お遣い中の私は、桜の君に囚われる

茂栖 もす

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お遣いの章

お遣い中でもトラブルです①

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 片意地を張っていた私だったけれど、ヒノエのおかげで無事シュウトと仲直りすることができた。 

 そしてそのまま夜が更けて、平穏無事に朝を迎えることができた。.........平穏無事?それは少しばかり語弊があるかもしれない。

 実は部屋割りをめぐって、ちょっとトラブルがあったし、ここだけの話、私は怖い夢も見た。けれど、振り返ってみれば、あの晩のいざこざなんて、可愛いものだったと思える。

 それに、私もいい加減気付くべきだったのだ。この世界で、物事が順調に進んだ試しが無かったということを。

 そして誰が考えたのかわからないけれど、日本には【二度あることは三度ある】という迷惑な諺もある。───基本的に良くない時に使われコレは、まさに今の私にピッタリのものだった。本当に嬉しくない。






 突然だけれど、タツミの話からすると、あと一日で目的地であるシュスイへ到着できるらしい。.........私が大人しくカザハに騎乗すれば。という前置きが付くけれど。


 そんな訳で今日は、私はごねたりせず、大人しくカザハに騎乗している。ちなみに私以外は徒歩。それが申し訳なくて謝ったところ、全員に変な顔をされてしまった。きっと私もつられて変な顔をしたと思う。そして、何で?と聞けない空気のまま今に至る。

 ポックリ、ポックリ、一定のリズムで蹄の音がする。
 私を乗せていても、山道でもカザハは苦にはならないらしい。時々、野草を食む以外は私達に合わせて闊歩している。

 そんなカザハの上にいる私は、いつもより視線が高くて、見晴らしが良い。そのせいで幸か不幸か、皆の動向が良くわかってしまう。

 だから気付いてしまった。今日の4人は、なんだかピリピリしているということに。

 具体的に何か……と言われると、ちょっと返答に困る。本当に肌で感じた程度のこと。私の勘違いかもしれないし、本当に何か気になることがあるのかもしれない。

 ただそれって私が聞いても良いことなのだろうか。そんなことをつらつらと考えていたら、聞くともなしに、シュウトとヒノエの会話が聞こえてきた。

「これが、シュスイの歓迎か?ずいぶんと、手荒だな」
「あら、面白いことを。うどの大木でも、冗談ぐらいは言えるのですね。でも、ごめんあそばせ。シュスイの一族は、こんな生温い歓迎など、いたしませんわ。シュウトさまこそ、お心当たりがあるのでは?」
「はは、ヒノエはなかなか手厳しいな」
「これでも、手加減しておりますわ。コバエを連れてくる野郎なんて、さっさと消えて頂きたいですわ」
「ははっ、なるほど。これまた手厳しい」

 午後の穏やかな日差しに相応しくない、物騒な会話だ。

 そしてこの内容、気にはなるけれど【え?二人とも、何の話してるの?】なんて、割って入れそうにない。主語を含まないこの話の内容はいまいち良くわからないけれど、物騒な匂いだけがプンプンするから。
 
 まぁ、この道中何度も衝突しかけたシュウトとヒノエだけに、私が勝手にそう思っているのかもしれない。この2人が仲良く天気の話をしていても、私は多分、はらはらするだろう。

 でも、シュウトとヒノエは犬猿の仲という表現には当てはまらない。一方的にヒノエがシュウトに牙をむくだけ。理由はとにかく気に入らないから、だそうだ。

 それだけなら、シュウトも災難だなぁって思えるけれど、実はそうではない。シュウトもさらりと流しているようで、譲らないところは絶対に譲らない。そしていつでも受けて立つぞというスタイルを崩さないから、すぐにピリピリとした空気になってしまう。

 そんな二人の間に割って入る勇気がない以上、二人を視界に入れるのは私の精神衛生上とてもよろしくないし、これ以上、この物騒な会話も聞きたくない。という訳で、すっと二人から視線をずらす。ううーん、周りが良く見えるのも考えものだった。

 ざらざらする気持ちをごまかすように、空を見上げる。いつの間にか太陽は西に傾いていて、もうすぐ沈む。暗闇に包まれるのは時間の問題だ。夜になれば余計に不安が募ってしまう。

 そして、今までの経験上、つつがなく物事が進んだ試しがないという現実をまで思い出して、より一層、憂鬱になってしまう。でも、今回こそ何事も起こりませんように……と、そっと私は祈った。

 ───それがいけなかったのかどうかは分からないけど……やっぱり、何かが起こったのは言うまでもない。



 日が暮れるギリギリで私達は、山道から少し反れた岩陰に移動した。

 でもここは晩を過ごすにしても、ちょっと休憩を取るにしても、足場は悪く、とてつもなく狭いし、あまりに不適所な場所。一体、ここで何するつもり?と首を捻ったと同時にシュウトが静かに口を開いた。

「そろそろ迎え撃とうか」と。

 たったその一言で、私の予感が確信に変わってしまったことを知った。

 


 ───それから数分後。

「あの.........空気を読んでいないことは重々承知の上なんですが、ちょっと聞いても良いですか?」
「駄目です」

 前置きしたにもかかわらず、あっさり却下されてしまった。

 一人だけ状況が見えていない私は、とりあえず誰でもいいからと質問を投げかけてみたが、ナギさんにぴしゃりと一閃されてしまった。

「そこをなんとか、簡単な説明だけでもお願いしますっ」

 私は身を捩りながら、少し離れた岩に腰掛けているナギさんを見上げる。ナギさんは【うるさい黙れ】と言わんばかりに、しーっと唇に人差し指をあてるジェスチャーまでする。うるさくして申し訳ありません。

 でも、私がそう口にしたのは、それなりの理由があったのだ。

 シュウトは岩陰で私を抱きかかえるように押さえ込んでいるのだ。なぜこうなったのかも分からない。わからないけれど、きっとのっぴきならない事情があるのだろう。そこまでは理解しているが、息苦しさと恥ずかしさが入り混じって私も限界だった。

 ごめんなさいと言い捨てて、私は無理矢理、シュウトの腕から身体を引き抜いてしまった。そして、2,3歩シュウトに背を向け歩を進めた途端───。

「瑠璃、動くな!」

 鋭いシュウトの怒号にびくりと身をすくませた瞬間、何か光るものが耳の横をものすごい速さで通り抜けていった。

 一拍後、結っていた横髪が、はらはらと私の頬に舞い落ちた。

 それってつまり、はっ、刃物が飛んできたってことですか!?

 もちろんそんなことを聞けない私は、恐怖のあまり、へなへなとその場に座り込むしかなかった。いわゆる腰が抜けた状態なのである。

 腑抜けた私をよそに、私以外の4人は各々の武器を手に持ち臨戦態勢だ。私といえば生まれたての小鹿のように立つことすらままならない。何もできず、重ね重ね申し訳ありません。

「瑠璃様、お怪我はありませんかっ」 

 反対の岩陰で様子を伺っていたヒノエから切羽詰まった声が飛んできた。そのただならぬ様子に、とりあえず、大丈夫と何度もこくこく頷いてみせれば、ヒノエは安堵の表情を浮かべてくれた。けれど、すぐに表情を引き締める。

「シュウト、このまま瑠璃さまを連れて東へお逃げ下さい。後は、私たちに」

 ヒノエは、早口にそれだけ言い捨てると、暗闇の中に消えた。そしてあれよあれよという間に、シュウト以外の全員も闇夜に消えていく。

 見上げた先にいるシュウトは、鋭い双眸で様子を伺っていて、全く知らない人のようだった。急にシュウトが遠く感じる。多分これが───異世界の人の顔なのだろう。

 そんなことを考えているうちに、シュウトは、まだ腰の抜けてる私を片腕に抱えると、カザハに跨がり駆け出した。………多分、東の方角に。
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