勇者の末裔である私は、恋する心を捨てました。

茂栖 もす

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旅の再開

覚醒と約束

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 真っ白な空間の中、録画したワンシーンを一時停止したように、目の前には、私が池に落ちる瞬間の映像が映し出されている。

 目を見開いて私に手を伸ばすクウエットとファレンセガ。駆け寄ろうとするリジェンテとあなた。

 そんな映像を前にして、向かい合うもう一人の私と、私。






【あんなこと、私には一度も言ってくれなかった】

 目線だけを映像に移したもう一人の私は、ポツリと呟いた。やるせなさを滲ませて。

 あんなことって、どんなこと?

 そんな無粋なことを、私はもう一人の私に聞くつもりはない。そしてその言葉だけで、もう一人の私が、あの一部始終を見ていたことを知る。

 ファレンセガの言葉がもう一人の私にちゃんと届いたんだ。良かった。嬉しい。思わず口元に笑みが零れる。

 でも、反対にもう一人の私は、しかめっ面でいる。

【ずっと、私の方が嫌われていると思ってた】
『なんで?』

 今度は声に出して問うた私に、もう一人の私は苦笑を浮かべながら答えてくれる。

【だって、リジェンテとカーディルは、私のお目付け役っていうか、私が逃亡しない為の見張り役だと思っていたんだもん】
『まさかっ、二人は……』
【二人ともそう私に言ったの。ま、そうでも言わなきゃ、一緒に旅をすることなんてなかったと思うし】
『……そっかぁ』

 全部は納得できない私は、曖昧な返事しかできない。

 でも、もう一人の私は、私に同意を求めているわけではないようで、すぐに言葉を続ける。

【ファレンセガは、王都の近くの街にあったカジノでちょっと揉めて、そこの従業員に追われてたんだ。たまたまそれを見かけたんだけど、私、面倒事は避けたかったから無視したんだ。……そうしたら、無視するなってファレンセガった鬼の形相を浮かべて追いかけてきたんだ。で、そのままなし崩しに一緒にいたの】
『……』

 微妙に違うけど、ほぼほぼ合っている。

 ちなみにファレンセガは、カジノのツケは払ったのだろうか。少し疑問に思ったけれど、それは口に出さないことにする。

【クウエットとマリモは、その後すぐに出会ったんだ。でも、出会ったというのは違うかな?マリモを追っかけまわしていたクウエットを見つけたカーディルが窘める……っていうか、追い払おうとしたっていうか、ま、まぁ……そんな感じの始まりだったの】
『……』

 うん。これは少々違うけど、まぁマリモとセットだったということで、そこそこ合っている。
 
 旅立つ時間がズレても、結局出会うことになった大切な仲間。きっと、こういうのを運命っていうのだろう。

 それは、口に出さなくても、もう一人の私に伝わったようだ。

【あんな出会い方しかできなかったけど、本当は私、皆と会えて嬉しかった。嫌い、付いてこないで、いらないってあれだけ言ったのに、それでも傍に居てくれる皆の事、大好きだったんだ】
『うん』

 嬉しい。もう一人の私から、そんな言葉を聞かせてもらえて。

 リベリオの言った通りだった。

 根底にあるものは何も変わらない。仲間も、もう一人の私も。

 だからだろう。もう一人の私は、しゅんと肩を落とす。まるで、これまでのことを酷く悔やんでいるかのように。

【あなたと出会ってから、私……ずっと考えているんだ。どこで間違えちゃったんだろうって。どうしたら絡まりを解くことができたんだろうって】
『………うん』

 返事はするけれど、もう一人の私の問いには答えることができない。

 だって、すんなりと仲間と仲良くなれた私には、もう一人の私の辛さや苦しみはわからない。わかりたいと思うけれど。

【ねぇ、魔力が欲しい?】
『……え?』

 突然、斜めの方向の問いを投げかけられて、目をぱちくりさせてしまう。

 そして間の抜けた声しか出せない私に、もう一人の私は一歩近づいてこう言った。

【あげる。っていうか、貰って。私が持ってても意味ないし。でも捨てるにはもったいないでしょ?】
『そういう問題!?』
【うん】

 素っ気ないと思う程、もう一人の私は表情を変えずに頷いた。でもすぐに、真剣な表情になる。

【私、あなたに英雄になって欲しいなんて望んでいない。っていうか、そんな大層なものになれっこないってわかっている。でも、自分が大切にしている人達を死なせないで。絶対に守って】
『う、うん』

 前半の言葉に引っ掛かりを覚えたけれど、ここは何も言わず頷くことにする。

 そうすれば、もう一人の私は、少し迷ったのち、別の願いも口にした。

【あとね、できればなんだけど……お願い。全部、ね……全部、終わったら─────して】

 それは意外な内容だった。思わず息を呑む。

 でも、もう一人の私はとても真剣だ。きっと冗談とか、わざと困らそうとしている類のお願いではない。

『うん、約束する。……といっても、私の力でどうこうできるかわからないけれど……』
【わかってる。でも、そうできるなら、そうして。そのほうがきっと良いと思うの】
『わかった。頑張る』

 その願いは突拍子もなくて、とても理由は曖昧なものだけれど、でも、無下に捨て置くことはできないと判断する。

 そんな気持ちを凝縮して強く頷けば、もう一人の私は、ほっとしたように笑った。

【じゃあ、私の魔力をあげるね。手、かして】

 もう一人の私が私に手を伸ばす。

 私も、同じようにして指と指を絡ませる。そして、自然な流れで額を合わせる。次いでエアコンの風のようなひやりとした冷たい冷気が、私の身体の中に染み込んでいく。

【私の力、全部あげるね。でも、今のあなたの器には少々……っていうか、かなり多すぎるから、使い方に気を付けてね】
『え、ちょ、待ったっ』
【あのね、一気に魔力を使い過ぎると、身体が耐え切れなくって死ぬからね】
『ごめん、やっぱ半分にして!』
【無理】
『えー』

 絡ませていた指を引っこ抜こうとしれば、すぐさまもう一人の私がそれを阻止するように強く指に力を入れる。

 関節がゴリゴリされて地味に痛い。あと、なんかエアコンの風が強風になった気がする。え?何、コレ。押し付けですか?

【あのさぁ、数学の補修の常連の私が、半分だけ魔力を渡すような器用なこと、できると思う?】
『え?魔力って、数学なの?』
【知らない。ただ、そんな器用なことなんてできないって言いたかっただけ】
『……なるほどねー』

 複雑な気持ちだったけれど、大変良く理解をすることができた。

 ちなみに、もう一人の私は、ここでなぜか急にもじもじし始めた。

【……ねえ、あなたのいた世界では、カーディルは……その……どうだった?】

 はぁーん。さすが私。やっぱり好みは一緒だったか。

 思わず吹いてしまう。すかさずもう一人の私が、ジト目で睨んだけれど、私はドヤ顔を決めて口を開いた。

『めちゃんこ優しかったよ』
【……ふぅーん】
『なんかこっちが恥ずかしくなるくらいお姫様扱いしてくれたし』
【私の方のカーディルだって、なんだかんだ言ったけど優しいよ。カッコいいよ】
『は?私の方のカーディルだって、マジでイケメンだったからね。直視したら鼻血もんだよ?』
【へっ、どうだか】
『なっ』

 かっと怒りを覚えたけれど、その3秒後、私達は不毛な争いをしていることに気付いた。

 それはもう一人の私も、同時に気付いたようで、目が合ったと途端に同時に噴き出してしまった。

 きっと、アニメとかラノベとかだったら、ここら辺って感動するシーンのはずだけれど、現実はそうはいかない。

 でも、良いや。感動はなくても、もう一人の私がちゃんと笑ってくれているんだもん。それで十分だ。

 ……だって、多分、私達がこうして会話ができるのはこれで最後だと思うから。

 あ、なら、最後にちょっと聞いてみたいことがある。

『ね、カーディルのこと好きだった』
【………別に】

 そう言ったもう一人の私は、自分で言うのもなんだけれど、可愛かった。

 ちょっと拗ねた口調なのに、頬が赤い。そしてチラリと視線をよこす眼差しにドキンとした自分はナルシストなのかもしれない。

【リエノーラ、あのね】
「なあに?」

 急に真顔になったもう一人の私は、今度もまた私のことをそう呼ぶ。

 でも、もうそれに違和感を感じることはない。だって私は、託されたのだから。力と願いを。

 そしてもう一人の私は、すっきりとした笑顔でこう言った。

【頑張ってね】
『うん。任せて』

 食い気味に頷いた私に、もう一人の私は、嬉しそうに笑った。それから、そおっと私から手を離して───光の粒子をまき散らしながら消えていった。
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