監禁された私には、時空の監視者の愛情は伝わらない

茂栖 もす

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◆◇第一幕◇◆ 時空の監視者の愛情は伝わらない 

王様の願い事①

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 顔を上げることはできたけれど、未だに足を止めたままの私の背を、バルドゥールは優しく押した。もう少し前に進めということなのだろう。

 ここにいる人達の不躾な視線は怖い。けれど、このまま立ちすくんでいれば、私は公衆の面前で横抱きにされてしまうかもしれない。それはかなり恥ずかしい。そう思った時には自然と歩き始めていた。

 そして、そんな理由で固まっていた足が動き出す自分がちょっと可笑しかった。

 ゆっくりと歩みを進めていても、粘つく視線はどこまでも追ってくる。けれど、一度冷静さを取り戻した私は、怯えることはもうなかった。

 なぜなら、確かにそうだと思う自分がいるから。こんな得体の知れない小娘の為に、彼らはきっと王様に呼び出されたのだろう。お前なんかの為に、そんなふうに思われたって仕方がない。

 それに、よくよく考えたら私だって見ず知らずの人達に無条件で好意を持つことができるほど善良な人間ではないのだ。つまりお互い様。そして、私はここに居る人達と仲良くなりたいわけではない。

 この結論がすとんと胸に収まったと同時に、バルドゥールが私の腰を軽く引く。止まれということなのだろう。

 でも、私はこの部屋の中央付近にいて、まだ王座には少し距離がある。この後、私はどうしたら良いのだろうか。何もしなくて良いとは言われているが、さすがにこの中途半端な状態は、いささか落ち着かない。

 そんな不安という程ではないが、そわそわとし始めた途端、バルドゥールは何故か私の腰から手を離し後退してしまった。

 ずっと感じていた彼の暖かさが消えた途端、今度は無性に不安にかられる。バルドゥールは消えてしまったわけではなく、ただちょっと離れただけ。なのに、こんな些細なことで動揺してしまう自分に呆れてしまう。

 少し前の私だったら、こんなことで心が動くことなどなかったはず。これは甘えることを覚えてしまったからなのだろうか。もしそうなら、バルドゥールに甘やかすのは程々にして欲しいとお願いしなくては。これも帰ったら彼に伝えることにしよう。

 そんな帰宅後に彼と過ごす時間を考えていたら、玉座に居た人物が音もなく立ち上がった。

「ようこそ、異世界のお嬢さん」

 穏やかで優しい声。でも表情は逆光で見えないせいで、王様が何を考えているかわからない。

 そんな気持ちから、ただ見上げるだけの私に、王様は静かにこちらに足を向けた。

 一段高い所にいた王様が、ゆっくりとこちらに近づいて来る。それと同時に、両端にいた人達が一斉に胸に手を当て、礼の形を取る。背後にいる時空の監視者達も例に漏れず同じようにしているのが気配で感じ取れた。

 そんな中、私だけが木偶の坊のように立っている。バルドゥールは誰にも頭を下げなくて良いとも言っていた。けれど、これはなかなかキツイ状況だ。

 気を付けているつもりだけれど、視線が泳いでしまうのは致し方ない。そんな挙動不審な私に気を悪くして、王様は足を止めることはしない。そして、いかにもという感じの光沢のある長い丈の上着に、その名の象徴とも呼べる王冠がくっきりと私の視界に入る。

 そしてそれらを纏う人物は、それを身に付ける為に生まれてきたといっても過言ではない程、威厳と凛々しさを兼ね備えた壮年の男性だった。

 波打つ銀色の髪。天然石のようなターコイズブルーの瞳。豪奢な衣装を着こなす大きな体躯。目尻に皺があり、無理のない落ち着きさもあるから、きっと結婚もして子供がいてもおかしくはない年齢なのだろう。

「今日は良く来てくれました」

 向き合った王様は私に向かって微笑みながらそう言った。敵意も悪意も感じられない、けれど、感情を隠した機械のような声音で。

 そして王様は、感情が見えない微笑みを浮かべたまま再び口を開いた。

「初めまして、私の名前はフィルディナンド・デュールシュタン。この国を統べるものです」

 抑揚のない低い声でそう言葉を紡いだと思ったら、王様は突然、床に膝を付いた。しんとした部屋に誰の声も聞こえない。けれど、ここに居る人達のさまざまな感情は空気となって私に伝わってくる。

 きっと王様だって感じているだろう。けれど、王様は膝を付いたまま、私を見上げてこう言った。

「私はあなたを歓迎します」と。

 似たような言葉を何度もこの世界に来て贈られてきた。けれど、こんな大勢の前で、しかも王様から言われれば、やはり受け取る重みは違う。

 思わずごくりと唾を呑んだ私に、王様はターコイズブルーの瞳を少し和らげて再び口を開いた。

「この世界は、あなたにとって生きにくいところかもしれません。多くの行動を制限されてしまうのも事実です。けれど、私はあなたがこの地を選んでくれたことを、最上の幸せだと感じています。ですから、私は…………」

 流れるような口調で言葉を紡いでいた王様が、突如ここで言葉を止めた。次に続く言葉は何だろう。想像すらできない。そして王様が口を噤めば、この空間はきんと耳鳴りがするほど静まり返る。

 そんな中、王様はゆっくりと立ち上がる。そして感情の籠らない声でこう言った。

「あなたを国賓として、このデュールシュタン国に迎い入れたいと思います」

 今度はきちんと音として、ざわめきを聞き取れることができた。

 でも、私は紡がれた王様の言葉を咀嚼するのに忙しくて、そんなざわめきなど、どうでも良い。

 何度も頭の中で国賓という言葉を繰り返す。私の知っている国賓とは政府や王室が公式にもてなす、外国のお客様のこと。でも自分と国賓という言葉があまりにかけ離れていて、うまく理解ができない。

 でも、一つだけわかった。王様は私を客人として歓迎する気はあっても、この国の人間としては、認めたくなはないようだった。
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