勇者の末裔である私は、恋する心を捨てました。

茂栖 もす

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運命の分岐

思わぬ伏兵

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 洞窟内のしんと沈んだ空気の中、規則正しい足音が背後から聞こえてくる。後ろを歩く4人は私と一定の距離を保ってくれているのだ。

 でも、マリモは頑として私の側から離れない。ついさっき自警団の人からもらった焼き菓子をあげても、だ。

 どうしよう。マリモが本格的な反抗期に突入してしまったようだ。

 このまま非行に走って、バイク盗んで校舎の窓ガラスを割ってしまったら……。そして行く先もわからないまま、どこかへ走り出してしまったら、私は本当にどうしたら良いのだろう。

 ただ、この世界には学校はあるかもだけれど、バイクは無い。
 はっ、もしかしたらニューバはバイクの代わりだったのか!?

 と、どうでも良いことを考えていたのは、一瞬。

 視界に映るのは以前と変わらない光景で、否が応でもあの時の惨劇を思い出してしまう。




 あの時、暁の洞窟で鍵を封印している扉が見えた直後、魔物に襲われたのだ。

 しかも、それは岩と同化していて、夜目の利くカーディルとファレンセガでも気付くのが遅れてしまい、私といえば魔獣の咆哮でやっと気付けたくらいだった。

 そして、最初に深手を負ったのは、クウエットだった。……私を庇ったせいで。

 クウエットが今まで聞いたことがないほど切羽詰まった声で危ないと声を上げるのと、私を強く抱き込むのは、ほぼ同時だった。

 そして、黒いマントがはためく中、鋭い牙で引きちぎられたクウエットの腕は、暗闇で何も見えなかったはずなのに、やけに鮮明な赤色だったのを覚えている。

 でも、クウエットは倒れなかった。

『ここは、俺に任せて、一旦引け。すぐに追い付く』

 カーディルに私を押し付けながら、怪我の痛みなど微塵も感じさせないような笑顔を浮かべて、そう言った。

 任せられるわけがない。大剣使いのクウエットが片手で剣を扱えるわけがない。それに、追いつくってどうやって?絶対無理じゃん。

 カーディルの腕の中で私はそう思った。いや、そう間違いなく口にした。そして、他の皆んなもそう言ってくれると思った。

 なのに、違った。

 私以外の3人は同時に頷いた。嫌だここに残るとゴネたのは私だけだった。

 でも結局、私はカーディルに抱えられたまま、自分の意志とは無関係に出口へと向かうことになってしまった。

 次にリジェンテとファレンセガが倒れた。
 
 憎らしいことに、あの魔物は他の魔物を召喚できるかなり上位の魔物だった。

 洞窟は半日あれば余裕で、往復できるくらいの距離。だけれども、洞窟の中ほどでカラスのような黒い凶暴なくちばしを持つ大群が後を追ってきたのだ。

『あらあら、仕方がないわね。ここは一旦解散ね』
『リエノーラさま、後ほどお会いしましょう』

 ぴたりと足を止めて、リジェンテとファレンセガはほぼ同時にそう言った。

 クウエットと同じように笑みを浮かべて。

 でもさすがに私は拒んだ。全力で拒んだ。できもしないくせに私も戦うと言い張って、カーディルの腕から逃れようと必死にもがいた。

 そんな私を見て、リジェンテとファレンセガは『すぐに追いつきますよ』と言いながら、追ってきた魔物に向かって行った。

 その後すぐに、クウエットの命が消えた。
 次いで後を追うように、リジェンテとファレンセガの命が消えた。

 なぜ見てもいないのにわかるかといえば、以前の仲間とは、私は魂の契約を結んでいたから。

 そして、仲間の命が消えた瞬間、私は心臓の一部をもぎ取られるような痛みと喪失感が走ったから。

 あれは二度と味わいたくないものだ。そして、もう一度あの痛みを味わったとき、間違いなく私の心は死んでしまうだろう。それくらい辛いもの。

 きゅっと心臓に手を当てて息を吐く。

 そうした後、視界に入ってきたのは、特徴のある尖った岩。───奇しくもリジェンテとファレンセガと最後に会話を交わした場所だった。

 笑いながら身を翻して闇に消えてしまった二人を鮮明に思い出す。じわりと目の端に涙が浮かぶ。

 ……トラウマなんていう表現を超えたこの場所は、やっぱり、辛い。

 と、そんなことを思いだしていたら、背中に冷たい何かが落ちた。もちろん私が、そんなことを予期できるわけない。

「ひぃっいやぁぁー」

 自分でも脱力する程まぬけな悲鳴が洞窟にこだました。

 そして、1拍遅れてから気付いた。ぴっちょんと洞窟の天井から雫が落ちたのだ。

 次いで、後ろを歩く4人の影がぎょっと撥ねた後、ゆらりと動く。どうやら私の元へ行こうか迷っているようだ。お願い、来ないで。

 そんな意志を伝える為に、慌ててぶんぶんっと音がするほど、首を横に振る。

 ……それにしても、こんなところに伏兵がいたとは。この洞窟、本当に嫌い。

 それにしても、なんというタイミングで水滴を落としてくるのだろう。

 いや、もしかして、この洞窟自体が魔物なのか!?魔界の浸食ってそこまでひどくなっているのだろうか。

 ……あ、いや。そういえば、以前も同じように、この水滴を背中におみまいされ、悲鳴を上げていた自分を思い出す。

 ごめん、洞窟さん。勝手に魔物扱いして。

 にしても、魔力のお陰で視界は随分良くなっているというのに、こんなところでつまずくとは思いもよらなかった。これは集中力にかけている証拠。

 しっかりしろ、私。本番はこれからなんだからっ。

 そう自分に叱咤して、私はローブについているフードを深くかぶり直す。そして、再び歩き出した。
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