不思議なショートストーリーたち

フジーニー

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放課後ミステリ部

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市立みどり中学校の図書室は、放課後になると少しだけ空気が変わる。昼のざわめきが引いて、本の背表紙の色が落ち着いて見える時間。

「……ここ、ミステリ部の部室にしちゃダメ?」

そう言ったのは、二年二組の相沢みおだった。

みおは背が小さく、前髪をピンで留めている。だいたいの人は「真面目で静か」と言うけれど、本人はただ“考えるのが好き”なだけだ。面白い謎があると、体温が一度上がる。

隣で荷物をどさっと置いたのは、同じクラスの岡田れい。運動部を転々として、最後に「文化部も試す」と言ってついてきた。

「推理小説ってさ、犯人当てるやつでしょ。みお、当てられるの?」

「当てたいんじゃなくて、分かりたいの」

みおは小さく笑って、カウンターの奥、司書の先生の机をちらりと見た。司書の園田先生は、棚の整理で忙しそうだ。

そのとき、図書室の奥から聞こえた。

「あれー?」

声の主は一年生の佐伯ひより。図書委員で、園田先生のお手伝いをしている子だ。ひよりは机の引き出しを開けたまま固まっていた。

園田先生が慌てて駆け寄る。

「どうしたの?」

「鍵って先生がもってますよね?」

図書室の備品室には、貴重な資料や予備の鍵、返却前の本が保管されている。そこを開ける鍵は、園田先生が首から下げる名札の裏に付けているはずだった。

園田先生が名札を裏返した。そこにあるはずの小さな鍵束が、まるごと消えている。

「……落としたのかしら」

「でも先生、さっきまで首に……」

ひよりの言葉が途切れたのは、備品室の扉の前に人がいたからだ。

三年の生徒会副会長・桐谷まこと。背筋がまっすぐで、制服の着方まで正しいタイプ。まことは扉に手を置き、顔をしかめた。

「開いてますよ。備品室」

「え?」

園田先生が扉を押すと、確かに、すっと開いた。

鍵がないのに。

中には誰もいない。棚は整然としていて、乱れた様子もない。なのに——一番上の段に置かれていたはずの、古い厚紙の箱が、ぽっかり消えていた。

箱のラベルにはこう書いてあると、ひよりが言った。

「『校史・寄贈資料 昭和四十八年』って……」

園田先生の顔が青くなった。

「それ……来週の展示に使う予定の、昔の写真アルバムが入ってたの。もしなくなったら……」

まことがきっぱり言う。

「今から職員室に報告します。図書室は一時閉鎖。出入口の確認を」

園田先生がうなずき、ひよりが泣きそうな顔で周りを見る。

その横で、みおは小さく息を吸った。

鍵がないのに開く扉。誰もいないのに消える箱。

れいが小声で言った。

「ね、これ、事件っぽくない?」

「事件だよ」

みおはすでに、床を見ていた。

扉の前。人の靴の跡は、ほとんどない。図書室の床はワックスが効いていて、歩くと少しだけ跡が残る。ここ数分で出入りしたなら、何かがあるはず。

でも跡が薄い。

つまり……箱は“さっき”持ち出されたんじゃない。もっと前に。

みおは扉の蝶番に目を移した。金具がほんの少しだけ光っている。触ったばかりの金属のように。

「園田先生。備品室、最後に開けたのはいつですか」

園田先生が記憶を辿る。

「今日の昼休み。展示のリストを確認して、それから……閉めたわ。確かに閉めた」

「鍵を回しました?」

「ええ、回した……はず」

その“はず”が、みおには気になった。

みおは扉の側面を指でそっとなぞる。鍵穴の周りに、薄い灰色の線——鉛筆の粉みたいな汚れがある。

れいが覗き込む。

「それ、なに?」

「……鍵穴の周り、黒い」

みおは目を細めて、廊下側のドアノブも見た。図書室の出入口のドアは、外からは開くけど、閉まるときにガチャンと音がするタイプ。

図書室にはまだ数人の生徒が残っている。みおはその中に、見覚えのある背中を見つけた。

二年の美術部・高瀬さな。絵の具の匂いがしそうな、色のついたペンケースを持っている。

さなが、ふっと備品室の棚を見て視線を逸らした。

みおは決めつけない。視線だけで犯人は決められない。

まずは、情報。

「ひよりさん。箱のサイズ、どれくらい?」

ひよりは両手を広げる。

「えっと、このくらい……A3の画用紙よりちょっと大きいくらいの……結構、重いです」

重い箱。持つなら両手。持ち出すときに、扉を開ける手が足りない。

みおは扉を見る。備品室の扉は、内側に開く。つまり箱を持ったまま出るには、扉を先に開けて固定する必要がある。

固定するには、何かを挟む。

「……れい、扉の下見て」

れいがしゃがんだ。

「うわ、紙くず? いや……ちぎれた紙だ」

扉の下に、細長くちぎれた紙が挟まっている。抜くと、表面が少しザラザラしていた。

みおは紙の断面を見て、すぐ分かった。

画用紙だ。しかも、水彩紙みたいに厚い。

れいが言う。

「それって、美術で使うやつじゃない?」

みおは頷く。

「……扉を開けたままにするための“かませ”に使った」

扉は閉まるときに、下の隙間が床にこすれて音がする。紙を挟めば静かに、そして少しだけ開いた状態で止められる。

鍵がなくても開いていた理由はこれだ。“鍵が開いていた”んじゃなく、“閉まりきっていなかった”。

じゃあ、どうして園田先生は「鍵を回したはず」なのに?

みおは鍵穴の周りの灰色に戻る。

鉛筆の粉……? いや、違う。

粉じゃない。これは……消しゴムのカスに似てる。

みおは備品室の中の床を見た。棚の下、隅に、白い小さなカスが落ちている。

消しゴム。誰かがここで“何かを書き写した”。

棚の前には、掲示用のメモが貼ってある。「展示予定リスト」。そこに、園田先生が書いた文字。

『校史寄贈資料 昭和四十八年 写真アルバム箱』

そして、その文字の下に、薄く別の線が重なっている。上からなぞった跡みたいに。

みおは小声で言った。

「誰かが、先生の字を写した」

れいが目を丸くする。

「字を写してどうすんの?」

「“本物っぽいラベル”を作れる」

箱がなくなったのに、棚が整っているのは変だ。持ち去ったなら空間が目立つ。けれど、もし一時的に別の箱で埋めておいたなら——

みおは棚の別の箱に視線を移す。似たサイズの箱が、隣にひとつある。ラベルは真っ白。新しい。

みおが箱をそっと引くと、軽い。中は空。

そのとき、生徒会副会長の桐谷まことが戻ってきた。

「職員室に連絡しました。先生が来ます。……何をしているんですか?」

みおは箱を示した。

「この空箱、ここにさっきからありました?」

ひよりが首を振る。

「い、いいえ……見たことないです」

園田先生も驚く。

「そんな箱、備品室にあったかしら……」

みおは箱の底を見せた。そこに、薄い水色の絵の具がにじんだ跡がある。

れいがぴんと来て、高瀬さなを見る。

「高瀬さん……それ、美術室の水彩の色じゃない?」

さなの肩が、ほんの少しだけ跳ねた。

まことが一歩踏み出す。

「高瀬さん。少し、話を——」

「違う!」

さなが叫んだ。

「私じゃない! ……私、ただ……」

声が震える。みおは前に出た。責めるためじゃない。聞くために。

「さなさん、箱を運んだ?」

さなは唇を噛んで、うつむいた。

「……運んだ。でも、盗んでない。先生のためにやったの」

「先生のため?」

さなが早口で言う。

「展示の写真、古いから、色あせてるでしょ。私、美術部で“修復”っていうか……見栄え良くできると思って。デジタルで直したり、褪せた色を補ったり。だから、少しだけ借りたの」

「許可は?」

さなは首を振った。

「言ったらダメって言われると思って……。だから、誰も気づかないように、代わりの箱を置いて……」

みおは聞きながら、最後のピースがまだ足りないのを感じていた。

でも鍵束は? さなが箱を動かすために扉を少し開けたままにしたのは分かった。空箱を置いたのも分かった。けど、鍵束が消えた理由がない。

「さなさん。鍵束、見た?」

さなは慌てて首を振る。

「見てない! 私が触ったのは箱だけ!」

みおは視線を動かす。園田先生の名札。ひより。まこと。れい。

鍵束が消えたのは、箱とは別の目的だ。

鍵束が欲しい人がいる。

図書室の備品室の鍵束には、備品室だけじゃない鍵も付いている。予備の鍵、棚の鍵、そして——返却ボックスの鍵。

返却ボックスの鍵があれば、返却されたばかりの本を“先に”取り出せる。

盗むなら、人気の新刊。

みおの頭に浮かんだのは、今日の昼に話題になっていた本だ。図書室の新着コーナーに置かれた、数量限定の特装版コミック。予約が殺到していて、校内でも争奪戦。

みおは走った。新着コーナーへ。

そこにあるはずの一冊が、ない。

「れい、これ……」

れいが棚を見て息をのむ。

「マジで無い。返却ボックスに移したんじゃ?」

「返却ボックス、今は空。今日返した人もいないって、ひよりさん言ってた」

つまり、最初から棚から抜かれた。

そこへ、入口付近で誰かが小さく笑った。

「へえ。頭いいじゃん、相沢」

声の主は、三年の井上りく。放課後、図書室でいつも漫画雑誌を読んでいる男子だ。口の端に、いつも余裕みたいなものがある。

りくの机の上には、薄いビニール袋。中に、特装版コミックが覗いていた。

まことの声が低くなる。

「井上。……それは」

「別に。拾っただけだし」

みおは見た。りくの手。爪の間に、白いカスが付いている。消しゴムのカスだ。

鍵穴の周りの灰色も、これだ。消しゴムで“こすった”跡。

鍵束を取るために名札の裏に触ったときにカスがついた。そして鍵穴周りにも擦りつけられたのは、紛らわせるため。誰かが“鍵をいじった”痕跡を、ただの汚れに見せた。

みおは静かに言った。

「井上先輩。鍵束、持ってますよね」

りくが鼻で笑う。

「証拠あんの?」

みおは、扉の下のちぎれた厚い画用紙を見せた。

「これ、美術の水彩紙。さなさんが扉を開けっぱなしにした証拠。だから備品室は開いていた」

次に、鍵穴の周りを指した。

「ここは消しゴムでこすった跡がある。消しゴムのカスが備品室の床にも落ちてた」

最後に、りくの手元を見る。

「先輩の爪にも、同じカスがある。さっきまで消しゴムを使ってましたよね。鍵束を取ったあと、何かを“消した”」

りくの目が、ほんの少しだけ揺れる。

まことが言う。

「井上。鍵束を出せ。これは生徒会としても見過ごせない」

りくは一瞬だけ周りを見て、舌打ちした。

ポケットから、鍵束が出てくる。

ひよりが声を上げた。

「それ……先生の……!」

りくは悪びれずに言った。

「だってさ、特装版、欲しかったんだよ。普通に借りたら順番回ってこねーし。返却ボックスの鍵があれば、いつでも取れると思って」

「図書館の本は、みんなのものだよ」

みおが言うと、りくは肩をすくめた。

その瞬間、園田先生が職員の先生と一緒に来た。まことが状況を説明し、りくは連れて行かれた。さなも、箱を勝手に持ち出したことを説明することになった。

事件は、二つ重なっていた。

ひとつは、さなの“善意の無断借用”。
もうひとつは、りくの“盗み”。

そして、その間にできた隙間が、鍵のない密室を作った。



放課後、図書室の窓に夕日が差し込むころ。

れいが机に突っ伏しながら言った。

「ミステリ部、いきなり濃くない? ていうか、みお、こわ……いや、すご……」

「怖くない。……考えただけ」

みおは、備品室の扉を見た。もう、きちんと鍵がかかっている。

謎って、誰かの“こうしたかった”が形になったもの。

みおは、こっそりメモ帳に書く。

『第1話:鍵のない密室』

その横に、小さく付け加えた。

『犯人は、ひとりとは限らない』
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