身代わり王女の受難~死に損なったら、イケメン屋敷のメイドになりました~

茂栖 もす

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終焉の始まり

それでも彼女に伝えたいこと①

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 少女が私に語ってくれたことは真実で、レナザードに伝えことも本当のことなのだろう。そう、真実は一つじゃなくて、たくさんある。

 でも、全てを伝えなければならないものではない。誰だって触れて欲しくないもの、内緒にしたいことがあるものだ。

 けれど、レナザードにとったら、少女にコケにされたと思うのも致し方ないことで.........。
 
「減らず口を叩くな。さっさと答えろっ」

 未だにレナザードに抱き上げられている私は、彼からの尋問を避けるべく、ついっと横を向いた途端、思いっきりそれを耳元で喰らうハメになった。

 ダイレクトに大音量の怒声を受けた私の耳は、耳鳴りという悲鳴をあげる結果となってしまったが、それについてはドンマイという言葉を送るだけにしておく。だって、これは双方望んではいなかった悲しい事故なのだから。

 ちなみに、この事故の張本人である少女は、あらあらと目を丸くしてはいるが申し訳なさ度は皆無に等しい。頬に手を当てながら苦笑を浮かべるだけ。

「あら怖い。お兄様ったら、そんな大声を出したら駄目よ。スラリスの耳が驚いてしまうわ。だいたいお兄様ったら───」
「黙れっ、お前はユズリじゃない。俺を兄と呼ぶなっ」

 レナザードの拒絶の言葉を受けた途端、少女は傷付いたように、くしゃりと顔を歪める。でも、その口元はなぜか嬉しそうに綻んでいた。

「.........そうよね、ごめんなさいレナザード。あなたにとって妹はただ一人だけ.........ユズリだけだったわね。きっと最後に妹の声を聞きたかったわよね。私も聞かせてあげたかった。でもユズリはもう深い闇に落ちてしまったから、あなたに会わせることはできないの」

 そこで一旦少女は言葉を止める。レナザードがごくりと唾を呑む。まるで、次に紡ぐ少女の言葉に怯えているようだ。そして、その予感は的中してしまった。

「だから、もうおしまいにしましょう。………さぁレナザード、私を殺して。ユズリを楽にしてあげて」
「殺すですかぁ!?」

 突然飛び出してきたその物騒な言葉に、思わず絶叫してしまう。

 けれど、二人からの反応はない。少女はまるで飴をねだるような無邪気な笑みを浮かべ両手を広げるだけだし、レナザードは無言のまま。とどのつまり、私の大声は無駄に宵闇に木霊しただけだった。

 無視、ダメ絶対!!という訳で、私は割り込み上等と、もう一度、声を張り上げた。

「何でそんな物騒な話になるんですか!嫌ですっ。駄目ですっ。あと、無視しないで下さい!!」

 力の限り叫んだ結果、少女はちらりとレナザードを伺い見てから口を開いてくれた。嫌々というふうではないけれど、もうこれ以上口を挟まないでと言いたげに。

「スラリス、止めないで。あのね、体を乗っ取られた一族の者には、死という制裁が下されるの。そういう掟なの。でも、大丈夫。ユズリはちゃんとそれを受け入れているわ」 

 大丈夫の使い方が間違っているし、少女からそう聞いても、はいそうですかと、すんなり受け入れるなんてできない。

 違う何かを期待して、レナザードを覗き込んだら彼は虚ろな表情のまま、それしかないんだと自分に言い聞かせるように呟いた。

 でもそう口にしていながらも、レナザードはユズリを殺したくなんてないことぐらいわかる。だって、剣を持つ手が震えている。喘ぐ唇は震えている。声に出さなくても、嫌だと叫んでいる。

 ───気付いたら私は、剣を掴むレナザードの手を両手で握りしめていた。

 触れた指先から、レナザードの痛みや、苦しみ、そして全てを放り出して、泣き叫びたいという激しい感情が伝わってくる。

 ねぇ、なんでそんなことをしないといけないのだろう。誰がそんなことを決めたのだろう。ここに居る全員が、ユズリを殺したくないと思っている。なのに、どうしてそれができないのだろう。

 どうしてばかりが頭の中でぐるぐる回っている間に、私の身体はすとんと地面に降ろされる。それは、レナザードが両手で剣を構える為。少女を───ユズリを殺す為に。でも、そんなの断固反対だ。

「レナザード様、駄目ですっ。そんなことしないで下さい!」

 そう叫びながら、咄嗟にレナザードの腕に縋り付いてはみたものの、だからといってこの場を丸く納める名案など浮かんで来ない。ままらない思考に腹が立つ。

 どうにもできないもどかしさと苛立ちで、くしゃりと顔を歪めた私の手を、レナザードは壊れ物を扱うような優しい手つきで振り払った。

「スラリス、目を閉じていろ。すぐに終わる」

 ぞくりとするほど優しい声音で、酷く残酷なことを言ってくれる。でも、彼の言う通りにすれば、きっと包み込むように私を見つめるその朝焼け雲色の瞳が壊れてしまうだろう。

 救いを求めるように少女に視線を移せば、レナザードの言葉に同意するように穏やかに頷いた。こんな時だけ、意気投合するのはやめてほしい。一人憤慨する私に向かって、少女は静かに口を開いた。

「そんな顔しないで、スラリス。最後に笑ったあなたを見せて。あなたの笑顔は眩しすぎるぐらい綺麗で好きよ。反対に私の姿は醜くて恐ろしいでしょ?でも、あなたに伝えた真実は……それだけは、たった一つだけユズリが持つ美しい宝物だったのよ。傷付けてごめんなさい。怖がらせてごめんなさい。でも、お願い。どうかユズリを憎まないでいてあげてね」

 そう呟いた少女の瞳からとめどなく涙が溢れる。その涙はきっとユズリの気持ちからくるもの。そして私は、その時初めてユズリの心に触れたような気がした。

 そうユズリは自分と同じ苦しみを抱いていたのだ。抱えた想いが辛くて消えてしまいたいと願ったのも同じ。なら私はユズリを憎むなんてできない。そんなこと到底できない。

 っていうことを思ったのは少し後で、私が真っ先に思ったのは────。

「いやいやいやいやいや、醜い?冗談でしょ、めっさキレイじゃん」

 という全力の突っ込みだった。そして、その突っ込みは胸の内に収めることができず、がっつり声にだしていた。

 もちろんすぐに、【突っ込むところソコ!?】という逆突っ込みの視線を二人から受けたのは言うまでもない。

 ただ怪我の功名なのか、雨降って地固まるなのか……どっちでも良いけれど、さっきまでの殺伐とした空気が、何とも言えない微妙な空気に変ってくれた。

 良かった、殺伐とした空気より、この空気の方が馴染みがある。

 一つ息をついて空を見上げれば、満天の星空。いつもと変わらない綺麗な夜空。

 そして、火照った身体に夜風が気持ち良い。
 遠くから、焦げた臭いが漂ってくる。
 この香り、あんまり好きじゃない。っていうか、嫌い。
 足元に結界と呼ばれていた残骸が散らばっていて、キラキラしてとても綺麗。
 でも、どうやって片付ければ良いのだろう。箒で掃いて良いものだろうか。

 そんな取り留めもないことを考えられるようになった私は、もうすっかり気持ちも心も落ち着きを取り戻していた。

 さて、メイドらしく聞き専だった私だけれど、ここいらで言いたいことを言わせてもらおう。

 ───恋仇であり、メイド長であり、私の名前を最初に呼んでくれた、かけがえのない大切なユズリ向かって。
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