身代わり王女の受難~死に損なったら、イケメン屋敷のメイドになりました~

茂栖 もす

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終章

変わらない朝

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 ちゅんちゅんと小鳥のさえずりが聞こえる。微かに髪を嬲る風が冷たくて心地良い。瞼を朝日が照らしている。あ、もう朝か。あれ?私、いつ寝た?っていうか、何で外で寝てる??.........あ、そうか、思い出した。すったもんだの挙げ句、夕飯食べなかったのを怒られたんだ。

 そんな取り留めのないことを考えながら、それでも、あとちょっとだけまどろんでいたいとメイドにあるまじきことを思ってしまう。

 それは、暖かくふかふかしたものが傍にいるから。あともう一つ、この会話をもう少し聞いていたいから。

「それにしても派手にやったなぁ。風通しが良くなったってもんじゃねえなぁ~」
「それ、あなたが言いますか?あの壁から半分は、あなたがやったものですよ」

 夢と現の狭間で、いつしか日常になった、ちょっと不穏な空気と親しみが込められた野郎同士の会話が耳に届く。きっと声である二人は、お互いに向かって呆れ混じりに苦笑を浮かべているのだろう。

「お前ら、それぐらいにしとけ。あれぐらいで大破するなど、ヤワい屋敷だったってことだ。今度の屋敷はもっと強固なものにすれば良い」

 二人の会話に割って入ったその甘く低い声を聞くだけで、胸の奥が微かにざわめいて、瞼がぴくりと動いてしまう。

 でも、私のタヌキ寝入りは気付かれることなく、会話は続いていく。

「主、そんなこと言って良いのですか?匠の皆さんが聞いたら、卒倒されますよ」
「主ぃー、それ匠のおやっさんを前にして、同じこと言えるんすか!?」
「………………」

 同時に声を上げた二人に、あの人はバツが悪そうに横を向き、ちょっとむっとした表情を浮かべているのだろう。それを想像したら、もう駄目だ、堪え切れずくすくすと笑い出してしまう。

「寝ながら笑うとは、呆れた奴だな」

 少し離れていたはずのその声が直ぐ近くで聞こえて、思わず目を開けてしまった。

「………えっと、おはようございます」
「ああ、おはよう」

 条件反射で挨拶を返してくれたその人は、朝焼雲のような紫がかった紅色の瞳と髪を持つ人。私の大好きな人。

 朝一から彼の顔を拝むことができるなんて、光栄の至り。絶対、良いことある。というか、朝からキュンキュンしてしまう。
 
 そんな胸ときめく感情は置いといて、まず聞きたいことはこれだ。

「レナザードさまお怪我は大丈夫ですか!?」

 飛び跳ねるように起き上がった私にレナザードはちょっと驚き、つかみ掛かる勢いで飛んできた質問に更に驚き目を見張った。

 そんな彼に私は、【さぁ答えろっ】とにじり寄る。忘れてなどいない。レナザードは深手を負っていたのにもかかわらず、バイドライル国の軍勢と交戦しそして私の元に駆けつけてくれたのだ。

 何て無茶なことをしてくれたのだろう。今更ながら、青ざめていく私とは対照的に、レナザードはきょとんと眼を丸くして直ぐに、ああ、と気のない返事をしながら口を開いた。

「あの怪我ならもう治ってるぞ」
「はい!?」

 どこの世界に、一晩で大怪我を治せる人がいるのだろうか。

 お得意の強がりかとジト目で睨んだ私に、レナザードはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。あ、また私をからかうつもりだ。

「何なら見てみるか?」

 レナザードはそう言うと、器用に片手でシャツのボタンを外していく。3つ目のボタンを指に掛けた瞬間、彼が本気であることに気付き───。

「結構です!!」

 ぎゃぁと悲鳴を上げながら、レナザードの両手を掴んでそれを阻止しようとしたけれど、思うように体に力が入らず、ぐにゃりと身体が傾いてたたらを踏んでしまう。

「ったく、人の心配してる場合か。この姿に戻れば、あれぐらいの怪我ならすぐ消える」

 簡潔な説明と共に、当たり前のように私を支えてくれるたくましい腕に、トクンと心臓が撥ねる。

「ほらスラリス、俺に身体を預けろ」

 レナザードはそう言って腕を回してくる。有り難い言葉だけれど、有り難過ぎるし、はいそうですかとすんなりレナザードに寄り掛かれる程、私は彼に対して耐性がついていない。

 お互いの気持ちが通じ合った今でも、というか、今だからこそ、どうしていいのかわからない。レナザードはどうなのだろう。聞いてみたいけれど、聞いても良いものなのだろうか。

 そっとレナザードを伺い見れば、今まで見たことがない柔らかい笑みがお出迎えしてくれた。駄目だ、聞けない。絶対に聞いてはいけない。

 恥ずかしさと、くすぐったさが入り混じり、ぶんっと音がする程の勢いで首を横に移動させる。そこは無残に倒壊した屋敷と、燃え尽きてしまった庭の花々が視界に飛び込んで来た。これほどまでに酷い惨状を私は見たことがない。安直な表現で言えばハチャメチャのメチャクチャだ。

 本当に本当に本っ当に、無事で良かった。心からそう思う。お屋敷も花壇も人の手で作り直せるもの。だけどここに居る人たちは、失ったらもう二度と会えないのだ。

 再び視線を移動させれば、そこには若葉色の髪を持つ人と、銀色の髪を持つ人───ケイノフとダーナがいる。けれど、二人は揃って気まずそうな顔をして、一歩も動こうとはしない。

「ケイノフさまと、ダーナさまも、ご無事で何よりです」

 私の言葉に瑞々しい若葉色の髪と瞳の青年が、弾かれたように顔を上げてくれたけれど、すぐに俯いてしまった。いつもの穏かだが、有無を言わせぬ医療に携わる者の口調で何か言って欲しいのに。

「俺らは、一旦この姿になると、当分は元には戻れねえんだ」

 銀色の髪の持ち主は、そう声を掛けてくれたけれど、こんなもん、見たくねえよなと自嘲気味に呟いて、くるりと背を向ける。

 その仕種に地味に傷付いたけれど、私を拒んでいるわけではない。きっと私が怯えると思ったのだろう。だから、怖がらせないように背を向けてくれたのだ。

 でも、私は怖くもなければ、恐ろしくもない。焦げ付いた鍋や、食料庫の奥に潜む黒い物体の方がよっぽど怖いのだ。

「ダーナさま、こちらを向いてください」

 この姿を禍々しいと思っているのは、本人達だけだというのに。

 まばゆい光を放ちながら、少女がユズリの中に消えていく瞬間、灰紫色の髪が幾重にも重なった花びらのようで、私にはまるで二人がオールドローズのよう見えた。

 綺麗だと思った、心から。だからここにいる人たちにもそれを伝えたい。きっと、だからこそ、彼らに届くと信じている。

「皆さんとても綺麗です。例えるなら、朝日に映える若葉色、朝露の銀雫。そして、黎明の朝の色、紫紅。世界中探したって、こんな綺麗な色どこにもありません」

 私の言葉にダーナは振り向いてくれた。そして、ケイノフとダーナは同時に信じられないと驚愕の表情を浮かべて私を見てくれた。首を少し持ち上げてレナザードを見れば、彼は口元に笑みを浮かべつつ何かを考えているようだ。

 庶民の私にとったら精一杯、選んだ言葉だったけれど、きっと貴族の令嬢ならもっと素敵な表現ができたのかもしれない。さて、評価はいかほど!?と、緊張した私に、レナザードからは───。

「お前は、やっぱり面白い」

 という微妙な評価を頂くことになった。………予想通りだった。

 けれど辛口評価とは真逆にレナザードは、少し腕を緩めて私の髪を一房すくい、口付ける。そしてそのまま私の頬に触れた。

 その長い指は、愛おしそうに私の頬から顎へと滑るように撫でていく。その手つきがくすぐったくて、別の意味でぐにゃりと体の力が抜けそうだ。

 ついさっきまで意地でも目を合わせるものかと意気込んでいたケイノフとダーナがこちらを見いるのに気づく。ものすごくこっぱずかしい。できればもう少しあのまま、あらぬ方向に視線を向けて貰えたら嬉しかった。

 けれどその要求は口にしないで、自分から、つぃーっと視線を逸らす。

 逸らしつつも、私はある人物をずっと探している。でも、どこにも視線を向けても、見つけることができなかった。
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