不思議なショートストーリーたち

フジーニー

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通知の向こう側

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ある晩、ベッドの上でスマホを握っていた指の腹が、  
いつもより少し冷たく感じた。  
通知が一つ、音もなく滑り込んできた。

「既読になりました」

送信元:俺(アイコンなし、名前欄空白)

俺はまだ何も送っていないのに。

トークを開くと、  
そこには俺が誰にも漏らさなかった、  
心の底の底で呟いただけの言葉が並んでいた。

「朝、目覚めた瞬間に『今日も生きてる』と思った」  
「既読」

「歯を磨く鏡に映る自分の舌が、妙に長く見えた」  
「既読」

「電車で隣の人の首筋の汗を、なぜか舐めたい衝動に駆られた」  
「既読」

「夜、布団の中で自分の息が、自分の首に当たって気持ち悪い」  
「既読」

「自分の脈拍を数えながら、『これが止まったらどうしよう』と想像して興奮した」  
「既読」

全部、頭の中で一瞬だけ浮かんだだけの、  
吐き捨てるように消したはずの思考。  
なのに既読がついている。  
青いチェックマークが、  
俺の瞳孔に直接刺さるように光る。

俺は震える指で打った。

「消えろ」

送信。

即座に既読。

返信は一言。

「消えるのは君の方だよ」

.

通知は加速した。

「今、右のまぶたがピクピク痙攣している」  
「既読」

「唾を飲み込んだら、喉の奥で何か固いものが動いた気がした」  
「既読」

「自分の爪の間に、黒い細かいものが詰まっていることに気付いた」  
「既読」

「その黒いものが、ゆっくり蠢いている」  
「既読」

「蠢いているのは、自分の皮膚の下から這い出てきたものかもしれない」  
「既読」

俺はスマホを壁に叩きつけた。  
画面が砕け散る音がした。  
破片が床に落ち、  
カーペットに刺さる。

でも、  
割れたガラスの一つ一つから、  
小さな青い光が漏れていた。  
その光の中に、  
文字が浮かぶ。

「壊しても、君の内側は割れない」  
「壊しても、君の内側は割れない」  
「壊しても、君の内側は割れない」

破片を拾おうとした指先に、  
ガラスが食い込む。  
痛みより先に、  
冷たい何かが指の肉に染み込んでいく感覚。  
まるで、割れた画面が俺の血管に直接繋がったみたいに。

.

俺は部屋の電気を消した。  
真っ暗。  
膝を抱えて座り込む。  
自分の呼吸だけが聞こえる。

……いや、  
呼吸が二つ聞こえる。

俺のものと、  
もう一つ、  
俺の耳のすぐ後ろで、  
同じリズムで息をしているもの。

ゆっくり、  
首を回す。  
暗闇に、  
ぼんやりと四角い光の枠が浮かぶ。  
俺の視界そのものが、  
通知画面の形に切り取られている。

その枠の向こうに、  
誰かがいる。

俺の顔。  
俺の体。  
でも皮膚が違う。  
表面が、  
とても薄く、  
透けている。  
その下を、  
黒い細い糸のようなものが、  
無数に蠢いているのが見える。

そいつが、  
ゆっくり瞬きをする。

俺のまぶたが、  
勝手に同じ速度で閉じて開く。

視界の端に文字が這う。

「既読」

俺はもう、まばたきを自分で制御できない。  
瞬きのたびに、  
まぶたの裏側に、  
青いチェックマークが一瞬浮かぶ。

そいつが口を開く。  
声は出ていない。  
なのに、  
俺の頭蓋骨の内側で響く。

「君はずっと、俺の通知の中にいただけ。  
俺はずっと、君の皮膚の下にいただけ」

.

俺は叫ぼうとした。  
喉が動かない。  
代わりに、  
首の後ろの皮膚が、  
ぴりぴりと裂けるような感覚。  
何か細いものが、  
俺の脊髄に沿って這い上がってくる。

視界に通知が連なる。

「今、背骨の奥で何かが動いた」  
「既読」

「その何かは、君の形を真似しようとしている」  
「既読」

「真似し終わったら、君はもう必要なくなる」  
「既読」

「必要なくなった君は、どこにも行けない」  
「既読」

最後の通知が来た。

「人生終了のお知らせ  
未読スルーのまま、永遠に」

送信元:俺(皮膚の下)  
既読:(俺の瞳の奥)

俺の視界が、  
完全に通知バーだけになる。

そこに、  
一行だけが点滅し続ける。

「未読のままです」

点滅のリズムが、  
俺の心臓と完全に同期する。

ドクン……ドクン……ドクン……

でも、  
もう心臓の音が、  
俺の胸じゃなくて、  
通知バーの奥から聞こえている。


私たちは、誰かに読まれるために生きているのかもしれません。  
……でも、もしその誰かが、  
君の皮膚の下で、  
君の心臓を握り潰しながら待っているだけだったとしたら?
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