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あなたと私のすれ違い
真相①
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ハスキー領主と過ごす時間は常に緊張感を強いられるか、恐怖に怯えていた。唯一、初夜の時だけは、身の危険を感じなかったけれど、あれはあれで穏やかな時間だったとは言い切れない。
そんなこんなで、私はハスキー領主の手を解けないまま、ずっと彼の膝の上にいる。けれどもう限界だ、色々と……。
中途半端に浮かせている腕はもう痺れてきているし、ハスキー領主だって苦しい体勢だと思う。それに私を膝の上に乗せている領主から、いつ重いと言われるか気が気でないし、なんといっても一面雪景色の中、こうして二人っきりでいるという状況がそわそわして落ち着かない。
というわけで、ゴーン、ゴーンと遠くで鐘の音が鳴ったのをきっかけに、私から口を開くことにした。
「……手を離して頂けますか?」
何から切り出そうか悩んだ挙句、結局、一番両者が望んでいると思われることを口にした。瞬間、ハスキー領主は弾かれたように掴んでいた手を離した。
両手が自由になった私は、指を組んで息を整える。
次に重くないですか?と聞こうかと思ったけれど、重いと言われここに置いて帰られたら、正直言って困る。遭難すること間違いない。そう、世の中には、安易に聞いてはいけないことがある。
だから私は、その質問は胸の内に留める。そして一度、ぎゅっと唇を噛んでから本題に切り込んだ。
「言いづらいなら、言わなくて良いです。フィリカさんのこと、私、ちゃんとわかっています」
「本当!?」
目を輝かすハスキー領主に、胸に針が刺さったような痛みを覚えた。けれど、彼の表情が全ての答えなのだろう。
ハスキー領主が今日話したかったのは、フィリカのこと。それはつまり、二人は想い合っていて恋人同士だということを私に伝えたかったのだ。
わざわざそんなことを言わなくてもと悪態つく自分と、今ならそれを仕方がないと受け止められる私がいる。
なぜなら私の取り巻く世界に、彼らが無作為に乱入してきたように、私だって彼らの世界に無理矢理割り込んできてしまった存在だったということに気づいたから。
私だけが不幸だと思っていた。でも、それは傲慢な考え方だった。
……本当はもうとっくに気付いていた。
酷いこともされた、辛いこともあった。だからといって私が彼らを傷つけて良いとも、誰かの居場所を奪っても良いという理由にもならない。
舞踏会の時に意地を張ったときの虚しさはこれだったのだ。
だからもう、フィリカのことにつてハスキー領主と私は、これ以上話す必要はない。
けれどきちんと全部、言葉にしてしまおう。そして元の世界に戻るまで、彼らと過ごす最善の方法を見付けよう。
そう心に決めて私は再び口を開いた。
「はい……フィリカさんは……あなたにとって大切な方なんですよね」
「………………………………………………」
頷くハスキー領主を見たくなくて一旦、俯く。そして組み合わせた指にぎゅっと力を込めて、顔を上げて笑みを浮かべる。すぐ傍にある蒼氷色の瞳は、ガラス玉のように透明でとても綺麗だった。
そして勇気を振り絞って最後まで言葉を紡ぐ。
「だから、私は弁えていますし、わざわざそのことを話していただかなくても、大丈夫です」
「……………………………が………………よっ」
「え?」
そうはっきりと言い切ってみたけれど、後から体が震えてくる。……違う、私は震えてなんかいない。震えているのはハスキー領主のほうだ。
それに気づくのと同時に、強い力で肩を捕まれる。そうされたら、次にどうなるのか───今までの出来事が蘇って来て身を硬くする私に、ハスキー領主は、唸り声と共に何か言葉を発した。けれど、私はそれを聞き取ることができず、少しだけ彼の方に耳を傾けた。
「何が大丈夫なんだよっ」
大音量の叫び声と共に、きーんと耳鳴りが生じて、思わず顔を顰めてしまう。けれど、答えろよとハスキー領主に肩を揺さぶられ、思わず応えてしまう。
「あなたが、フィリカさんとそういうお付き合いをしていても、一向に構わないということです」
そう言った途端、うな垂れるハスキー領主に私は、今までで一番優しい言葉をかけた。
「安心してください────私は平気です」
次に予測される言葉は【わかった】か【ありがとう】。それしかないと思っていたけれど、ハスキー領主は予想外の言葉を発した。
「ねぇ、君は僕の何なの?」
「………………」
領主の問いに、意味がわからず黙り込んでしまう。再び俯いてしまった私の肩を掴む彼の手に更に力がこもる。
「……だんまりは許さないよ。ちゃんと答えて」
おずおずと見上げれば、ハスキー領主は怒りを堪えているというよりは、痛みや苦しみを堪えている表情でこちらを見下ろしていた。
「……あなたの」
思いのほか、自分の声が震えているのに気付く。そしてハスキー領主は唇をかみ締めている。まるで私が次に発する言葉に怯えを抱いているかのように。
期間限定で、偽りではありますが。その前置きの言葉は音にすることなく飲み込んで、彼の問いに答える。
「あなたの花嫁です」
一面、白色に染め上げられた世界で、その言葉がやけに大きく響いた。言葉にした途端、そっかそうなんだと改めて気付かされる。自分がハスキー領主の元に、そしてこの真っ白な世界のフィラント領に嫁いだということを。
小さく息を呑んだ私に、ハスキー領主の掠れた声が降ってきた。
「………わかってて、そんなことを言うんだね」
思わず見上げたハスキー領主の蒼氷色の瞳は、憤怒の色に染まっていた。けれど瞬きをする間に、すぐに絶望の色に変わった。
「言わないでよ、そんなこと」
振り絞って紡いだ彼の言葉が理解できない。
ほんの少し首をかしげた私に、ハスキー領主はかくんと首が折れたかのように、直角に倒してこう言った。
「あんな性悪娘なんかと誤解されるなんて、マジ死んだ方がマシだよ……」
両手で顔を覆って吐き捨てるようにそう言ったハスキー領主は、大袈裟すぎることなく本当にこの世の終わりのような声音で頭を抱えてしまった。
俯いたハスキー領主の銀髪が私の頬を撫でる。私よりさらさらで、艶のある髪に少し嫉妬を覚える。そんなことを考えながら、また私は、彼のことが理解できなくなってしまった。
そんなこんなで、私はハスキー領主の手を解けないまま、ずっと彼の膝の上にいる。けれどもう限界だ、色々と……。
中途半端に浮かせている腕はもう痺れてきているし、ハスキー領主だって苦しい体勢だと思う。それに私を膝の上に乗せている領主から、いつ重いと言われるか気が気でないし、なんといっても一面雪景色の中、こうして二人っきりでいるという状況がそわそわして落ち着かない。
というわけで、ゴーン、ゴーンと遠くで鐘の音が鳴ったのをきっかけに、私から口を開くことにした。
「……手を離して頂けますか?」
何から切り出そうか悩んだ挙句、結局、一番両者が望んでいると思われることを口にした。瞬間、ハスキー領主は弾かれたように掴んでいた手を離した。
両手が自由になった私は、指を組んで息を整える。
次に重くないですか?と聞こうかと思ったけれど、重いと言われここに置いて帰られたら、正直言って困る。遭難すること間違いない。そう、世の中には、安易に聞いてはいけないことがある。
だから私は、その質問は胸の内に留める。そして一度、ぎゅっと唇を噛んでから本題に切り込んだ。
「言いづらいなら、言わなくて良いです。フィリカさんのこと、私、ちゃんとわかっています」
「本当!?」
目を輝かすハスキー領主に、胸に針が刺さったような痛みを覚えた。けれど、彼の表情が全ての答えなのだろう。
ハスキー領主が今日話したかったのは、フィリカのこと。それはつまり、二人は想い合っていて恋人同士だということを私に伝えたかったのだ。
わざわざそんなことを言わなくてもと悪態つく自分と、今ならそれを仕方がないと受け止められる私がいる。
なぜなら私の取り巻く世界に、彼らが無作為に乱入してきたように、私だって彼らの世界に無理矢理割り込んできてしまった存在だったということに気づいたから。
私だけが不幸だと思っていた。でも、それは傲慢な考え方だった。
……本当はもうとっくに気付いていた。
酷いこともされた、辛いこともあった。だからといって私が彼らを傷つけて良いとも、誰かの居場所を奪っても良いという理由にもならない。
舞踏会の時に意地を張ったときの虚しさはこれだったのだ。
だからもう、フィリカのことにつてハスキー領主と私は、これ以上話す必要はない。
けれどきちんと全部、言葉にしてしまおう。そして元の世界に戻るまで、彼らと過ごす最善の方法を見付けよう。
そう心に決めて私は再び口を開いた。
「はい……フィリカさんは……あなたにとって大切な方なんですよね」
「………………………………………………」
頷くハスキー領主を見たくなくて一旦、俯く。そして組み合わせた指にぎゅっと力を込めて、顔を上げて笑みを浮かべる。すぐ傍にある蒼氷色の瞳は、ガラス玉のように透明でとても綺麗だった。
そして勇気を振り絞って最後まで言葉を紡ぐ。
「だから、私は弁えていますし、わざわざそのことを話していただかなくても、大丈夫です」
「……………………………が………………よっ」
「え?」
そうはっきりと言い切ってみたけれど、後から体が震えてくる。……違う、私は震えてなんかいない。震えているのはハスキー領主のほうだ。
それに気づくのと同時に、強い力で肩を捕まれる。そうされたら、次にどうなるのか───今までの出来事が蘇って来て身を硬くする私に、ハスキー領主は、唸り声と共に何か言葉を発した。けれど、私はそれを聞き取ることができず、少しだけ彼の方に耳を傾けた。
「何が大丈夫なんだよっ」
大音量の叫び声と共に、きーんと耳鳴りが生じて、思わず顔を顰めてしまう。けれど、答えろよとハスキー領主に肩を揺さぶられ、思わず応えてしまう。
「あなたが、フィリカさんとそういうお付き合いをしていても、一向に構わないということです」
そう言った途端、うな垂れるハスキー領主に私は、今までで一番優しい言葉をかけた。
「安心してください────私は平気です」
次に予測される言葉は【わかった】か【ありがとう】。それしかないと思っていたけれど、ハスキー領主は予想外の言葉を発した。
「ねぇ、君は僕の何なの?」
「………………」
領主の問いに、意味がわからず黙り込んでしまう。再び俯いてしまった私の肩を掴む彼の手に更に力がこもる。
「……だんまりは許さないよ。ちゃんと答えて」
おずおずと見上げれば、ハスキー領主は怒りを堪えているというよりは、痛みや苦しみを堪えている表情でこちらを見下ろしていた。
「……あなたの」
思いのほか、自分の声が震えているのに気付く。そしてハスキー領主は唇をかみ締めている。まるで私が次に発する言葉に怯えを抱いているかのように。
期間限定で、偽りではありますが。その前置きの言葉は音にすることなく飲み込んで、彼の問いに答える。
「あなたの花嫁です」
一面、白色に染め上げられた世界で、その言葉がやけに大きく響いた。言葉にした途端、そっかそうなんだと改めて気付かされる。自分がハスキー領主の元に、そしてこの真っ白な世界のフィラント領に嫁いだということを。
小さく息を呑んだ私に、ハスキー領主の掠れた声が降ってきた。
「………わかってて、そんなことを言うんだね」
思わず見上げたハスキー領主の蒼氷色の瞳は、憤怒の色に染まっていた。けれど瞬きをする間に、すぐに絶望の色に変わった。
「言わないでよ、そんなこと」
振り絞って紡いだ彼の言葉が理解できない。
ほんの少し首をかしげた私に、ハスキー領主はかくんと首が折れたかのように、直角に倒してこう言った。
「あんな性悪娘なんかと誤解されるなんて、マジ死んだ方がマシだよ……」
両手で顔を覆って吐き捨てるようにそう言ったハスキー領主は、大袈裟すぎることなく本当にこの世の終わりのような声音で頭を抱えてしまった。
俯いたハスキー領主の銀髪が私の頬を撫でる。私よりさらさらで、艶のある髪に少し嫉妬を覚える。そんなことを考えながら、また私は、彼のことが理解できなくなってしまった。
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