身代わり王女の受難~死に損なったら、イケメン屋敷のメイドになりました~

茂栖 もす

文字の大きさ
82 / 89
終焉の始まり

ただいまとおかえりなさい①

しおりを挟む
 宵闇にお日様が現れたかのような見事な金色の髪。そして、中身が入ってないのかと心配する程くびれたウエスト。そして同性でも、思わず無意識に視線がいってしまうというか、どさくさに紛れてちょっと触ってみたい欲求に駆られる豊満なバスト。

 少し離れた場所で私を見下ろすそんな美貌を持つ女性は、深い闇に堕ちてしまったはずの人。でも私が待ちわびた人───まごうこと無きユズリだった。

 そう、全てを投げ捨てて消えようとしたユズリは、もう一度戻ってきてくれたのだ。

 また会えた。それを実感した途端、嬉しさで涙が溢れてくる。しかしユズリが開口一番に私に伝えたのは────。

「スラリス、てきぱき動くところは、あなたの良いところよ。でも、深く考えずに、すぐに行動に移してしまうのは、ちょっと玉にキズなところね。そろそろ落ち着きを持ちなさい」

 という、まさかのダメ出しだった。じわりと浮かんだ涙が秒で乾いたのは言うまでもない。

 いきなり始まったお小言は耳が痛いはずなのに、聞きなれたそれがたまらなく嬉しい。でもやっぱり、斜め上を行くその発言に驚きは隠せない。

 そんな、嬉しさと驚きが入り混じった私を無視して、ユズリことメイド長のお小言は更に続く。

「この前も慌てて鍋つかみを持たずに、熱いスープ鍋を素手で持とうとしたでしょ?それから、リオンに呼ばれて足元をちゃんと見てなかったせいで、掃除道具をぶちまけたでしょ?」
「い、いやあれは、その……」
「言い訳はよろしい」

 しどろもどろに口を挟んだ私だったけれど、ぴしゃりと一喝され、条件反射で【申し訳ありませんっ】と頭を下げる。

 そんな私にメイド長は、いつも通り【次から気を付けましょう】と、にこりと笑みを浮かべて終わりにしてくれた。もちろん、私は元気よくはいと返事をする。

「で、さっきの相談事だけどね」

 すっきりした表情でユズリは、途中投げになってしまっている私の相談についても、きちんとアドバイスをしてくれた。けれど、それはちょっとぶっ飛んだ内容だった。

「悪いことをしたと思ったら、ごめんなさいしかないでしょ?うじうじ悩んでいる暇があるなら、さっさと謝りなさい。そうね……有り得ないと思うけど、もしこじれたら、キスの一つでもしてあげればいいわ。大丈夫、機嫌なんてすぐに治るわ。ま、その後、どうなるかは別の意味で責任取れないけれどね」
「はい!?」

 くらりと眩暈がしそうな可憐なウィンクで締めくくられた提案に、素っ頓狂な声をあげてしまう。

 そんな解決方法なんて考えもつかなかったし、まさかユズリからそんな提案が出るなんて思ってもみなかった。鏡なんて見なくても分かる。私は今、首まで真っ赤だ。

「あらやだ……キスごときで真っ赤になって、初々しいわ。って……まさか、二人とも、何もしてないの!?」

 信じられないと両手で口元を覆いながら、ユズリは後ずさりながら、私とレナザードを交互に見つめる。そして視線を3往復した後、ユズリはレナザードに視線を止め、口を開いた。

「スラリスが奥手なのはわかるわ。でもお兄様、そんなスラリスに合わせてたら一生何もできないわよ。っていうか、もしかして、お兄様、長年想い過ぎて、まさかあっちの方が不能に────」
「黙れっ、ユズリ!!」

 噛みつくように叫んだレナザードに、反射的にびくりと身を竦ませてしまう。でも、どうしても聞きたいことがある。

「あの何が不能なんですか?」
「───…………スラリス、何でもない。幻聴だ」
「あらお兄様ったら、お顔が真っ赤よ」
「ユズリ、いい加減にしろっ」

 そうレナザードが叫んだと同時に、大きな手が私の両耳をすっぽりと覆った。

 私に聞かせたくない内容なのだろうか。両耳を塞がれてしまい、ユズリが何を言っているのか聞き取れない。ちなみにレナザードの声は微かに聞こえる。【これ以上言うと本気で怒るぞ】とか【いい加減黙れ】とか。

 これは推理する必要もない。アレだ、二人は兄弟喧嘩をおっぱじめたのだ。

 突然始まったこの状況に、下世話な好奇心がむくりと湧き出てしまう。美男美女が繰り広げる兄弟喧嘩をちょっと聞いてみたいとレナザードの手をそっと押しのけようとする。

 けれど、私の耳を覆っている両手はまったくもって動かない。でも、押さえ付けられている耳は全然、痛くない。この絶妙な力加減に凄いなと素直に感心してしまう。

 微動だにしないこの手を剥がすことを諦め、無声映画のような兄弟喧嘩を見ながら、気付いてしまう。レナザードに怒鳴られながらころころと可笑しそうに笑うユズリが、ほんの少しだけぎこちないことを。

 絶対に嫌だけれど、ユズリはこのまま誰の言葉にも耳をかさず、闇に堕ちたままでいるという選択肢があった。深い闇に堕ちてしまえば、これ以上自分は傷付かないで済むし、嫌なものを見なくて済む。

 それに私を殺してレナザードに消えない傷を残す選択肢だってあった。レナザードにたかるコバエよろしく私を排除してもよかった。でも、しなかった。私を試すようなことはしたけれど、殺意はなかった。

 ユズリは選んだのだ。レナザードの妹でいることを。

 それは虚勢?強がり?ううん、違う。そんなものではない。

 ユズリは伝えることができない想いを、家族に向かう愛へと置き換えて、誰もが傷付かない優しい嘘を付いてくれているのだ。私はそれをちゃんと分かっている。

 でも、私はそれを一生レナザードに伝えることはしないだろう。 
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫
恋愛
 蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

兄みたいな騎士団長の愛が実は重すぎでした

鳥花風星
恋愛
代々騎士団寮の寮母を務める家に生まれたレティシアは、若くして騎士団の一つである「群青の騎士団」の寮母になり、 幼少の頃から仲の良い騎士団長のアスールは、そんなレティシアを陰からずっと見守っていた。レティシアにとってアスールは兄のような存在だが、次第に兄としてだけではない思いを持ちはじめてしまう。 アスールにとってもレティシアは妹のような存在というだけではないようで……。兄としてしか思われていないと思っているアスールはレティシアへの思いを拗らせながらどんどん膨らませていく。 すれ違う恋心、アスールとライバルの心理戦。拗らせ溺愛が激しい、じれじれだけどハッピーエンドです。 ☆他投稿サイトにも掲載しています。 ☆番外編はアスールの同僚ノアールがメインの話になっています。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

処理中です...