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私と司令官さまのすれ違い
消えた司令官さま
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何度も言うけれど、司令官さまは有言実行のお方だ。
そして今回も例外なく、翌日から司令官さまは本当に私の前から姿を消した。かれこれ10日経つけれど、廊下ですれ違うことすらない。
これまでの日々はまるで幻だったのかと思わせるくらい。それは見事に、徹底的に。
そして、司令官さまが姿を消したと同時に、花束攻撃もピタリと止まった。
でも、仕事はきちんとされている。
前日に司令官さまの机に置いた未処理の書類の山脈は、翌日には、サイン済みの書類の山脈に変わっているから。
私はそれを毎日、えっちらおっちらと各部署に仕分けして、ファイルして、また未処理の書類を回収して司令官さまの机に置いて───を繰り返している。
だから、こうも思ってしまう。司令官さまは、本当は幽霊だったのかと。
かつて、社内恋愛しようとして、結ばれなかったり玉砕した過去の怨念が具現化したものなのかと。
そして、その集合体は、完璧なまでのイケメンを作り上げてしまったのではないか。ただ、あくまでそのイケメンは、人ならざるもの。
だから、お日様の光にめっぽう弱くて、夜じゃないと活動ができないのだ。
……という少々イタい妄想をしたら、不覚にも笑ってしまった。周りに誰もいなかったことが幸いだ。
ほっと胸をなでおろした私は、今日も執務室へ向かう。
廊下ですれ違う顔なじみになった軍人さんに挨拶を交わしながらも、ここ最近、私はずっとある一つのことを考えている。
キスをされた翌日、司令官さまは、失恋したこの辛い気持ちを諦めろと言った。
でも、諦める方法までは教えてくれなかった。──…………一体、どうやれば良いのだろうと。
それごと忘れちゃえば良いのだろうか。
マーカスのことを好きだった気持ちも、彼のために頑張った1年も。そして、諦めると自分に言い聞かせれば、そうすることができるのだろうか。
でもそれって、全部がなかったことになってしまうのでは?
そう思った途端、私は勢い良く首を横に振った。
「……それは、嫌だな」
そう独り言ちて、溜息を落とす。
結局、私はマーカスに未練があるわけではなく、マーカスを想い続けた自分の気持ちを否定したくなくて、意固地になっているだけなのだ。
この答えは、毎回、毎度同じもの。でも、その先を考えるのが、なんだかとても億劫になってしまうのだ。
別に良いじゃん。そう、開き直ってしまう。そして、その逆ギレのような気持ちのまま、執務室に到着した私は扉を開ける。
物音一つしない、しんとした部屋。でも、空気は澱んではいない。ついさっきまで、ここに誰かが居たかのように、ここはまだ活動の空気を残している。
でも、司令官さまは居ない。
知らず知らずのうちに、肩がしゅんと落ちてしまう。馬鹿げたことに、今日はもしかしたら司令官さまがいるかもしれないと、期待して、落胆してしまう自分がいるのだ。
────……自分から突き放すことを言ってしまったというのに、だ。
そんなふうに悩みの樹海に迷い込みそうにながらも、部屋の中に進み、いつも通り司令官さまの机の前に立つ。そこには、今日も今日とて、サイン済みの書類が置かれている。
でも今日は一つだけ違った。
きっちり角を揃えて置かれているサイン済みの書類の一番上に、見慣れない箱が置いてあった。吸い寄せられるようにそれを手に取れば、とても軽かった。
なんだろうと首を傾げる。が、箱の隅に司令官さまからメッセージが書かれていた。
【仕事、ご苦労。これを食べて疲労回復するように】
「……ふっ、あはっ」
思わず小さな笑い声を立ててしまう。
相変わらず、摩訶不思議なお方だ。
でも、なんだろう。たったその短い文章を読むだけで、司令官さまの顔がありありと思いだせてしまう。
真っ白な手袋をはめて、さらさらとこの箱にメッセージを書く司令官さまの姿を。
なんでだろう。この贈り物が、なぜか今なら素直に嬉しいと思ってしまう。
……少し間を置いて、それがなぜだか気付いた。
このメッセージには、好きとか恋とかそういう言葉が一切書かれていないから、安心して受け取ることができるのだ。
つまり、司令官さまは、私の事を部下の一人として割り切って、気遣ってくれているということ。
あの日、司令官さまが私と距離を置こうと言ったのは、多分、少し冷却期間を置いて、またなんでもない顔をしてここに現れるためのものなのだと。
その時、私は、司令官さまのことを以前と同じようには見ることはできないと思って不安だった。けれど、それで良いんだ。
だって、次に会う時は恋愛云々なんて考えなくて良いんだから。そりゃ以前と同じように見れないのはごもっとも。
だから私は、司令官さまと同じように、なんでもない顔をして迎えれば良いんだ。───この答えは、すとんと胸に落ちた。
そしてきちんと答えを見付けることができた私は、今日もまた書類を仕分ける。えっちらおっちら、たった一人で。
目を瞑ってでもできそうな程慣れてしまった書類の仕分けをしていると、司令官さまに贈ることができなかった万年筆が、やたらと脳裏をかすめる。
私は、あれを司令官さまに贈れなかったことを、後悔しているのだろうか。自分で思っている以上に。
でも、あれはもう買えないよ……だって、あの店にはジェーンが居るから。
それに、やっと司令官さまと向き合う姿勢が見つかったのに、これ以上ややこしいことにはしたくない。
そんなことを考えながら、黙々と手を動かす。
その翌日、自分がとんでもない事件に巻き込まれることなんて、想像すらすることもなく───。
そして今回も例外なく、翌日から司令官さまは本当に私の前から姿を消した。かれこれ10日経つけれど、廊下ですれ違うことすらない。
これまでの日々はまるで幻だったのかと思わせるくらい。それは見事に、徹底的に。
そして、司令官さまが姿を消したと同時に、花束攻撃もピタリと止まった。
でも、仕事はきちんとされている。
前日に司令官さまの机に置いた未処理の書類の山脈は、翌日には、サイン済みの書類の山脈に変わっているから。
私はそれを毎日、えっちらおっちらと各部署に仕分けして、ファイルして、また未処理の書類を回収して司令官さまの机に置いて───を繰り返している。
だから、こうも思ってしまう。司令官さまは、本当は幽霊だったのかと。
かつて、社内恋愛しようとして、結ばれなかったり玉砕した過去の怨念が具現化したものなのかと。
そして、その集合体は、完璧なまでのイケメンを作り上げてしまったのではないか。ただ、あくまでそのイケメンは、人ならざるもの。
だから、お日様の光にめっぽう弱くて、夜じゃないと活動ができないのだ。
……という少々イタい妄想をしたら、不覚にも笑ってしまった。周りに誰もいなかったことが幸いだ。
ほっと胸をなでおろした私は、今日も執務室へ向かう。
廊下ですれ違う顔なじみになった軍人さんに挨拶を交わしながらも、ここ最近、私はずっとある一つのことを考えている。
キスをされた翌日、司令官さまは、失恋したこの辛い気持ちを諦めろと言った。
でも、諦める方法までは教えてくれなかった。──…………一体、どうやれば良いのだろうと。
それごと忘れちゃえば良いのだろうか。
マーカスのことを好きだった気持ちも、彼のために頑張った1年も。そして、諦めると自分に言い聞かせれば、そうすることができるのだろうか。
でもそれって、全部がなかったことになってしまうのでは?
そう思った途端、私は勢い良く首を横に振った。
「……それは、嫌だな」
そう独り言ちて、溜息を落とす。
結局、私はマーカスに未練があるわけではなく、マーカスを想い続けた自分の気持ちを否定したくなくて、意固地になっているだけなのだ。
この答えは、毎回、毎度同じもの。でも、その先を考えるのが、なんだかとても億劫になってしまうのだ。
別に良いじゃん。そう、開き直ってしまう。そして、その逆ギレのような気持ちのまま、執務室に到着した私は扉を開ける。
物音一つしない、しんとした部屋。でも、空気は澱んではいない。ついさっきまで、ここに誰かが居たかのように、ここはまだ活動の空気を残している。
でも、司令官さまは居ない。
知らず知らずのうちに、肩がしゅんと落ちてしまう。馬鹿げたことに、今日はもしかしたら司令官さまがいるかもしれないと、期待して、落胆してしまう自分がいるのだ。
────……自分から突き放すことを言ってしまったというのに、だ。
そんなふうに悩みの樹海に迷い込みそうにながらも、部屋の中に進み、いつも通り司令官さまの机の前に立つ。そこには、今日も今日とて、サイン済みの書類が置かれている。
でも今日は一つだけ違った。
きっちり角を揃えて置かれているサイン済みの書類の一番上に、見慣れない箱が置いてあった。吸い寄せられるようにそれを手に取れば、とても軽かった。
なんだろうと首を傾げる。が、箱の隅に司令官さまからメッセージが書かれていた。
【仕事、ご苦労。これを食べて疲労回復するように】
「……ふっ、あはっ」
思わず小さな笑い声を立ててしまう。
相変わらず、摩訶不思議なお方だ。
でも、なんだろう。たったその短い文章を読むだけで、司令官さまの顔がありありと思いだせてしまう。
真っ白な手袋をはめて、さらさらとこの箱にメッセージを書く司令官さまの姿を。
なんでだろう。この贈り物が、なぜか今なら素直に嬉しいと思ってしまう。
……少し間を置いて、それがなぜだか気付いた。
このメッセージには、好きとか恋とかそういう言葉が一切書かれていないから、安心して受け取ることができるのだ。
つまり、司令官さまは、私の事を部下の一人として割り切って、気遣ってくれているということ。
あの日、司令官さまが私と距離を置こうと言ったのは、多分、少し冷却期間を置いて、またなんでもない顔をしてここに現れるためのものなのだと。
その時、私は、司令官さまのことを以前と同じようには見ることはできないと思って不安だった。けれど、それで良いんだ。
だって、次に会う時は恋愛云々なんて考えなくて良いんだから。そりゃ以前と同じように見れないのはごもっとも。
だから私は、司令官さまと同じように、なんでもない顔をして迎えれば良いんだ。───この答えは、すとんと胸に落ちた。
そしてきちんと答えを見付けることができた私は、今日もまた書類を仕分ける。えっちらおっちら、たった一人で。
目を瞑ってでもできそうな程慣れてしまった書類の仕分けをしていると、司令官さまに贈ることができなかった万年筆が、やたらと脳裏をかすめる。
私は、あれを司令官さまに贈れなかったことを、後悔しているのだろうか。自分で思っている以上に。
でも、あれはもう買えないよ……だって、あの店にはジェーンが居るから。
それに、やっと司令官さまと向き合う姿勢が見つかったのに、これ以上ややこしいことにはしたくない。
そんなことを考えながら、黙々と手を動かす。
その翌日、自分がとんでもない事件に巻き込まれることなんて、想像すらすることもなく───。
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