迦具夜姫異聞~紅の鬼狩姫~

あおい彗星(仮)

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第3夜 鬼狩試験

第11話 窮地

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 霊力の風をまといながらの一撃。
 貫通は無理でも、強固な守りを風の力で消耗させることができる技だ。

 三國の『月穿げつが』を真正面から受けた四鬼が閃光に包まれた。
 凄まじい音と閃光。それに耐えきる者などいない。

 それが普通の月鬼だったならば──。

 三國が気が付いたときには、脇腹を穿たれていた。

「な、に……?」

 砂埃の中から現れた鬼の姿に、三國は目を疑った。
 四鬼は素手で颯月の刃先を受け止めていた。

「ぜーんぜんダメ。こんなんじゃまったく効かないよ」

 心底つまらなそうに、槍の先を指で弾く。颯月は大きく回転しながら、地面へと突き刺さった。

 四鬼は、先程と打って変わった暗く冷たい双眸を三國へと向ける。喉元に刃を突きつけたような、暗く空虚な瞳。
 手をかざすと、足元の影から小さな二つの球体が浮かび上がった。球体はくるりと回転するとうさぎへと形を変える。

「いけ」

 四鬼が命令を下すと、二羽の卯が三國へと突進してきた。
 一羽が弾丸のような速さで蹴りを繰り出す。三國が躱すとズドンと音がし、背後の地面に大きな穴が開いた。卯は穴の中心で首を傾げている。可愛いらしい姿とは裏腹に、かなりの威力を持っているようだ。
 そしてもう一羽も、三國を撹乱するようにゴム鞠の飛び跳ね、死角から蹴りを繰り出してきた。

「颯月!」

 三國は封月を呼び戻し、卯に応戦する。
 小柄な身体ながら、一撃は鉛のように重い。力を受け流すことが出来ず、三國は吹き飛ばされた。

 緋鞠が右手を自由にさせたのと同時に、轟音が聞こえた。

「なにっ!?」

 振り返ると、三國が校舎の壁に激突していた。
 四鬼を見ると、二羽の黒い卯が飛び跳ねている。

が三國くんを吹き飛ばした!?)

 しかし、驚いている場合ではなかった。
 一羽が準備運動のようにぴょんぴょん、と軽やかに弾み始めていた。三國は相当なダメージを食らったのか、動けずにいる。

 緋鞠が駆け出すのと同時。卯がびょーんっと月に届くのではと思うほど、大きく跳躍した。

「間に合って……!」

 最後の霊符を握りしめ、三國の前に飛び出した。
 盾の霊符を張るのと、卯の攻撃は同時だった。卯の蹴りが盾の結界を大きく震わせる。

 緋鞠の霊力はほとんど残っていなかった。いつもなら強固な盾も、今は薄い氷のような繊細さだ。

(お願い。壊れないで……!!)

 右手の刀傷からは血は滴っている。傷口の痛みは麻痺し、感覚すらない。
 思考も錆びついたように上手く回らなかったけれど、ここは守りきらねば、という強い気持ちだけで緋鞠は動いていた。

 ──だって、もう。これ以上……。

 ぐわん、と盾が揺れ、卯が離れた。

(防ぎきった!)

 助かった、と油断した。
 手を下ろしてしまった瞬間、鋭い横蹴りが盾を破った。

 卯はもう一羽いたのだ。
 霊符で出来た盾が破られ、スローモーションのように卯が迫ってくる。けれども、もう指一本、緋鞠には動かせそうもなかった。

 肩を押された。
 身体がゆっくりと倒れる傍を、黒い風が通り過ぎる。
 緋鞠の視界の端に金糸の髪が映った。肉を刺す音が聞こえ、緋鞠の頬に熱い飛沫がかかった。


 ──ガギィィインッ!! 

 ぶつかり合ったような音が響いた。
 俯いていた顔をあげれば、結界を張って三國を守ろうとする緋鞠の背中があった。

 凄まじい破壊力を持つ卯の蹴りは、緋鞠の結界を少しずつ削いでいく。
 それでも緋鞠こいつは諦めない。右手に負った刀傷もそのままに、手のひらを前に向けている。

 生まれてからの記録がなく、陰陽師の間では不吉と言われる色の瞳に持つ少女──神野緋鞠。
 資料を渡され、調査命令が下されたときは嫌悪感しかなかった。こちら側に来なければ、十分に平穏な生活を送れるはずなのに。

     ──何で。

 三國が推薦書を破っても、試験で月鬼に襲われようとも。決して諦めようとはしなかった。
 緋鞠の唯一の願いは、鬼狩りとなり兄を探すことだった。

 ──たったひとりの家族のために、今の家族を捨ててまで為すべきことなのか?

 三國には理解ができなかったし、愚かな行為だとも思った。

 黒い塊が結界から大きく飛び退く。
 緋鞠が手を下ろした瞬間を狙ったように、もう一羽が飛び出してきた。
 地面に穴を開けるほどの威力。それをまともに受ければ即死だろう。

 緋鞠は避ける力さえ残っていないのか。立ち尽くしたままだ。三國自身も月鬼に脇腹を刺され、深手を負っていて、すぐには動けない。
 それに、彼女を庇えば三國が死に至る。
 そしたら、三國自身の願いは──?

(……俺の願い?)

 その瞬間、とある光景が思い出される。
 小雨の降る中、一人で蹲って泣いていた同い年ぐらいの幼い少女。
 どうしたらよいかわからず、かといって放っておけず。そっと差し出したハンカチ。
 交わした約束と、少女の花が咲いたような笑顔。緋色の彼女の瞳。

『一緒に探そう。ふたりで探せば、きっと──』
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