住人達の大切なものだ。もう一度洗い直さないといけない。

 二度手間───それはメイドからしたら減給に次ぐ嫌いな言葉であり、持ち場を選ばず嫌いなお仕事ワースト1位なのだ。

 もちろんこの屋敷の主様にとったら、そんなことは知らなくても良いことだ。………良いことだけれど、こちらとしては見過ごすわけにはいかないというか、何としてでも回避したい案件だ。

 しかし無事、二度手間案件を回避した途端、私ははっと我に返る。恐る恐る振り向くと、やれやれといった感じで呆れ顔のレナザードが私を見つめていた。

 もはやこれは、怒りすら通り越しているのだろう。間違いなく私はやらかしてしまった。

 天を仰ぎたくなる私に、レザナードは不思議そうに首をかしげた。

「拭かなくていいのか?濡れたままでは風邪をひくぞ」

 ………どうやらこの屋敷の主様は、あのシーツをタオル代わりに使いたかったらしい。

 メイドが手に持っていたものを断りもなく取り上げたというのに、レナザードは怒るどころか私の心配をしてくれる。彼に対して随分失礼な態度を取ったというのに……やはり、私は夢でも見ているのだろうか。

 驚いて目をぱちくりさせている私に、再び驚きが走る。なんとレナザードはおもむろに自分の上着を脱いで私によこしたのだ。

「あれを使ってはいけないのなら、これでも着ていろ」
 
 そう言っても、はいそうですかと気軽に受け取れない。

 ぞんざいに扱っても皺ができない滑らかな最高級の生地で仕立てられた上着は、本来メイドが触れて良いものではない。

 いや確かに上着を借りるのは、今回が初めてではないことは覚えている。レナザードから上着を借りるのは二回目だ。

 一回目はティリア王女を演じている時に、二人で庭を散策した際に借りた。そして今が二回目。

 ……あの、私《スラリス》なんですが、お借りして良いんですか?

 そんな問いが浮かんできたけれど、それは声を出すことなく飲み込む結果となってしまった。それは、敢えて自分から傷付きたくないという自己防衛からではない。レナザードが有無を言わさず私に羽織らせたからだ。

「少し濡れているが、それでもこのままでいるよりはマシだろう」

 驚いて、というか驚きすぎて頭が真っ白になってしまった私は、放心状態でレナザードのされるがままになっている。

 あっという間に私に上着を羽織らせ、ついでに胸の金具を止めたレナザードは、再び私の隣に腰を下ろした。

 そんな彼の姿をゆるゆると視線だけで追う。

 この季節、日差しがあれば暖かいが、日が陰ってしまえば途端に寒くなる。
 私に上着を貸し与えてしまったレザナードは、シャツ一枚で見ているこちらが寒そうだ。けれど彼は、まったく寒そうな素振りを見せず、ただ真っ直ぐ視線を庭に向けている。

 少し覗いている手首には、幾重にも宝石が連なった腕輪が今日もある。それはもう
既に彼の身体の一部のようにすんなりと嵌まっていた。

 雨音だけが響く湿った空気の中、レナザードの上着から彼の香りがふわりと漂う。あの日、庭を散策したときに嗅いだものと同じ香りがする。
 
 あの時と今とでは状況も置かれている立場も違うのに、上着を貸してくれたことも、この香りも、あの日と何も変わらない。

 あの晩全てが変わってしまったと、自分の手で壊してしまったのだと思っていた。けれど変わらないものがここにある。

 それは私が残せたものではなく、レナザードが本来持っていたもので、私ごときが壊すことができない彼の本来の人柄なのだろう。

 そんなことを考えながら、私もレナザードと同じように庭を見つめた。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

男に間違えられる私は女嫌いの冷徹若社長に溺愛される

山口三
恋愛
「俺と結婚してほしい」  出会ってまだ何時間も経っていない相手から沙耶(さや)は告白された・・・のでは無く契約結婚の提案だった。旅先で危ない所を助けられた沙耶は契約結婚を申し出られたのだ。相手は五瀬馨(いつせかおる)彼は国内でも有数の巨大企業、五瀬グループの若き社長だった。沙耶は自分の夢を追いかける資金を得る為、養女として窮屈な暮らしを強いられている今の家から脱出する為にもこの提案を受ける事にする。  冷酷で女嫌いの社長とお人好しの沙耶。二人の契約結婚の行方は?  

イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫
恋愛
 蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

兄みたいな騎士団長の愛が実は重すぎでした

鳥花風星
恋愛
代々騎士団寮の寮母を務める家に生まれたレティシアは、若くして騎士団の一つである「群青の騎士団」の寮母になり、 幼少の頃から仲の良い騎士団長のアスールは、そんなレティシアを陰からずっと見守っていた。レティシアにとってアスールは兄のような存在だが、次第に兄としてだけではない思いを持ちはじめてしまう。 アスールにとってもレティシアは妹のような存在というだけではないようで……。兄としてしか思われていないと思っているアスールはレティシアへの思いを拗らせながらどんどん膨らませていく。 すれ違う恋心、アスールとライバルの心理戦。拗らせ溺愛が激しい、じれじれだけどハッピーエンドです。 ☆他投稿サイトにも掲載しています。 ☆番外編はアスールの同僚ノアールがメインの話になっています。

処理中です...