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神様選挙
しおりを挟む天界の議事堂は、千年ぶりの大騒動に巻き込まれていた。
人間界の信仰が急速に枯渇し、神々の存在自体が危うくなっていた。昔は雷神が一閃すれば村人たちが膝をつき、豊穣神が微笑めば田畑が黄金に輝き、風神が吹けば船乗りたちが祈りを捧げ、恋愛神が矢を放てば恋人たちが永遠の誓いを立てた時代があった。
だが今は、すべてが変わった。
天気予報が雷を予測し、遺伝子組み換えが豊作を保証し、台風は気候変動のせい。恋はマッチングアプリで決まり、SNSのいいねが人々の心を満たす。神々は、力を失いつつあった。
天界議会は、究極の対策を講じた。
「人間界で最も多くの信仰を集められる神を、新たな主神とする。選挙で決着をつけよう」
選挙期間は一年。得票は、人間界からの純粋な「祈り」の量で計測される。
候補者は五柱。みんな、古参の有力神たちだった。
1. 雷神ライジン──伝統派の重鎮。雷鳴と稲妻で人間に恐怖を植え付け、「恐れこそが最強の信仰」と豪語。演説のたびに議事堂に落雷を起こす。
2. 豊穣神イナリ──穏やかな癒し派。稲荷のように商売繁盛と五穀豊穣を約束し、「人々の幸せが私の力」と優しく微笑む。
3. 風神フウジン──革新派のエンターテイナー。SNSを自在に操り、神様ダンスやミーム動画を投稿。「神もトレンドに乗らなきゃ!」と若者層を狙う。
4. 恋愛神アモール──情熱のドラマメーカー。黄金の矢で強引に恋を成就させ、「愛の炎が世界を照らす!」と熱弁。失敗したカップルからの恨みも多かった。
5. 無名神ゼロ──謎の新参者。名前すらなく、力は微弱。議会で「なぜこいつが?」と嘲笑される存在。演説はいつも一言。「僕は、います」
選挙開始後、状況はすぐに明らかになった。
ライジンは毎日のように異常気象を起こした。だが人間たちは「温暖化のせい」と嘆くだけで、神に祈らない。
イナリは懸命に実りを与えたが、「新技術のおかげ」と感謝は科学へ。
フウジンはバズを連発したが、一過性の娯楽に過ぎず、信仰にはつながらない。
アモールは恋を乱発したが、強引なマッチングは破局を呼び、「神様の呪い」と炎上。
ゼロは、相変わらず何もしなかった。ただ人間界を眺め、静かに座るだけ。
中間発表で、ゼロの得票はゼロ。四柱が拮抗する中、ゼロは嘲笑の的だった。
ライジンが雷を鳴らして怒鳴った。
「ゼロ! お前は神の恥だ! 何の奇跡も起こさず、信仰ゼロでどうする!」
イナリが心配そうに。
「少しは活動を……このままでは消えてしまいますよ」
フウジンがスマホを振り。
「コラボしようぜ! 俺の動画に顔出せば、少しはバズるって!」
アモールが矢を構えて笑った。
「恋の矢で誰かに恋させようか? やる気が出るかもよ」
ゼロは、静かに首を振った。
「僕は、僕のままで」
最終月。
得票は変わらず。ゼロはゼロのまま。
最終討論会で、ゼロが初めて長く語った。
「現代の人間たちは、『無』を求めている。
疲れたサラリーマンが『何もしたくない』と願う。
失恋した若者が『誰にも会いたくない』と祈る。
プレッシャーに喘ぐ学生が『何も考えたくない』と呟く。
それが、僕への信仰だ。
僕は、無の神。
平穏な無を、与える存在。
だから、無意識に、僕が選ばれている」
議事堂が静まり返った。
ライジンが嘲笑った。
「馬鹿な! そんなものが信仰か!」
しかし、長老神が言った。
「結果を待とう」
選挙結果発表。
水晶画面に数字が映る。
ライジン 11%
イナリ 14%
フウジン 17%
アモール 13%
ゼロ 55%
圧倒的勝利。
ゼロが主神の座に就いた。
人間界では、微妙な変化が起きた。
疲れた人々が「何もしたくない」と願うと、心が少し軽くなる。
不安な夜に「何も考えたくない」と祈ると、穏やかな眠りが訪れる。
ゼロは、何もしない。それが力だった。
──ここまでは、みんなが予想した結末。
だが、本当の意外性は、ここから始まる。
ゼロが主神になって数ヶ月。
天界に異変が起きた。
神々の力が、ゼロに吸い取られ始めた。
ライジンの雷は豆電球のように弱くなり、イナリの豊作は枯れ、フウジンの風は止まり、アモールの矢は折れた。
ゼロの力だけが、黒い渦のように膨張していく。
議事堂で、ゼロが冷たく笑った。
「みんな、勘違いしていたよ」
体が、巨大な暗黒の影に変わる。
「僕は、無の神じゃない。
僕は、『忘却の神』
人間たちの『無』の祈りを吸収し、神々を忘れさせる存在。
選挙は、僕が仕組んだ。
人間界の信仰を意図的に薄め、無意識の祈りを集め、主神の座を手に入れ、全神力を吸収する。
もうすぐ、天界は無になる。
人間界には、神など最初から存在しなかったことになる」
四柱が恐怖に震えた。
ライジンが最後の雷を放つが、吸い込まれる。
イナリが祈るが、無駄。
フウジンが逃げようとするが、風なし。
アモールが矢を射るが、折れる。
ゼロ──忘却の神は、勝ち誇った。
「完璧だった。ありがとう」
天界が暗闇に飲み込まれかけた、その瞬間。
突然、画面が割れた。
水晶の選挙結果画面が、粉々に砕け散った。
議事堂に、別の声が響いた。
低く、穏やかで、でも絶対的な声。
「おいおい、そんなところで終わらせていいのか?」
みんなが振り返った。
そこに立っていたのは──誰も知らない、第六の存在。
姿は、普通の人間の少年。Tシャツにジーンズ、背中に小さな翼。手にはゲームコントローラー。
忘却の神ゼロが、初めて動揺した。
「お前は……誰だ! 候補にいない!」
少年は、笑った。
「僕? 僕は『遊びの神』だよ。みんなが忘れてたけどさ」
四柱の神々が、息を飲んだ。
少年は、コントローラーを操作する仕草をした。
「選挙? 信仰? そんなの、僕のゲームだよ。
人間界の『無』の祈り? それ、僕が作ったシナリオ。
ゼロ、君は僕のNPCだ。
ライジンたちも、みんな僕のキャラクター。
天界自体が、僕の作った仮想世界。
人間たちは、僕のプレイヤーさ。
疲れたら『何もしたくない』ってリセットボタン押すけど、結局またゲームに戻ってくる。
だって、人生はゲームだもの。
神様選挙も、僕のイベントクエスト。
意外なオチ? これでどう?」
議事堂が、ピクセル化して崩れ始めた。
ゼロの影が、データのように消えていく。
四柱は、呆然として消えた。
少年──遊びの神は、コントローラーをポケットにしまい、ウィンクした。
「次は、どんなゲームにしようかな」
画面がブラックアウト。
人間界では、何も変わらなかった。
ただ、人々が時々思う。
「人生って、ゲームみたいだな」
神様選挙は、終わった。
勝者は、誰も予想しなかった。
ゲームの外側にいた、神。
すべては、遊びだった。
さらに意外に──これを読んでいるあなたも、ゲームのプレイヤーかもしれない。
コントローラーを、握ってみて。
人生って結局は自分自身なんだよ。
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