司令官さま、絶賛失恋中の私を口説くのはやめてください!

茂栖 もす

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私と司令官さまのすれ違い

雨の日の休日は、とんだ休日になりました①

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 閉じられていたカーテンの隙間から、ほんのりとした白い光が差し込んでいる。

 部屋の中はしんとしているけれど、窓の外は騒がしい。絶え間なく、ざあざあと雨音が響いている。 

 ───ああ……夜が明けた。

 そんなことを心の中で呟きながら、ベッドから緩慢に起き上がった私は、のっそり床に足を降ろす。次いで、これまた緩慢に窓まで近づきカーテンを開く。

 窓を叩く雨粒の勢いが激しい。久しぶりの豪雨だ。そして久しぶりに徹夜をしてしまった。

 昨晩、司令官さまに暴言を吐いた私は、その後、自分がしでかしたことの大きさに頭を抱えるとともに、鬱々とした思いも抱えて……結局、一睡もできないまま、こうして朝を迎えてしまったのだ。

 いやもう、本当に今日が休日で良かった。これが通常勤務だったらと考えて、くらりと眩暈を起こしそうになる。寝不足云々とは違う話で……。

 きゅるぅ。

 心の底から絶望の溜息を付いた瞬間、自分のお腹から返事が来た。

 どうやら私のお腹は、繊細な心とは違い、大変、図太い神経の持ち主だった。同じ身体の一部なのに、あら不思議。

 そんな斜め上の思考に切り替わった私は、ひとまず、朝ごはんを食べようと、結論を下す。

 問題の先送り?現実逃避?

 そんな身も蓋もないことは言わないで欲しい。だって、これが最後の晩餐になるかもしれないのだから。

 そしてそれを言うなら朝餐では?というツッコミも、どうか今日はやめて欲しい。 

 
 

 身支度を整えて廊下に出る。基本的に食事は、男女ともに施設内の食堂でいただくので、運が悪ければ司令官さまと鉢合わせしてしまう可能性がある。

 前後左右を注意深く確認して、一歩一歩慎重に歩みを進める。その姿はさながらスパイのよう。こんな時に悦に入ってしまう自分がおめでたい。

 そして、あと少しで食堂に到着。

 やった。ミッションコンプリートだっ。とテンションマックスになった私だったけれど───。

「シンシアさぁーん」

 切羽詰まったという程ではないけれど、そこそこ焦った声で呼び止められてしまった。正直言って今日の私は馴染みがある方が心臓に悪い。

 びくりと身体を強張らせて声する方を向けば、ウィルさんが手を振りながら、こちらに全速力で向かって来ている。

 そして、指人形ほどの大きさだったウィルさんは、あっという間に等身大のウィルさんになってしまった。

「良かった、良かった。行き違いにならなくて。探してたんですよぉー」
「……はぁ」

 かなりの距離を全速力で走ってきたのに息切れ一つしないウィルさんの体力に若干引いてしまう。

 けれど、ウィルさんはそんな私を無視してポケットから一通の手紙を取り出した。

「これ、急ぎだそうです」

 手渡された封筒をひっくり返して差出人を確認すれば母親からだった。

 なんだろうと首を傾げてしまうが、急ぎとあればすぐに確認したほうがいいだろうと結論付けて中身を確認する。

 手紙は簡素に2行だけ。

 一行目は母親がケイトから伝言を預かったという内容。二行目は今日の約束は、別の日にして欲しいというケイトからの依頼だった。

 要は母親からドタキャンの連絡を受けたということ。

 諸々の気持ちを抱えた私は、ふぅっと溜息を付きながら、ちらりと窓に視線を移す。……まぁ、この雨だ。腰が重くなるのは致し方ない。

 ただ、長年の親友との付き合いから、理由を書かずに延期をして欲しいと一方的にいう時は、9割彼氏とのデートだったという事実がある。

 ……ねぇ、雨のせいだよね?ケイトさん。いや、嘘でも雨と言って欲しい。

 そんな気持ちは口に出さなくてもしっかり顔に出ていたようで、すぐ目の前にいるウィルさんは、心配そうにこちらに視線を向ける。

「顔色が悪いようですが大丈夫ですか?何かあったんですか?」
「え?は?……だ、だ、だ、大丈夫です」

 後半の問いは、敢えて答えない。だって、口にできない何かがあったのは事実だから。

 という事情でしどろもどろに答えた私に、ウィルさんはそれ以上追及することはなく、別の質問を口にする。

「今日はお休みですよね?シンシアさん。お出かけされますか?馬車も用意してますし、どこでもお供しますよ」

 心なしか胸を張ってそう言ってくれたウィルさんに、なんかごめんなさいと呟きながら、私は本日の予定を口にした。

「……いえ。薬草園に行きます」

 ちょっぴり残念そうな顔をしたウィルさんだったけれど、すぐに笑顔になって、『良かったら、訓練所に遊びにおいで』とお誘いしてくれた。

 それを曖昧な笑みで誤魔化した私は、そそくさと朝食を食べて、医務室に併設されている薬草園に向かった。





 ───ぶっち、ぶっちと雑草を抜く。

 一心不乱に、目に着いた雑草を抜く。ただひたすらに。

 無心で手を動かしていれば、心をからっぽにすることができる。でも、ここは温室の薬草園。実家のそれとは違い、雑草は大変少ない。

 だから、薬草をそっとかき分けて、目を皿のようにして、小さな小さな雑草を目ざとく見つけて引っこ抜く。

 なかなか骨の折れる作業だけれど、今日の私には、手間がかかって面倒くさい方がありがたい。
 
 なにせ、ちょっとでも手を止めてしまうと、昨日の出来事が色鮮やかに思い出されてしまい、私は発狂してしまいそうになる。

 だってイケメンとキスしたんだよ?
 誰がって?……ええ、この私がですよ。

 しかも痴女よろしく私から奪ったわけじゃない。司令官さまのほうからキスをかましてくれたのだ。

 そうした経緯は、単なるお酒によるノリと勢いからだということはちゃんとわかっている。

 わかっているけれど、そうされた事実は脳に記憶され、都合よく消去してくれないのだ。そして脳も身体の一部で、もちろん心も。

 だから私は、そうされた時の自分の気持ちも、ちゃんと覚えている。

 とても、とても、びっくり仰天してしまったのだ。混乱してしまったのだ。……でも、不快じゃなかった。
 
 ただ、それを認めるのは嫌だ。だって恋人でもない人からキスされて、嫌悪感を持たないなんて、私───……とっても淫乱な女ということになってしまうから。

 ……お母さん。こんなふしだらな娘に育ってごめんなさい。

 瞼に浮かぶ、そろばん片手に笑う母親にこっそり懺悔して、雑草抜きを再開する。

 そして、うっかり薬草まで引っこ抜かないよう、慎重に獲物を探していたら───。



「なんだ、ここに居たのか」

 感情の起伏を感じさせない声が、薬草園の温室に固く響いた。

 恐る恐る振り返った先には───司令官さまが居た。

 何事もなかったかのように、ぴしっとタイを結んで、おろしたてのような真っ白な手袋をはめて。
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