迦具夜姫異聞~紅の鬼狩姫~

あおい彗星(仮)

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第3夜 鬼狩試験

第6話 それぞれの想い

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 その場に残された三國は、ずきずきと痛む頭を押さえた。

 ──何のために鬼狩りになった?

 その問いに、答えることができなかった。

 思い出そうとしても、思い出せない。
 まるで扉に鍵をかけられたような感覚。かろうじて思い出せるのは、断片のみだ。

 でも、それは当たり前だ。
 すべてを捨てて、三國は大和ここに来た。そのことに後悔してなどいない。

 ──俺は……。

『どうして貴方は、人に優しく出来ないのですか』

 月明かりから、幻のように浮かび上がる人影。
 いつもは声のみで、めったに姿を見せない月の裁定者、颯月そうげつが目の前に姿を表した。冠直衣かんむりのうし姿は、平安時代の貴公子を連想させる。
 じっと三國を見つめる瞳は、凪のように穏やかだ。

 その瞳がぱったりと閉じられる。そうしてしゃくで隠された口から、長い、長いため息が吐き出された。

『ほん──の少し、塩の一摘み! いや、塩は不味い? ……ええい、この際塩でいいです!塩ひと粒ほどの優しさを与えることができないんですか!?』
「その優しさが人を殺すんだろ」

 人は弱い。
 甘えられる存在がいれば、いくらでも甘え、依存する。
 危険から目を背け、認識出來なくなったときに落ちるのは奈落の底だ。気が付いたら棺桶の中だったということだってありえる。

「ここは戦場だ。死ぬか生きるかの場だ。ルールに守られている安全圏じゃない」

 今日こんにちに至るまで、どれだけの血が流れたのだろう。
 千年にも及ぶ月鬼たちとの長い永い戦い。
 一体いつまで続くのか、三國にはわからない。

 (……もう、終わらせなければ)

『だから、復讐を望むと?』

 颯月の瞳が細められ、氷のように冷たいものに変化する。

『──故人に執着しているのは、あの娘ではない。翼の方だ。……なぜ、それがわからない』

 颯月が消えると、急に辺りが静かになる。

「好き放題言いやがって……」

 三國は空を見上げた。
 紅い月でも眺めたい気分だった。

                                                  ~◇~

 花咲はなさき琴音ことねは、身体を震わせながら月鬼を見上げた。

 幸運なことに傀儡に見つかることなく、無事に契約まで出來た。それなのに、いきなり空が割れたと思ったら、身体ごと強制転移をさせられ、気が付いたら月鬼の前に立っていた。

 闘わなければ、逃げなければ……けれども、足がすくんで動けない。

 月鬼が長く鋭い鉤爪を頭上へと振りかざした。

(殺される……っ!)

 琴音はぎゅっと瞳を固く閉じる。

「待ったあああ!」
「えっ!?」

 琴音と月鬼の間に、小柄な少女が飛び込んできた。
 少女は月鬼の鉤爪を受け止めると、流れるような動作で月鬼の身体に霊符を貼り付ける。

 月鬼が見えない鎖で縛られたように、動きを止めた。

「大丈夫?」

 少女が琴音を振り返った。

(わ、あ……)

 意思の強そうな紅色の瞳が、暗闇にも煌めいている。
 宝石みたいだ、と琴音は思った。

「大丈夫?」

 ぼんやりと見とれていたせいで、返事が遅れてしまった。
 怪訝そうに首をかしげる少女に向かって、こくこくと頷くと、笑顔を向けられた。

「あ、ありがとう」
「無事でよかった!」

 恐怖で強張っていた身体の力が抜ける。
 少女の手元を見ると、その手には何もない。

(もしかして、素手で月鬼の攻撃を受け止めたの!?)

 ひええ、と驚愕していると、ブチブチと荒縄を引き千切るような音がした。

「ごめん。言いにくいんだけど、私、まだ契約が出来てなくて……」
「えっ?」

 少女が止めたはずの月鬼が、霊符を剥がそうともがいている。

「私が月鬼をひきつけるから、あなたは……」
「わ、私、契約完了してます!」

 勢いよく答えると、少女が安心したように笑った。

「それじゃあ、止めはお願いするね!」
「は、はいっ!!」

 霊符を剥がし、自由を得た月鬼の前に、少女が飛び出した。やはり素手で応戦するようだ。
 琴音はその姿に勇気をもらい、拳をぎゅっと握った。

 ──私は、私が出來ることをするんだ!

 左手に刻まれた封月に呼びかける。
 臆病な琴音の声に答えてくれた優しい裁定者。

弦月げんげつ

 封月が淡い光を放ち、琴音の右手に黒い和弓が現れる。

 弓をつがえると自然と矢が現れる。琴音の準備が整ったことを視線だけで確認した少女が、月鬼の背後を取り膝窩しっかを膝を入れる。

──グォォっ!!

 がくりと体勢を崩した月鬼の心臓に狙いを定める。

「やぁっ!」

 カンッと弦音つるねが響いた瞬間、琴音の発した矢は月鬼の心臓を刺し貫いていた。

 ほおっと息を吐くと、空いている手をぎゅうっと握られた。

「すごい! 一撃で倒すなんて、強いんだね!!」
「い、いえ、あなたが来てくれなかったら、私……」

 きっと、死んでいただろう。
 器用ではないし、特別頭がいいわけでもない。今回は、運よく生き残れたけれど、次はどうなるか……。

 俯くと、労るように肩をぽんぽんと叩かれた。

「あなたは私の命の恩人だよ。ありがとうね!」

 晴れやかに笑う少女の姿に、琴音の胸のうちが温かくなった。
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