コラプトアース

秋初月

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コラプトアース

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 危険な魔物が蔓延る、人も寄り付かない山奥に、ひっそりと小さな小屋が建てられていた。
 小屋の扉が開くと、一人の杖を持った老人が誰もいない湖に向かって大声を発した。

「お~い、サン。ご飯が出来たぞ~」

 すると、無人だと思われた湖にブクブクと空気の泡が上がり、小さな子供が湖の中から現れた。

「は~い!」

「これ、裸のまんまで家に入るなといつも言っておるじゃろうが!」

 こつんと杖で叩かれたサンは、「あ、いけねっ」と湖の傍に脱ぎ散らかした服を再び着た後、老人の後に続いて家の中へと入っていった。
 
「また湖に住む魔物と戯れておったのか?」

「うん!今日は、どっちが早く魚を捕まえられるか勝負したんだ!」

「サンは相変わらず理性のある魔物に懐かれておるな」

「ん、今何かいった?」

 ご飯を食べるのに夢中になっていたサンは、シバ導師の声が届いていなかったようだ。

「何もいっとらんよ」

「ふ~ん」

 シバ導師がそう答えると、サンはまた夢中になってご飯を食べ始めた。








「シバ導師、早く読んでくれよ!」

 時刻は夜となり辺りが鎮まり返った頃、ふかふかのベッドに身を包まれた少年は、シバ導師と呼ばれた老人が持つ本の内容を聞きたくて、「早く早く」と急かした。

「全く…毎晩読み聞かせているというのに飽きないのか?」

「うん、どうして?」

「いや、なんでもない。本当にサンはこの本が大好きなのじゃな」

「うん、当たり前だよ!」

「そうか、では今宵も話すとしますか。魔王と呼ばれた男とその弟の悲しい物語について」

 無邪気な笑顔でそう答えるサン。
 シバ導師は、そっと本をめくり始めた。

「これは遠い遠い昔のお話――」


 この世界は、天界、地上界、魔界という三つの世界に分けられて存在していた。
 その三つの世界は神により、天界は地上界の法と秩序を監視する役割があり、魔界では地上界で死んだ者たちの魂を浄化し、地上界に送り返す輪廻の役割を担っていた。地上界の人々は天界や魔界に祈りを捧げることで、その機能を継続させる役割があった。
 天界では、地上界を監視することに長けた存在が天界の王、天王として君臨していた。

 死者の魂には少なからず、邪な感情という毒素が混じっている。魔界で魂の浄化を行うと同時に、その魂の持っていた邪な感情という名の毒素が蓄積していく。魂の浄化は、魔界の中心で行われるため、魔界の中心に近づくにつれて毒素の濃度が高い。
 そのため、魔界の住民はその毒に対して皆強い耐性を持ち、その中でも特に強い耐性を持つ存在が魔界の王、魔王として君臨していた。また、魔界の中心には、蓄積していく毒素を取り除くためにレフィージストと呼ばれる神聖な湖が存在している。
 地上界には、魔界や天界に住む人々が下りてくることは決してなく、三つの世界の均衡はこうして保たれていた。


 
 だが、数千年の時が経った頃、天界や魔界では異変が生じ始めていた。


「魔王様、これは…」

「うむ…」

「リフィージストの光が弱まっている」

 部下と共にある場所へ訪れていた魔王は、目の前に映っている光景を目にして険しい表情を見せた。魔王の目の前にあるこの場所は、リフィージストと呼ばれる湖だ。リフィージストは魔界に蓄積していく毒素の中和を促す効果のある湖で、地上界に住む人々の祈りの効果によってその効果を発揮させていた。

「なぜ、こんなことが…」

「我にも分からぬ…。だが、これだけはハッキリとわかる。地上界からの信仰が失われつつあるということだ。なぜ、神から与えられた使命を全うしているにも関わらず我らはこんな思いをしなくてはならぬのだ…」

「ま、魔王様?」

「いや、すまない。何でもない」







 魔界と同じように、天界でも異常は発生していた。
 昔は争いが起こるたびに、それを天界がコントロールすることで争いを収めていた。それによって、地上界では数千年もの長い時の間、争いもなく平和が続いていた。
 しかし、争いがなくなるにつれて段々と祈りを捧げる人々はいなくなってしまった。人々の祈りが途絶えたことで、天界の地上に干渉する力は徐々に弱まっていき、争いが起きても祈る人々の減少によって、ついには天界は地上に干渉することが出来なくなっていた。

「むぅ…」

 天界の主である天王は、神殿で頭を悩ませていた。
 天王は、長い時の中で、地上界は神によって定められた役割を忘れ、放棄したのではないかと考えた。
 地上界からの祈りが途絶えたことで、地上界を監視することが出来なくなっていたことから地上界が祈りを放棄したのは確実だ。原因を知ろうと、地上界を覗けば視界に霧がかかったように濁って見ることが叶わなず干渉することが出来ない。それに、直接地上界へと降りることは禁止されていた。
 何とか解決策を見つけ出そうと天王が考え込んでいると、コツンコツンと、神殿の入り口から入ってくる音が聞こえてきた。

「どうしたのセラム?そんなに考え込んで」

 天界に於いて、一番位の高い天王に対して名前を呼び捨てにし、敬語を使わない存在は限られている。

「バーン…」

 神殿内に入ってきたのは、天界の者ではない青年の姿だった。天界に住む人々は皆、白を基調とした色合いの服装をしている。バーンと呼ばれた青年の服装は黒を基調とした物だった。彼は、魔界の王バランの弟だ。厳格な兄バランとは違い、バーンは少しだけマイペースなところがあり、こうしてよく天界に遊びにやってくる。魔王と呼ばれてはいないが、魔王の弟というだけあって、魔王と同等かそれ以上の素質を持っている。

「魔界だけじゃなく、やっぱり天界にも異常が?」

「ええ。天界では地上界に干渉することが出来なくなっているわ」

「それじゃあ今頃地上界は…」

「ええ、秩序の崩壊が進んでいるわ」

「何か対抗策はないの?」 

「分からないわ…。こんな事態初めてだもの。天王だって万能じゃないわ。天界は地上界を監視することが出来なくなったくらいだけど、魔界は……」

「うん、魔界では祈りが途絶えたことでリフィージストの湖の効果が弱まってるんだ。今はまだ耐えられているけど、効果がこれ以上弱まり続けたら…」

 毒素に耐えきれなくなった者たちの末路をこの目で見たことがあるバーンは、最後まで言葉を続けることが出来ず、口を閉ざした。この目で見たことがないセラムも、バーンの辛そうな顔を見て追及することが出来ず、気遣うことしかできない。

「…バーン、大丈夫?」

「え?あ、うん、大丈夫。ちょっと兄さんとも話してくるからまたね、セラム」

「うん。気を付けて」

「大丈夫!たとえ世界が崩壊してもこの命に代えても君を守るから安心してね」

「はいはい。またね、バーン」 

 






 天界から魔王城へと戻って来たバーンは、兄のいる部屋を訪れた。

「兄さんいる?ちょっといいかい――」

 部屋の中で佇む兄の姿を見つけたバーンは、魔界と天界で起こっている異変について話し合おうと声を掛けるが何故か反応がなかった。不思議に思ったバーンは兄に近付いていくと、目の焦点がどこにあるのか分からず何やらブツブツと小声でつぶやいていた。

「どうして我がこの様な事をしなくてはならぬのだ…。神が定めたから?ふざけるな、何故我らが脆弱な人間の尻拭いをしなくてはならぬのだ…。そうだ、地上界にいって人間を全て滅ぼせば…!」

「兄さん!」

 兄が呟きを聞き取ったバーンは、思わず兄の肩を力強くつかんでしまった。

「む、バーンか?いつの間に?何故我の肩を掴んでおるのだ?」

「兄さん、覚えていないの?」

 肩を掴まれたバランは先ほどまでの雰囲気とは違い、焦点が戻り、普段の様子に戻っていた。
 バランは、どうして肩を掴まれているのか分からないといった様子でバーンを見つめ返していた。先ほどまで口にしていた内容を覚えていないかのような口ぶりにバーンは困惑した。

(僕の気のせいだったのか…?兄さんはいつもの様子に戻ってるし、さっきのは一体……)

「あ、そうだ兄さん。天界でも異変が起きてるみたいなんだ」

「そうか、やはり天界でも異変は発生していたのか」

「うん。兄さん、何か良い解決方法はない?」

「もし見つけていたら既に実行している」

「どうして祈りが途絶えてしまったんだろうか」

「分からぬ、我らは天人とは違い地上界を覗くことすら出来ぬのだからな」

「そっか…」

「しかし、これだけは明白だ。地上界の王が何らかの形で祈りを放棄したことだ」

(直接口にはしてないけど、兄さんからは地上界に対する怒りが伝わってくる…。それに、さっき兄さんが呟いていた言葉が気のせいじゃないとしたら…)





 

 それから何も解決策が得られないまま数百年の月日が流れるも、祈りの届かなくなったリフィージストは日に日に効果を失っていった。浄化されぬまま溜まっていった毒素は段々と中心から広がっていき、その濃度を強めていった。
 濃度が上がった影響により、中心から離れて暮らしていた民たちはその影響を強く受けてしまっていた。
 耐性より強く毒素を浴びた者たちは、理性なき異形の化け物へと変化していった。中心に近い者ほど姿形にあまり変化はなかったが、強靭な肉体へと変化していった。
 耐性の強い者たちでも、それは例外ではなかった。中心に近い位置に建てられた魔王城では、既に半数以上が毒素によって、その姿を変えてしまっていた。
 兄バランと弟のバーンは、襲い掛かってくる異形の化け物たちを何とか退けながらある場所へと向かっていた。

「フアノヴァード」

「グギャアアア」

 魔王バランとその弟、バーンの目の前で異形の化け物となり果てた魔界の民が、魔王の放った魔法にてその身を焼かれ苦しんでいる。バーンは、手に持っている剣で、爆炎に焼かれて苦しんでいる異形の化け者の首を切断した。

「ぐっ…」

 バーンは異形の化け物となり理性を失い襲い掛かってきても、元は魔界に住んでいた民に変わりはない、と守るべき存在だった者たちを手にかけてしまったことへの後悔に駆られた。
 戦いが終わると、頭を押さえてその場に膝付いた兄バランを心配して、バーンは傍に駆け寄った。

「兄さん!」

 戦いが始まってから、兄バランは時々頭を押さえて苦しみだし、何かに抗っているかのようにバーンは感じた。

「大丈夫だ、気にするな。今は一刻も早く地下に向かうぞ」

 最初は、まだ理性を保っていた部下数名を連れて地下へと向かっていたバラン達だったが、徐々に数を減らしていき、一階まで下りた時にはバランとバーンの二人だけになっていた。異形となった者たちに殺されたのではなく、毒素に耐え切れず皆異形の化け物へとなり果ててしまったのだ。

「あと、もう少しだから頑張って兄さん。この門を潜れば天界だよ」

「ああ…」

 ようやく地下へとたどり着いたバラン達は、リフィージストの横にある天界につながっている扉の前に立った。この毒素の蔓延した魔界とその毒素に侵された者たちから逃げるには、天界へと逃げるしかなかった。バーンの肩を借りるほど弱り切ってしまったバランは、階段を下りてくる元部下たちの足音を捉えた。
 まだバーンはそのことには気づいておらず、扉の中へと入る寸前だった。
 バランは、一緒に潜ろうとしたバーンの腕を払い、バーンを扉へと押し出した。

「っ!兄さん、どうし――」

 バーンの言葉は途中で途切れ、その姿は扉の中へと消えていった。バーンの姿が扉の中へと消えていくのを確認したバランは、魔法を唱えて扉を破壊した。

「……こちらで扉を破壊するものがいなければ、天界へとこの者たちが流れ込むであろうが」

 扉を破壊し終えたバランの元に、地下へと降りてきた異形の者たちが次々に襲い掛かっていった。










 無事に天界へと逃れたバーンは、魔界へとつながる扉の前で泣き崩れていた。その近くには、予め報告を受け、受け入れるための体勢を取っていた天王セラムと他数名が立っていた。天界へと逃れてきたのはバーンのみだった。
 天界に逃れてきたバーンは、すぐに魔界へと戻ろうと何度扉を潜っても戻ることは叶わず、ただ身体がすり抜けるだけだった。

「…バーン。きっとバランは扉を破壊するために魔界に残ったのよ」

「違う…」

「え?」

「扉を破壊するだけなら天界に来てから破壊すれば良かった。だけど、兄さんはそうしなかった」

 バーンに言われてセラムは気づいた。確かにバーンの言う通り、魔界で壊さずとも天界で破壊することも出来たはずなのにやらなかった。このことを魔王バランなら分からないはずがない。
 なら、どうして魔王バランは天界で破壊せず、魔界に一人残り扉を破壊したのか。それは――

「きっと兄さんは自分が既に毒素に侵され、手遅れだということに気づいていたんだ」

「そんな…」

 魔王バランが、数百年前から毒素に侵されていた兆候はあった。天界から魔王城から帰ってきた時に聞こえたあの発言は聞き間違いなどではなかった。魔王バランは、数百年前から既に毒素に侵されており、今までずっと耐え続けていたということになる。その衝撃の事実に、セラムは呆然と言葉を漏らした。と、同時にセラムは戦慄した。

「もし、魔王が既に毒素によって理性を失っているのだとしたらまずいことになるわ!」

「セラム、それはどういう……」

「私達は、直接世界を行き来することは禁じられていることは知っているわよね」

「うん。でもそれは地上界の話で魔界や天界を行き来することは大丈夫なはず」

「そうよ。実際に地上界に下りることは禁じられているけど、私達王は直接お互いの世界を行き来出来る能力を持っているの」

「だとしたら、兄さんは――」

「ええ、ここに来るわ!」

 セラムが声を張り上げるのと同時に、何もなかった空間に一筋の亀裂が入った。徐々に亀裂は広がっていき、半径五メートルほどの別空間が現れた。その空間から一本の腕が生えた。

「危ない!」
 
 その腕を見たバーンは、近くにいたセラムの頭を押さえて地面に倒れ込んだ。バーンとセラムが地面に倒れたのと同時に頭上を何かが通り過ぎ、背後で爆発音と悲鳴が聞こえた。

「みんな!」

 爆発音の下方向へと振り向いたセラムの顔に恐怖の色が宿る。遅れて振りかえったバーンは、その光景を目にして怒りが湧き上がる。

「兄さん……いや、魔王バラン!」

「どうした我が弟よ!兄だぞ?もっと嬉しそうにするが良い」

「お前が僕の兄だと?違う!僕の兄は人を殺してそんな顔をするような人じゃなかった!」

「じゃあ、我は何だというのだ?」

 魔王バランからの問いかけに、バーンの脳裏には兄バランと魔界で過ごした幸せな光景が蘇っていた。
 目の前にいるのは、バーンの知っていた兄バランの姿ではない。バーンの知っている兄バランは、人を殺して愉悦の顔を浮かべているような人間ではない。

「お前は…魔王バランだ!」

「それも良かろう。では、死ぬが良いバーンよ」

 中身はもう以前の兄の姿ではないはずなのに、その言葉を聞いたバーンの目からは涙が零れた。

「セラム!」

「…バーン」

「お前は何としててでも部下たちを連れて地上界へ逃げろ!」

「でも、あなたはどうするの!?」

「僕は、ここでこいつを食い止めるよ。頼むよお前たち」

「御意に!」 

「そんなのだめよバーン!私も一緒に!」

「すまない。でも、君と一緒にお腹の子まで死なせるわけにはいかないだろう?」

「っ!」

 魔王バランの攻撃から逃れていた天人数名にセラムを託したバーンは、魔王バランと向き直った。

「お別れは済んだか?」

 茶番だと言わんばかりにクツクツと笑っている魔王バラン。

「お前は僕が命に代えてでも抑える」

「愚かな元弟よ、我一人だと言った覚えはないぞ?」

「なっ!?」

 先ほど魔王バランが出現した空間は消滅しておらず、魔王バランが更に空間を広げると、中からは大量の異形の戦士たちが溢れ出してきた。その中には、バーンの見知った顔の面影が存在していた。

「ゆけ我が魔物達よ、天王を抹殺してこい!」

「やめろ!」

 セラムの元へ向かおうとする魔物達を、バーンは次々と斬り倒していく。

「クックック、お前が斬っているのは元魔界の民たちだぞ?いつまで正気を保っていられるかな?」

 何度斬っても魔界から続々と魔物達が雪崩込み、一向に減る気配が見えない。魔王バランの言う通り、魔物達を斬り倒していくバーンの太刀筋は段々と落ちていた。

「フアノ」

 魔物達を対処することに夢中になっていたバーンは、魔王バランがとった行動に対応できずに、その魔法が直撃した。

「ガハッ!」

 もろにその魔法を食らったバーンは、数メートル吹き飛ばされて地面に転がった。

(今のは…フアノ系統の最弱魔法フアノ…遊ばれてる…。フアノヴァだったらこんな軽傷で済むはずがない)

「そんなところで遊んでいていいのか?魔物達は順調に天王の元へ向かっておるぞ?」

「しまっ――!」

 急いで魔物の群れへと向かおうとしたバーンの元へ、再び魔王バランのフアノが飛んでくる。が、バーンは手に持った剣によってその魔法を切り裂いた。

(魔物をいくら倒してもきりがない…。それに、いくら倒しても強大な力を持つ魔王バランを生きていたらアウトだ。なら、真っ先に倒すのは――)

 バーンは、魔物を倒すことを諦め、その切っ先を魔王バランへと傾けた。

「ほぅ…」

 今度は口車に乗らずに冷静に対処したバーンを見て笑みを深める魔王バラン。

「今度はこちらからいくぞ!アイジ!」

「フアノ」

 バーンの放った氷の魔法と魔王バランの放った炎の魔法がぶつかり合い、激しい爆発が発生する。

「セラムの元へは行かせないぞ魔王バラン!」

 爆発の煙に紛れて魔王バランに斬りかかったバーンだったが、魔王バランの周りを覆う何かに阻まれて届かない。

「なんだ、これは…」

 バーンの剣は、魔王バランの周りを覆うように存在する禍々しい衣のようなものに阻まれ止まっていた。

「毒素の衣…」

「フアノヴァード」

「ぐあああああ!」

 焦って距離をとろうとしたバーンの剣を掴んだ魔王バランは、口元に悲し気な笑みを浮かべた後、最大級の魔法を放った。強烈な爆発を至近距離で浴びてしまったバーンは、白目を剥いてドサリと倒れこんだ。

「さらばだ、我が弟よ」

 地に伏して動かなくなったバーンを見届けた魔王バランは、天王セラムを追うべく足を動かした。
 そして、バーンの横を通り過ぎた瞬間、ガバッと起き上がったバーンによって羽交い絞めにされる魔王バラン。

「まだ息があったか!」
 
「セラムの元へは行かせない!」

「その弱り切った体で何が出来る。そうやって我が肉体に触れている間にも貴様の身体はどんどん毒に侵されていくぞ?」

 魔王バランから発せられる毒にどんどんと侵され、変色していくバーン。

「言っただろう?お前は命に代えてでも抑えるって」

「何をするつもりだ…?」

「死ぬときは一緒だよ、兄さん」

 羽交い絞めをしていたバーンの身体が、徐々に石化していき、毒の衣ごと魔王バランを侵食していった。

「クックック、良いだろう。この石化が解ける時、世界は滅亡す――」

 魔王バランの言葉は途中で途切れ、魔王バランとその弟バーンは、その身を石へと変えた。










「こうして、弟バーンの命を賭した決死の行動によって、魔王バランの魔の手から世界は守られましたとさ。めでたしめでたし」

「ねぇ、シバ導師」

 物語を最後まで聴いていたサンは、不満そうな顔をしてシバ導師に尋ねた。

「いつも思うんだけど、結局天王様って逃げられたのかな?」

「さぁ、どうかのぅ。それは儂にも分からぬ」

「そっか、じゃあいいや。でも、生き延びてたらいいね、その人」

「そうじゃの。きっとどこかで生き延びていたかもしれぬのぅ」

「うん、それじゃあお休み」

「お休み、サン」





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