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ニンニクの香りの距離 第二夜
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それから一ヶ月が過ぎた。
架純は本気でニンニクと戦っていた。
冷蔵庫のニンニクは全て実家に送り返し、
スーパーではニンニクコーナーを目隠しで通り過ぎ、
友達に「最近ニンニク臭くない?」と聞かれるたび
「ダイエット中だから!」と誤魔化す日々。
伯爵の方も、
古城の地下室で「ニンニク耐性訓練」を始めた。
古い書物に載っていた禁断の呪文を唱えながら、
小さなニンニク片を掌に置いて耐える。
最初は一秒で灰になりかけたが、
三週間目には五秒耐えられるようになった。
「あと少し……あと少しで、君に触れられる」
二人は毎晩、城のバルコニーで会うようになった。
距離は一メートル。
まだ触れ合えない距離。
ある夜、
架純が小さな紙袋を持って現れた。
「伯爵さん、見て!」
中から出てきたのは、
真っ白なマシュマロ。
「これ、ニンニク不使用だけどニンニク風味で完全無添加マシュマロ!
私、これなら食べても匂い残らないはず!」
伯爵は少し警戒しながらも、
架純の期待に満ちた目を見て、
そっと一つ受け取った。
「……ありがとう」
一口かじる。
甘くて柔らかくて、
確かにニンニクの気配はゼロ。
「どう? どう?」
「悪くない。
むしろ……とても良い」
架純は飛び跳ねて喜んだ。
「じゃあ! 次はこれ!」
今度は小さなチョコレート。
「これもニンニクゼロ!
しかも、伯爵さんの好きな血の色みたいでしょ?」
伯爵は苦笑しながらも、
素直に頬張った。
それから二人は、
「ニンニク以外の味」を共有するようになった。
キャラメル、蜂蜜、
バニラアイス、
苺のジャム、
果ては架純が作った手作りクッキー(もちろんニンニク抜き)。
毎晩、少しずつ、
二人の距離が縮まっていく。
そして、
ついに訪れた「決戦の夜」。
満月の光が城を銀色に染める晩。
架純は深呼吸を三回して、
ゆっくりと伯爵に近づいた。
「今日こそ……匂い、ないよね?」
伯爵もまた、
最後の耐性訓練を終え、
静かに頷いた。
「ない。
君の香りは、今はただ……君の香りだ」
架純の頬が赤くなる。
伯爵はゆっくり手を伸ばし、
彼女の髪をそっとかき上げた。
冷たい指先が、温かい肌に触れる。
二人の息が混じり合う距離。
あと、
あと数ミリ。
その瞬間――
遠くの厨房から、
ドカン! という爆発音が響いた。
「…………え?」
二人は同時に振り向いた。
厨房の扉が吹き飛び、
中から黒煙がモクモクと立ち上っている。
そして煙の中から現れたのは、
城の古株の使用人・イゴール(吸血鬼ではない、ただの人間執事)。
顔は真っ黒、
手に持っているのは、
焦げたフライパンと……
大量のニンニク。
「す、すみませーん!
伯爵様!
架純様の『ニンニク抜きアヒージョ』の練習してたら、
油が多すぎて火事になっちゃって……!
でもニンニクは無事です!
これでまた食べられますよー!」
架純「……イゴールさん」
伯爵「……イゴール」
イゴールはニコニコしながら、
焦げたニンニクを差し出してきた。
「ほら、伯爵様もどうぞ!
これ、特製の焦げニンニクです!
香ばしくて最高ですよ!」
伯爵は額に青筋を浮かべ、
静かに呟いた。
「……イゴール。
今すぐ、ここから消えろ」
イゴール「あ、はい! 失礼しましたぁ!」
慌てて逃げていくイゴールの背中を見送りながら、
架純はぷっと吹き出した。
「ごめん……なんか、タイミング悪すぎ」
伯爵も、珍しく肩を震わせて笑った。
「まったく……
この城は、恋を邪魔する呪いでもかかっているのか」
架純は笑いながら、
伯爵の胸にそっと額を寄せた。
「でも……いいよ。
まだキスできなくても、
こうやって近くにいられるだけで、
私、幸せ」
伯爵は彼女の背中に腕を回し、
そっと抱き寄せた。
「私もだ。
君がいるだけで、
この永遠が少しだけ短く感じる」
二人はそのまま、
バルコニーで寄り添った。
厨房からはまだ焦げ臭いニンニクの香りが漂ってくるけれど、
今夜はそれさえも、
なんだか愛おしく思えた。
いつか、
本当にキスできる日が来るまで。
二人は、
もう少しだけ、
この甘くて苦い距離を楽しむことにした。
(続く……?)
架純は本気でニンニクと戦っていた。
冷蔵庫のニンニクは全て実家に送り返し、
スーパーではニンニクコーナーを目隠しで通り過ぎ、
友達に「最近ニンニク臭くない?」と聞かれるたび
「ダイエット中だから!」と誤魔化す日々。
伯爵の方も、
古城の地下室で「ニンニク耐性訓練」を始めた。
古い書物に載っていた禁断の呪文を唱えながら、
小さなニンニク片を掌に置いて耐える。
最初は一秒で灰になりかけたが、
三週間目には五秒耐えられるようになった。
「あと少し……あと少しで、君に触れられる」
二人は毎晩、城のバルコニーで会うようになった。
距離は一メートル。
まだ触れ合えない距離。
ある夜、
架純が小さな紙袋を持って現れた。
「伯爵さん、見て!」
中から出てきたのは、
真っ白なマシュマロ。
「これ、ニンニク不使用だけどニンニク風味で完全無添加マシュマロ!
私、これなら食べても匂い残らないはず!」
伯爵は少し警戒しながらも、
架純の期待に満ちた目を見て、
そっと一つ受け取った。
「……ありがとう」
一口かじる。
甘くて柔らかくて、
確かにニンニクの気配はゼロ。
「どう? どう?」
「悪くない。
むしろ……とても良い」
架純は飛び跳ねて喜んだ。
「じゃあ! 次はこれ!」
今度は小さなチョコレート。
「これもニンニクゼロ!
しかも、伯爵さんの好きな血の色みたいでしょ?」
伯爵は苦笑しながらも、
素直に頬張った。
それから二人は、
「ニンニク以外の味」を共有するようになった。
キャラメル、蜂蜜、
バニラアイス、
苺のジャム、
果ては架純が作った手作りクッキー(もちろんニンニク抜き)。
毎晩、少しずつ、
二人の距離が縮まっていく。
そして、
ついに訪れた「決戦の夜」。
満月の光が城を銀色に染める晩。
架純は深呼吸を三回して、
ゆっくりと伯爵に近づいた。
「今日こそ……匂い、ないよね?」
伯爵もまた、
最後の耐性訓練を終え、
静かに頷いた。
「ない。
君の香りは、今はただ……君の香りだ」
架純の頬が赤くなる。
伯爵はゆっくり手を伸ばし、
彼女の髪をそっとかき上げた。
冷たい指先が、温かい肌に触れる。
二人の息が混じり合う距離。
あと、
あと数ミリ。
その瞬間――
遠くの厨房から、
ドカン! という爆発音が響いた。
「…………え?」
二人は同時に振り向いた。
厨房の扉が吹き飛び、
中から黒煙がモクモクと立ち上っている。
そして煙の中から現れたのは、
城の古株の使用人・イゴール(吸血鬼ではない、ただの人間執事)。
顔は真っ黒、
手に持っているのは、
焦げたフライパンと……
大量のニンニク。
「す、すみませーん!
伯爵様!
架純様の『ニンニク抜きアヒージョ』の練習してたら、
油が多すぎて火事になっちゃって……!
でもニンニクは無事です!
これでまた食べられますよー!」
架純「……イゴールさん」
伯爵「……イゴール」
イゴールはニコニコしながら、
焦げたニンニクを差し出してきた。
「ほら、伯爵様もどうぞ!
これ、特製の焦げニンニクです!
香ばしくて最高ですよ!」
伯爵は額に青筋を浮かべ、
静かに呟いた。
「……イゴール。
今すぐ、ここから消えろ」
イゴール「あ、はい! 失礼しましたぁ!」
慌てて逃げていくイゴールの背中を見送りながら、
架純はぷっと吹き出した。
「ごめん……なんか、タイミング悪すぎ」
伯爵も、珍しく肩を震わせて笑った。
「まったく……
この城は、恋を邪魔する呪いでもかかっているのか」
架純は笑いながら、
伯爵の胸にそっと額を寄せた。
「でも……いいよ。
まだキスできなくても、
こうやって近くにいられるだけで、
私、幸せ」
伯爵は彼女の背中に腕を回し、
そっと抱き寄せた。
「私もだ。
君がいるだけで、
この永遠が少しだけ短く感じる」
二人はそのまま、
バルコニーで寄り添った。
厨房からはまだ焦げ臭いニンニクの香りが漂ってくるけれど、
今夜はそれさえも、
なんだか愛おしく思えた。
いつか、
本当にキスできる日が来るまで。
二人は、
もう少しだけ、
この甘くて苦い距離を楽しむことにした。
(続く……?)
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