銀狼領主と偽りの花嫁

茂栖 もす

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ほつれていく糸

あの日あの時のすれ違い①

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 私はこの世界で人を疑うことを覚えた。無視されれば心が痛いことを知った。孤独と絶望は人の心を歪ませる事を知った。

 けれど、意固地になっても虚しいことも知ったし、自分がどれだけ愚かな思い違いをしてたことも知った。

 そしてそのことを知っていながら、私はずっと自分がされて嫌だと思ったことを、この人達にしていたのだ。そのことがとても申し訳なくて、恥ずかしい。

 そんな自分の過ちを伝えようと思った途端、緊張で身体が強張ってしまう。

 震える膝に何とか力を入れて立ち上がり、声が掠れないようにと祈りながら、私は3人を真っすぐに見つめて口を開いた。

「私、ずっと皆さんに嫌われていると勘違いしていました」
「ええ!?」

 即座に目をひん剥いて叫んだのはアーシャだった。ただクリフもジークも声にこそ出してはいないが信じられないといった表情を浮かべている。

「ど、ど、ど、どこか花嫁様のご不興を買うようなことを、私達しちゃいましたか!?」

 あわあわと狼狽するアーシャと同じように、私もオロオロと狼狽えてしまう。

「い、いえ。ち、違うんです。………あ、あの……私が勝手に勘違いして、勝手にそう思っていただけなんです」

 しどろもどろになりながら、そう説明したけれどアーシャは納得するどころか更に狼狽してしまう。

「アーシャちょっと落ち着いて。あのね、サーヤはただ、固定観念があっただけなんだよ」

 足を組み直しながら、鋭く割って入ったクリフの言葉に素直に頷く。まさにその通りだった。

 固定観念は自分の思考を止めてしまう。この世界の全てを憎んでいた私は、馬車で聞いたバイザックの言葉を全て鵜呑みにしてしまっていた。

 今思えば、おかしな話だ。私はバイザックすら憎んでいたというのに、彼の言葉をあっさり聞き入れてしまうなんて、どうかしていた。

「きっとバイザックから、ここが雪に閉ざされた僻地で、ここに住まう人々は皆、不幸者だ言われてたんだと思うよ。ついでに、僕は銀狼領主と呼ばれる残忍な領主で、ちょっとでも気に入らないことがあれば、すぐさま首を撥ねられるとでも脅されたのかな?」

 更にクリフは、馬車で聞かされたことをドンピシャに言い当てる。不覚にも言葉を失ってしまった。でも、それは肯定することになってしまい、クリフを含めた全員が苦笑いを浮かべた。

 彼らは決して怒らない。私を酷いと詰ったりもしない。ただ、やれやれといった表情を浮かべて、あーそうかと妙に納得した表情を浮かべて、まったくあいつはと、ここにいない人間に悪態をつくだけ。

 でも私が、考えることを放棄して、相手を理解しようとしていなかったことは隠しようのない事実。

「バイザックの言葉を鵜呑みにしてしまった私に非があります。本当にごめんなさい」

 責任逃れをせず、私はもう一度、心から謝罪をした。

「サーヤ、もういいよ。顔を上げて」

 優しいクリフの声が降ってくる。でも私は首を横に振り、更に頭を下げる角度を深くした。

「弱ったな。すぐに顔を上げてくれないと、君に強引に触れることになるよ」

 瞬間、私は弾かれたように顔を上げた。そうすればクリフと視線がぶつかる。私を見つめる彼は少し寂しそうな表情を浮かべて、ソファの空いている場所を軽く叩いた。

 隣に座れということなのだろう。ちょっとまごつく私に、今度はアーシャが私の背をそっと押す。そして断る理由を見付けられない私は、促されるままクリフの隣に腰を下ろした。

「ねぇサーヤ、君の言葉で聞かせて。今はフィラントは……僕たちのことは、どう思ってる?」

 座った途端にクリフに覗き込まれ、思わずのけ反ってしまう。それは未だに彼のことを怖いと思ってしまうのもあるけれど、ついさっき彼から告白を受けてしまった事実もあるから。

 拒むような態度を取った私にクリフは一瞬、痛みを堪えるような表情を浮かべたけれど、私の頬が少し赤くなっているのに気付いて、柔らかく目を細める。

 そして身体の位置を元に戻して、急かすことなく私の言葉を待ってくれている。ふと視線を移せば、アーシャもジークもいつの間にか姿勢を正していた。

「雪に閉ざされていても、ここはとても暖かいところだと思います。不幸ではないと思います。皆さんとっても温かくて優しい人達だと思っています」

 そう素直に言葉を紡げば、そこには照れくさそうな笑顔を浮かべてくれるアーシャがいて、少し目を細めながら真っすぐ私を見つめるジークがいる。そして───。

「話してくれてありがとう、サーヤ」

 蒼氷色を揺らめかせながら笑顔を浮かべるクリフがいる。その笑みは、喜びが心の中から湧きあがり、それが外に溢れ出る、そんな笑顔だった。

 つられて私も口元が綻ぶ。けれど、すぐに表情を引き締めた。

「あと.........まだ、お伝えしたいことがあるんです」

 きゅっと両手を握り締める。
 これは私達が大きくすれ違ってしまった一番の原因でもあること。だから今ここで、きちんと伝えなければならない。

「クリフ、舞踏会に出たくないなんて言って、ごめんなさい」

 クリフはそんなことと言いたげに首を振ろうとしたけれど、私はそれを早口で遮った。

「私、ダンスが踊れないんです。だから舞踏会に出るのが嫌だったんです。それを知られるのが、は、恥ずかしくて……言い出せなかったんです」

 自分で口に出せば、恥ずかしさで俯いてしまう。けれど、そのきっちり3秒後。

「え、それだけの理由だったの!?」

 というクリフの絶叫が部屋中に響いた。
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