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第二章
第二十一話 囚われの
しおりを挟む場面は車内へと切り替わる。
助手席に座ったヒマレは、クーラーの風に当たりながら、ようやく人心地ついたような表情を浮かべていた。
二、三分の沈黙のあと、先に口を開いたのは男のほうだった。
「そうだ。目の前のホルダーに入ってる飲み物、よかったら飲んでください。ただのお茶ですけど」
「え、いいんですか? 何から何までありがとうございます。いただきますね」
「どうぞ」
喉が限界だったヒマレは、迷わずペットボトルを取り、キャップをひねる。
そして勢いよく飲んだ。
「ぷはぁ……生き返った……!」
「それは良かったです」
「そういえば、自己紹介がまだだったね。僕はバゲット。夏でも冬でも帽子がトレードマークです。……って、どうでもいいか」
「いえ、すごく似合ってますよ。その帽子。バゲットさん、素敵な名前ですね。私はヒマレです」
「ヒマレちゃんか。よろしく。
さっきのお兄さんとはどういう関係? 可愛いし、やっぱり彼氏?」
少しだけ軽い口調。
ヒマレは肩をすくめた。
「彼氏なわけないじゃないですか。関係……かぁ。なんて言えばいいんだろ。
たまたま道で拾った、みたいな?」
「拾った? それは面白いな」
バゲットは笑う。
「さっき聞こえたけど、彼はサングレアルなんだよね?」
「そうなんです。ひょんなことから、一緒に旅することになっちゃって。
人生って何が起きるか分かりませんね」
「拾った相手がサングレアルで、旅をしてる、か。
じゃあ相当強いのかな? 噂じゃ特殊能力を使うとか」
「…………」
そこで、ヒマレの言葉が止まった。
視線がゆっくりと落ちる。
「……あれ? 何かまずいこと言いました?」
「…………」
「効き目、早かったなぁ」
バゲットの口元が、ゆっくりと歪む。
先ほどまでの爽やかさは、どこにもなかった。
それから数十分。
ヒマレは目を閉じたまま、動かない。
車は工業地帯の一角にある古びた倉庫の前で停車した。
錆びた鉄の扉が横にスライドして開く。
車ごと中へ。
「……しかし、可愛いなこの女」
口調は完全に別人だった。
バゲットは軽くヒマレの髪に触れる。
ハンドルを四回叩き、クラクションを鳴らす。
奥のシャッターがゆっくりと上がった。
「おう、バゲット。今日は収穫ありみてぇだな」
低い声。
暗闇から現れたのは、二メートル近い巨体の男――ガロだった。
ヒマレの顔を、舐め回すように見つめる。
「傷つけんなよ、ガロ。上物だ。高く売れる。
……まぁ、あんまり可愛いから俺の女にしてもいいけどな」
「お前の女になるわけねぇだろ。
とりあえずディスティネードさんが来るまで監禁だ。キャスもさっき出たし、帰ってきたら宴会だな」
「うるせぇよ筋肉バカ。俺は先に一杯やる」
ヒマレは床に寝かされ、シャッターが閉まる。
広い倉庫。暗いオレンジ色の照明。密室。
「縛っとけよ、目ぇ覚ます前に」
「分かってるって。ポイント稼いでんの俺なんだから、お前がやれよ」
「敬語使えや!」
口論。
その声で――
「……ここ、どこですか?」
ヒマレが目を開けた。
一瞬で状況を把握する。
「ほらな」
「逃げられねぇよ。出口はあのシャッターだけだ」
ヒマレはゆっくり立ち上がる。
「バゲットさん、ここどこですか」
「さぁね。
それよりさ、ヒマレちゃん。あのガキより俺のほうが良くない?」
「騙したのね。惚れてなんかないわよ。
アグネロはあんたなんかより、ずっといい男よ」
バゲットは鼻で笑う。
「あんなガキがサングレアル? 怪しいもんだ」
「本当なら面白ぇな。殺りあってみてぇ」
ガロが笑う。
「今頃あのガキ、必死に走ってんじゃねぇの?」
「……トイレ行きたいんだけど」
「睡眠薬入りのお茶のせいでか? その手には乗らねぇ」
「やっぱり睡眠薬だったのね。最低」
バゲットはヒマレの髪を掴む。
「お前は商品だ。売られるか、解体されるか」
「ごめんなさい」
「命乞いか?」
手を離す。
ヒマレは床に叩きつけられながらも、真っ直ぐ睨み返した。
「違うわよ。
あんた達が謝る番でしょ。私に」
その瞳は、折れていなかった。
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