身代わり王女の受難~死に損なったら、イケメン屋敷のメイドになりました~

茂栖 もす

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閑話というか、架け橋というか…………

★過去と未来を繋ぐ光の道標②(ユズリ目線)

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 かつてのアスラリア国とバイドライル国の中間、国境に位置する人里離れた山間部で、私は木の枝に腰掛けて、元王女様をじっと眺めている。けれど、反対にこの人には私達の姿を視界におさめることはできないだろう。

 それはやんごとなき身分の人には、私達、異形の者は目に映らないという卑下した感情からくるものではなくて、物理的に届かない距離にいるから。

 人間の視界では届くことがない距離でも、私達にはすぐ目の前にあるように映る。だから、尾行や張り込みは私達一族にはうってつけの仕事なのだ。

「あれが王女様?スラリスのほうが、よっぽど綺麗じゃない」

 ふわりと春風のように姿を現した途端、手厳しい台詞を言ったのは、私ではなくてもう一人の私。でも、窘めることはしない。だって私も同じ気持ちだから。

 もう一人の自分の言葉はもっともだった。はっきり言って醜かった。それは見た目の美醜ではなく、心が。

 私達異形の者は、人間とは違う。云わば精霊や妖精といった、目に見えないものと呼ばれる存在に近いのだ。だから、心の形を人間より明瞭に見ることができてしまう。

 元王女………ティリアは、小屋と呼ぶ程のものではないけれど、お城に比べたら遥かに粗末な屋敷の窓際で、じっと外を見つめ、悔しそうに顔を歪めている。まるで、世界中の不幸がその身に降りかかったかのように。

「馬鹿じゃないの?」

 思わず声を上げた私に、もう一人の自分は、たまらないと言った感じでぷっと噴き出した。

「ふふっ、私もそう思うわ。首がくっついているだけ有難いって思わないのかしらね?あのお姫様は」

 ふんっと鼻を鳴らしながらそう言ったもう一人の私は、意地の悪い笑みを私に向けた。即座に頷くと共に、私は呆れた溜息まで零れてしまう。

 本当に、この元王女様は、生きているだけでも奇跡だという事実に気付いていないのだろうか。

 傅かれるのには、それなりの理由がある。やんごとなきと呼ばれるもの達には総じて、その肩に重い重責が乗っているものだ。それ故、下々の人間から大切に扱われる。それは、有事の際にはその人の首一つで事を収めることができる、生きた切り札であるから。
 
「っていうか、私、思ったんだけど、アスラリア国の男性って見る目がないの?」

 こてんと首を倒して、無邪気に問うてきたもう一人の私に、今度は声を上げて笑ってしまった。そして、同時に視線を移す。そこには、かつて騎士と呼ばれた男がいた。名は…………確かモーリスと言った。

 夕陽を浴び長く影を伸ばしながら、一心不乱に薪を拾っているその姿は哀愁漂うもの。

 それは単純にその姿を見て思うものではない。きっと、自分の兄が、私の部下であるスラリスの為にそうしているのなら、それは美しいと感じることができるだろうから。

 でも、この男は美しさとは程遠いところにいる。

 勢いに任せて王女と駆け落ちしたけれど、その後どうして良いのかさっぱりわからず、こんな辺境で無駄に時間を過ごしているのだ。掟破りのことをしでかしたというのに、その後、自分で道を切り開くこともせず、ただ目先の生きることだけに精一杯なのだ。無様だと思う。そして、こんな輩のせいで、スラリスは命を落しかけたのだ。

 スラリスは無駄に思い切りが良い。あの時、一瞬でもレナザードの救助が遅れたら彼女は間違いなく死んでいただろう。彼女を憎み殺しかけた自分が言うのもなんだけれど、本当に腹が立つ。けれど、それは過ぎたこと。

 今は、このポンコツと呼ぶにふさわしい二人を何とか懐柔して、アスラリア国の再起の為の駒になってもらわないといけないのだ。先は長い…………そして、思いの外、課せられた任務が難題で頭が痛い。

「…………まっ、今日は動きはナシね。じゃあ、そろそろ宿屋に戻りましょう」

 短気は損気。気長に最善の策を選んでいかなければならないのだから、根を詰める必要なない。

 そう自分に言い訳をして、太い木の枝から立ち上がる。そして、もう一人の自分に手を差し伸べながら、私はそれとなく問いかけた。

「スラリスは、そろそろ故郷に戻った頃かしら?」
「きっと、戻ってるよ、ユズリ。だって、あの屋敷で留まることはないと思うもん」

 両手で私の手を握りしめたもう一人の自分は、考える間もなくそう答えた。それもそうね、と私も自分の質問がくだらなすぎて、ちょっと笑った。

 夜明け前に見たレナザードの屋敷は見るも無残に瓦礫と化していた。掃除云々という以前の問題だと言えるほど。まぁ、レナザードは一族を担う存在なのだ。屋敷の一つや二つ潰れたところで、懐は痛まないだろう。でも、あの屋敷を造った匠の連中には間違いなく雷を落とされるので、耳は痛いと思うけれど。

 でもそれは、私のあずかり知らないこと。というズルいことを胸の内で吐いて、宿屋の方向へと身体の向きを変えた。

「じゃあ、早速、スラリスに手紙を書かないと。ジャムのレシピを送るって約束したから」

 私のことも手紙に書いてとはしゃぐもう一人の自分に、はいはいと軽い返事をする。けれど、そこでふと気になることが胸に沸いた。そしてそれは、もう一人の自分の口から紡がれた。

「ねえ、ユズリ。もしかして、スラリス…………ずっとメイドを続ける気なのかな?」
「…………」

 何も言えなくなったのは、それがズバリの言葉だったから。そして、間違いなくそのつもりなのだろうと容易に想像がつく。でも、うんと言えば、本当に現実になりそうで頷けない。けれど、こうも思う。

「ま、レナザードが良いって言うなら………良いんじゃないかしら?」
「それもそうね」

 あっさりと結論付けた私たちは同時に顔を見合わせて、声に出して笑った。そんな私達に初夏の風が吹き抜ける。新緑の香りを孕んで良い風だ。そして、もう、二度と目にすることはない、あの屋敷の夏の庭が脳裏にかすめ、ちょっとだけ胸が痛んだ。
 
 でも、時を戻したいとは思わない。あの痛みも、辛さも、悔しさも、悲しさも、一度だけだったから受け止められたのだ。

「ねぇユズリ、故郷に戻ったら、メイド服のスラリスがお迎えしてくれるのね。私、楽しみだわ」

 急に憂い顔になった私に、もう一人の自分が元気づけようと明るい声を出す。そんな彼女に向かって、にこりと笑みを返す。

 変わったものも、失ったものもあるけれど、彼女は変わらず私を迎えてくれるのだろう。最初はちょっとぎこちないかもしれない。でも、きっとまた消えてしまったお屋敷で過ごしたあの時のように、穏やかな時間を過ごせると信じている。
 
「私、メイドのスラリス好きよ。レナザードの奥さんになったスラリスも見てみたいけど」

 何の気なしに言ったもう一人の自分の言葉に軽く息を呑む。それは、かつて愛した男が、自分以外の女性を娶るということなのに、胸が痛まなかったから。

 そう、もう傷はほとんど癒えている。

 長い時間をかけて想い続けた人を諦めたのなら、きっとその傷を癒す時間はそれ以上に要するのだと思っていた。けれど、そうじゃなかった。

 今にしてわかる。私の恋は、出口を見失っていたのだろう。今更、辛い想いを捨てることもできず、でも抱え続けて疲れ切っていたのだ。そんな中、スラリスが現れた。しかも、かつて自分の想い人が愛した女性でもあった。

 こんな納得できる終わらせ方ができるとは思わなかった。そして何も失っていないことに気付かせてくれた。

 愛の形は変わっても、それでもレナザードは今でも私の愛する人。そして、彼も私に絶対の親愛を与えてくれる。それは、変わることがない、確固たるもの。それが分かった今、私はとても満たされている。

 そして満たされた心は、自然に言葉となって零れ出た。

「早く、スラリスに会いたいわね」
「うんっ」

 満面な笑みで頷いたもう一人の自分に笑みを返しながら、私は勢いよく木の枝を蹴り上げ、夕暮れの空に身を投げ出した。
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感想 20

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みんなの感想(20件)

りぃ
2019.03.13 りぃ

お疲れ様です!
読んでいて凄く楽しかったです!
続編も楽しく読ませてもらいます!

2019.03.13 茂栖 もす

abec さま

この度は感想ありがとうございました(*'ω'*)

この作品の二人はずっとじれじれ展開ばかりだったので、いちゃいちゃシーン(?)を書くことができて、私もとっても楽しかったです(*´▽`*)

番外編は全部で4話あります。

その投稿が終わったら、本格的に続編を投稿する予定ですので、もう少々お待ちくださいm(_ _"m)

続編はがっつり甘い(ぎりぎりR18にひっかからない程度に(;^ω^))お話にしたいなぁと思っています。

それではまた、続編でお会いできたら幸いです♪

本当にありがとうございました(≧▽≦)

解除
榛名白兎
2018.12.07 榛名白兎

お疲れ様でした。
とても良い世界の夢を見させていただきました

2018.12.07 茂栖 もす

榛名白兎さま

最後までお付き合い頂き、本当に嬉しいです(*´▽`*)

なんだかんだ言ってもハッピーエンド。という展開が大好きなので、榛名白兎さまの【とても良い世界の夢】という表現がとても綺麗だなって思いました(´∀`*)ウフフ

この度はステキな感想ありがとうございました(≧▽≦)

年明けに続編を連載したいと思っていますので、また遊びに来て頂けたら幸いですm(_ _"m)

解除
さくらうさぎ

毎日この作品の更新を楽しみにしてたので、完結しちゃうとちょっと寂しいです。

でもお疲れ様でした。大満足です♪

続編はいつぐらいに始まりますか?今から楽しみです。

これからも頑張って下さい〜。

2018.12.03 茂栖 もす

さくらうさぎさま

この度はコメントありがとうございます(*'▽')

大満足と言っていただけてとっても嬉しいです(*´ω`*)

それと完結は寂しいと言っていただけて、嬉しいやら申し訳ないやら・・・(;^ω^)

ちなみに続編は年明けになりそうです。

なるべくお待たせしないで投稿したいと思います(`・ω・´)ゞ

また続編でお会いできたら幸いです(o*。_。)oペコッ

解除

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