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季節外れのリュシオル
突然の雨とあの人との邂逅③
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あれからしばらく経っているが二人とも、ただ穏やかに雨音を聞いている。
………ん?穏やか?それはちょっと表現が違うかもしれない。
確かに刃を向けられている訳でもないし、レナザードの瞳に険が含まれている訳でもない。ただ私も彼も笑みは浮かべていないし、この時間が心安らぐものでもない。
とどのつまり、話題がなくて無言でいるだけなのだ。
「……………………………………」
「……………………………………」
レナザードは沈黙が気にならないのだろうか。それとも私が口を開くのを待っているのだろうか。気付かれないようこっそり彼を伺い見ても、整い過ぎたその顔からは何の表情も読み取れない。
たた私から話をしようとしても、よくよく考えたら私達には共通の話題というものがないのだ。いや、あることはある。ただそれはお互い触れるべきではない話題だ。きっと、口にした途端、二人とも無傷では済まないだろう。
そんなことを考えているうちに雨脚はだいぶ弱くなってきた。これなら駆け足で屋敷に戻れば、そうは濡れないはず。そろそろ適当な仕事を並べ立ててそれを理由に離席の許可を貰おうと思った。けれど、それより先にレナザードは、庭から目を離すことなく私に問いかけた。
「……不便はないか?」
「………………………」
沈黙してしまったのは、実はこの質問が三回目だからだ。ケイノフにダーナ、そしてレナザードからそれぞれ同じ質問を受けている。皆、総じて過保護のようだ。
一介のメイドに対してそこまで気遣いはいらないと思うのだけれど、きっとイケメンは過保護が標準装備なのかもしれない。
これは我儘なのかもしれないが、気持ちは嬉しいけれど有難過ぎて、そんな気遣いはおいそれとは受け取れない……そんな私の気持ちを、微量で良いから理解して欲しい。
「……何もありませ────」
「何かないのか?欲しいものでもいいんだ」
【ん】まで言えなかった私の言葉を遮って、レナザードは問いを重ねた。
しつこくレナザードに問われ、困惑してしまう。本当に、不便も不満もない。何て応えようかと考えも、良い返しが思い浮かばず、肩を落としてしまう。
「ないなら、ひねり出せ」
「はい!?」
ほぼ無茶ぶりと言っても過言ではない内容の言葉が飛んできた。
いや、それ、無理、です、と、テンポよく返したいけれど、真っ直ぐに私を見つめるレナザードの瞳には、ありありと期待が込められている。
さて困った。レナザードのことを傷付けてしまった私は間違いなく嫌われていると思っていた。そして自覚しているからこそ、彼の傍に近づかないようにしていた。
私が視界に入ってしまえば彼も嫌がるだろうし。それこそ溜息なんぞ付かれた日には、いっそ消えてしまいたいと願うだろう。
……そんな一生関わることができない彼とまた再び会話ができることは、気まずさや戸惑いもあるけれどすごく嬉しい。いや本当は物凄く嬉しい。嬉しすぎて飛び上がりたいくらいに。
でも……会話ができたと喜んだ矢先に、こんな無茶ぶりをされるなんて誰が想像できたであろうか。
「あ…あの……」
とりあえず口を開いてみたけれど、次の言葉が見つからない。しかしもう一度、何もない、又はいらないと言う勇気も持ち合わせていない。こうなれば、逃げの常套句しかない。
「いっ、今すぐには見つかりませんので、その……後でお伝えします」
「…………そうか」
レナザードは落胆した表情を隠そうともせず、再び庭へと視線を戻してしまい、また二人の間に沈黙が落ちる。
けれど私は、先程の沈黙よりずっと心が軽い。申し訳なさの分量は増えてしまったけれど。
だから、というか、もう二度とこんな時間はないかもという気持ちが後押しして、一歩踏み込んだ質問をしたく口を開いた。
「ではレナザードさま、一つよろしいでしょうか?」
「どれだ?」
私の問いかけにレナザードは弾かれたようにこちらを振り向いてくれた。が、明らかに欲しいものが浮かんだのと勘違いしているご様子だ。
けれど、あいにく私の欲しいものは物ではない。
ずっと聞いてみたかったことがある。それはレナザードとティリア王女との関係。二人はどうして知り合い、どんなきっかけでレナザードは王女に想いをよせるようになったのかを知りたかった。
自分自身が王女を演じていた時には聞くに聞けなかったし、メイドになってから屋敷の主様の過去を他人に聞き出すのは失礼だと思いずっと控えてきた。
ただ直接本人に聞くのなら、それはまた別の話となる。本人が話してくれるかどうかも、また別の問題だけれど。
緊張のせいか唇が少し乾燥してしまっている。私はそっと舌先で湿らせてから口を開いた。
「聞きたい事があります。………レナザードさまは、いつティリア王女にお会いになったのですか?」
「彼女と?」
質問した途端、レナザードの口から【彼女】という言葉が出てきて息を呑む。そしてその単語だけ熱を孕んでいたことに気付いて胸が軋んだ。
そんな私の気持ちを知らないレナザードは、数拍置いてわかったと頷いてくれた。
私を通り越して遠くをみるレナザードを見つめていたら、何だかこの空間に、突然第三者が乱入してきたような気持ちになって少し寂しさを覚えてしまう。でも今はそのことは捨て置くことにする。
私はレナザードのことが好きだ。でも尊敬もしているし、憧れてもいる。
過去のわだかまりなど気にせず、ただ雨に濡れた人に心を砕き、手を差し伸べることができる、そんな人間に私もなりたい。
レナザードが語ってくれることは、私がこれから先、憧れてやまない彼をより深く知る為に必要なもの。そして、出過ぎず、見返りを求めず、それでも彼に必要だと言われる存在になるために必要なものなのだろう。
………ん?穏やか?それはちょっと表現が違うかもしれない。
確かに刃を向けられている訳でもないし、レナザードの瞳に険が含まれている訳でもない。ただ私も彼も笑みは浮かべていないし、この時間が心安らぐものでもない。
とどのつまり、話題がなくて無言でいるだけなのだ。
「……………………………………」
「……………………………………」
レナザードは沈黙が気にならないのだろうか。それとも私が口を開くのを待っているのだろうか。気付かれないようこっそり彼を伺い見ても、整い過ぎたその顔からは何の表情も読み取れない。
たた私から話をしようとしても、よくよく考えたら私達には共通の話題というものがないのだ。いや、あることはある。ただそれはお互い触れるべきではない話題だ。きっと、口にした途端、二人とも無傷では済まないだろう。
そんなことを考えているうちに雨脚はだいぶ弱くなってきた。これなら駆け足で屋敷に戻れば、そうは濡れないはず。そろそろ適当な仕事を並べ立ててそれを理由に離席の許可を貰おうと思った。けれど、それより先にレナザードは、庭から目を離すことなく私に問いかけた。
「……不便はないか?」
「………………………」
沈黙してしまったのは、実はこの質問が三回目だからだ。ケイノフにダーナ、そしてレナザードからそれぞれ同じ質問を受けている。皆、総じて過保護のようだ。
一介のメイドに対してそこまで気遣いはいらないと思うのだけれど、きっとイケメンは過保護が標準装備なのかもしれない。
これは我儘なのかもしれないが、気持ちは嬉しいけれど有難過ぎて、そんな気遣いはおいそれとは受け取れない……そんな私の気持ちを、微量で良いから理解して欲しい。
「……何もありませ────」
「何かないのか?欲しいものでもいいんだ」
【ん】まで言えなかった私の言葉を遮って、レナザードは問いを重ねた。
しつこくレナザードに問われ、困惑してしまう。本当に、不便も不満もない。何て応えようかと考えも、良い返しが思い浮かばず、肩を落としてしまう。
「ないなら、ひねり出せ」
「はい!?」
ほぼ無茶ぶりと言っても過言ではない内容の言葉が飛んできた。
いや、それ、無理、です、と、テンポよく返したいけれど、真っ直ぐに私を見つめるレナザードの瞳には、ありありと期待が込められている。
さて困った。レナザードのことを傷付けてしまった私は間違いなく嫌われていると思っていた。そして自覚しているからこそ、彼の傍に近づかないようにしていた。
私が視界に入ってしまえば彼も嫌がるだろうし。それこそ溜息なんぞ付かれた日には、いっそ消えてしまいたいと願うだろう。
……そんな一生関わることができない彼とまた再び会話ができることは、気まずさや戸惑いもあるけれどすごく嬉しい。いや本当は物凄く嬉しい。嬉しすぎて飛び上がりたいくらいに。
でも……会話ができたと喜んだ矢先に、こんな無茶ぶりをされるなんて誰が想像できたであろうか。
「あ…あの……」
とりあえず口を開いてみたけれど、次の言葉が見つからない。しかしもう一度、何もない、又はいらないと言う勇気も持ち合わせていない。こうなれば、逃げの常套句しかない。
「いっ、今すぐには見つかりませんので、その……後でお伝えします」
「…………そうか」
レナザードは落胆した表情を隠そうともせず、再び庭へと視線を戻してしまい、また二人の間に沈黙が落ちる。
けれど私は、先程の沈黙よりずっと心が軽い。申し訳なさの分量は増えてしまったけれど。
だから、というか、もう二度とこんな時間はないかもという気持ちが後押しして、一歩踏み込んだ質問をしたく口を開いた。
「ではレナザードさま、一つよろしいでしょうか?」
「どれだ?」
私の問いかけにレナザードは弾かれたようにこちらを振り向いてくれた。が、明らかに欲しいものが浮かんだのと勘違いしているご様子だ。
けれど、あいにく私の欲しいものは物ではない。
ずっと聞いてみたかったことがある。それはレナザードとティリア王女との関係。二人はどうして知り合い、どんなきっかけでレナザードは王女に想いをよせるようになったのかを知りたかった。
自分自身が王女を演じていた時には聞くに聞けなかったし、メイドになってから屋敷の主様の過去を他人に聞き出すのは失礼だと思いずっと控えてきた。
ただ直接本人に聞くのなら、それはまた別の話となる。本人が話してくれるかどうかも、また別の問題だけれど。
緊張のせいか唇が少し乾燥してしまっている。私はそっと舌先で湿らせてから口を開いた。
「聞きたい事があります。………レナザードさまは、いつティリア王女にお会いになったのですか?」
「彼女と?」
質問した途端、レナザードの口から【彼女】という言葉が出てきて息を呑む。そしてその単語だけ熱を孕んでいたことに気付いて胸が軋んだ。
そんな私の気持ちを知らないレナザードは、数拍置いてわかったと頷いてくれた。
私を通り越して遠くをみるレナザードを見つめていたら、何だかこの空間に、突然第三者が乱入してきたような気持ちになって少し寂しさを覚えてしまう。でも今はそのことは捨て置くことにする。
私はレナザードのことが好きだ。でも尊敬もしているし、憧れてもいる。
過去のわだかまりなど気にせず、ただ雨に濡れた人に心を砕き、手を差し伸べることができる、そんな人間に私もなりたい。
レナザードが語ってくれることは、私がこれから先、憧れてやまない彼をより深く知る為に必要なもの。そして、出過ぎず、見返りを求めず、それでも彼に必要だと言われる存在になるために必要なものなのだろう。
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