サングレアル ―王の血脈―

フジーニー

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第一章

第一話 甘い香りの夜

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___ここは、眠らない街センジュ。

昼は商人で溢れ、夜になれば無数のネオンが瞬く大都会だ。

現在午後十時。

酒の匂い、煙草の煙、笑い声と怒号が入り混じり、夜空さえ明るく感じるほどの熱気に包まれている。

その喧騒から少し外れた場所に、【迷路地区】と呼ばれる路地がある。

一度入り込めば、なかなか抜け出せないと噂される入り組んだ区域だ。

その迷路地区の奥で、ひとりの男が倒れていた。

空き缶の詰まったビニール袋が山のように積まれたごみ捨て場にもたれかかり、荒い呼吸を繰り返している。

「誰か……助けて……」

声はかすれ、闇に吸い込まれていった。

(くそ……さすがに限界だな)

腹が、減りすぎている。

何日もまともに食べていないかのような感覚。
胃がねじれるように痛む。

瞼を閉じかけたその時――

ふわりと、甘い香りが漂った。

足音が近づく。

「……待ってくれ……」

振り絞るような声だった。

振り返ったのは若い女性だった。

「えっ……誰? どこ?」

声の在り処を探し、やがて男の姿を見つける。

「あの、大丈夫ですか?」

「頼む……何か食べ物を……甘い匂いがした……」

女は一瞬ためらい、抱えている大きなバッグへ視線を落とした。

「この中、全部ブドウなんです。本当は売り物で……大事な商品なんですけど……」

少し迷ったあと、ひと房を取り出す。

「少しだけなら」

「ありがとう……」

男は受け取ると、皮ごと一気に口へ放り込んだ。

甘い果汁が口いっぱいに広がる。

空っぽだった胃に、ようやく何かが落ちる感覚。

「……はぁ……」

視界がわずかに鮮明になる。

だが、完全ではない。

立ち上がろうとすると膝が震える。
極限まで削られた体力が、ひと房で戻るはずもない。

それでも男は歯を食いしばり、ゆっくりと立ち上がった。

「本当に助かった。これで……まだ動ける」

深く頭を下げる。

ボロボロのローブ。乱れた髪。
飢えで倒れていたとは思えないほど、その瞳には芯の強さが宿っていた。

男は懐に手を入れる。

「礼はする。ブドウの代金、払わせてくれ」

その言葉に、女の表情がわずかに曇る。

男は続けた。

「金なら――」

そこまで言った瞬間だった。

女の拳が小さく震えた。

「……お金なんて、いりません」

静かな声だった。

だが、どこか怒りが滲んでいる。

「“金なら払う”って……そういう言い方、嫌いなんです」

男は少し驚いたように目を瞬かせた。

「そんなつもりじゃ――」

「お腹が空いて動けなくなるなんて、普通じゃない」

女は男を見上げる。

「それに、あんなに弱ってたのに……もう立てるなんて」

その瞳には疑いが浮かんでいた。

「あなた……ただの人じゃないですよね」

男は答えない。

その沈黙が、彼女の疑念を強めた。

「あなた達みたいな人は、いつもそう」

唇を噛む。

「力も、お金も持ってる人達は……」

言葉を途中で飲み込む。

やがて小さく首を振り、背を向けた。

「人助けなんて、するんじゃなかった」

そう言い残し、彼女は歩き出す。
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