身代わり王女の受難~死に損なったら、イケメン屋敷のメイドになりました~

茂栖 もす

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終焉の始まり

ただいまとおかえりなさい②

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 音が無い世界にいた私だったけれど、不意に私の耳を覆う手が離れ、木々のざわめきが聞こえた。

 それと同時に、静かに現れた人影。さっきまで繰り広げられていた兄弟喧嘩は、とある人の登場で一時休戦となったようだ。

 その人とは、灰色がかった紫色の髪と瞳を持つ少女。もう一人のユズリ。

 ついさっきまで、妖艶に微笑んでいたその少女はまるで迷子になった子供のよう。不安げに瞳をゆらしながらそこにいる。

 ちなみに少女は地に足がついていない。所謂、ふわふわと宙に浮いている状態だ。普段なら絶叫モノのその光景だか、既に常識の壁を飛び越えた私は【洗濯物干すとき、便利で良いなぁ】と余裕をこいたことを思うだけだった。

 そんなどうでも良い私の感想は、本当にどうでも良いことなので口に出すことはしない。もちろん、ここにいる皆も、きっとそんな感想求めていないだろう。

 そう一人結論付けている間に、ユズリは少女に向かって手を伸ばす。瞬間、少女は弾かれたようにその手を掴んだ。

 ユズリは空いているもう片方の手を伸ばして、少女の頬に手を添えながら口を開いた。

「ごめんなさい。私、あなたに全てを押し付けて、逃げてしまったの……本当は自分の責任で自分の手を汚さないといけなかったのに……本当にごめんなさい」

 唇を噛み締めて俯いたユズリに、少女はぶんぶん顔を横に振る。

「ううん、いいの。これで良いの。何も言わないで、ユズリ」

 少女の言葉通りユズリは、それ以上何も言わない。けれどもう一人のユズリには、ちゃんと届いているのだろう。ユズリが何を考え、何を選び、どう結論を出したのかを。

 その証拠に、二人は同時に涙を流す。声を上げずに、はらはら頬に伝う二人の涙が流れ落ちて、一つに重なる。

 その姿はとても美しくて、どこからどう見ても禍々しいものには見えなかった。

 少女は自分のことを【お荷物】で【邪魔なもの】だと言っていた。でも私には少女がそんな存在だとはどうしても思えない。それはきっとユズリも同じで、その証拠に───。

「もう一度、私と共に居てくれる?」

 そう問い掛けるユズリの声は震えていて、拒絶されることを恐れているかのよう。お荷物なら捨ててしまえば良いのに。邪魔なものなら、こんなふうに拒まれることに怯えたりなんかしない。少女はユズリにとってかけがえのないのない存在なのだ。

 そして少女は大きく頷き、更に顔をくしゃりと歪めて、ユズリの首に両腕を絡めた。

「そんなの当たり前っ」

 ユズリは泣き笑いの表情で少女を抱きしめる。そしてそのまま少女はまばゆい光に包まれて、ユズリの中へと消えていく。迷子になった子供が母親に見つけて貰えたように、嬉しそうに眼を細めて。

 そして消えていく瞬間、少女は私を見て唇を動かした。でも、それは声として私の元に届くことはなかった。

 紡いだ言葉は【ごめんね】だったのだろうか、それとも【ありがとう】だったのだろうか。できれば【またね】だと一番嬉しい。

 そんなことを考えていたら、私の瞼が自分の意志とは関係なく閉じてしまった。



「おいっ、スラリス」
「スラリスっ」

 レナザードとユズリの悲痛な呼び声で、自分が一瞬気を失っていたことを知る。

「だっ、大丈夫です」

 すっぽりレナザードに抱かれている状況が恥ずかしくて、慌てて起き上がろうとする私を、彼は更に力を強めて逃がさないようにする。

 そうされれば余計に恥ずかしいという乙女心を、少しは学んでほしい。そうお願いするのは、今じゃないことはわかるので、別のルートでレザナード腕から脱出することを試みる。

「あの……、アレですアレ。お腹が空いただけなんです。ちょっと夕飯食べなかっただけなんで───」
「またか!?」
「またなの!?」

 大したことないと伝えたかっただけなのに、何故か二人同時に怒られてしまった。

 そして二人を交互に見れば、呆れを通り越して残念な子を見る目で私を見つめている。鏡合わせのように同じ表情をして。あぁ、本当に二人は兄弟なんだ。吹き出しそうになるのをなんとか堪える。

 そして別の意味で大丈夫かと困惑した表情に変った二人に、私は緩んだ頬を元に戻せないまま口を開いた。

「ごめんなさい。帰ったら、ちゃんとご飯食べます。っていうか、ユズリさんもご飯まだですよね?一緒に食べて下さい」

 手を差し伸べれば、当たり前のようにユズリが私の手を握ってくれた。そんなユズリに伝えたい言葉は、ただ一つだけ。

「おかえりなさい、ユズリさん」

 私の言葉を聞いた途端、ユズリは私の手を握りしめたまま、自分の額にこつんと押し当てた。

 そして震える声でこう応えてくれた。

「ただいま、スラリス」

 ああ良かった。この言葉をずっと待っていた。さあ、3人で戻ろう。いつの間にか帰る場所になったあの屋敷に。ただいまといえる場所に。

 でも……先頭切ってかえりたいのに体は重くて、起き上がる気力が無い。そして残された恨みなのか食べかけのパンの残像がチラついてきて、何だかイラッとする。

 そんな風に、よそに思考を飛ばした隙に、私を覗き込む二人の顔がだんだんぼやけてしまい、意識が薄れていく。そして───。

「スラリスっ」

 私の名を呼ぶレナザードの泣きそうな声が耳朶に響いたのを最後に、私の意識はそこでプツンと途切れてしまった。
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