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第5夜 星命学園
第3話 ホームルーム
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「はぁぁぁ……」
緋鞠は机に突っ伏すと、長いため息をついた。
来栖の話によると、月鬼の襲撃事件で生き残った緋鞠には、尾ひれがついた噂が出回っているらしい。
実は妖怪なのではないか? 転生者なのではないか? は、まだ可愛い方だ。月鬼を素手でばったばったとなぎ倒す、陰陽少女!? なんの話だ!
……失礼しちゃう。
「それなら、翼のほうが一人でたくさんの月鬼を倒してたよ! そっちのほうが話題にあがるんじゃない?」
「三國君は、最年少で入隊を果たしているから、そんなに驚きはないよ。それに、彼は本家の生まれだからね」
十二鬼将に襲われたにも関わらず、生き残り、相手にも傷をつけた。
それだけでも十分に話題になるが、神野緋鞠が“無名の家名"の人間であったことが、拍車をかけているらしい。
(そんなに家名が大事なの?)
お家事情などからは、最も縁遠い場所にいる緋鞠には到底理解できない。両親の顔さえ知らないし、家族は兄と孤児院の皆だけだ。
家の歴史、使命、功績……生まれたときから背負っているものがあったなら、私も何かが変わったのだろうか?
……いや、そんなことを考えても仕方がない。
どうせないものはないのだ。緋鞠は頭を振って余計な思考を振り払う。
とりあえず、そんな噂が流れているのであれば、目立たぬよう大人しくしていよう。そう心に決めたのと同時に、チャイムが鳴り響いた。
周囲で雑談をしていた生徒たちが一斉に席につく。
緋鞠の席は、廊下側二列目の真ん中だった。視力も悪くないし、ちょうどよい位置だと思う。
担任は誰だろう?
教室の引き戸ががらりと開いた。
「おーし、全員そろってるな……って、一人サボりがいんぞ、こら!」
(大雅さん!?)
思わずがんっとおでこを机にぶつけてしまう。
もうすでに不安しかない──。
おでこをさすりながら、正面を向くと大雅と目が合った。
そのまますっと視線を逸らされ、ホッとしたような寂しいような……。
教壇に立った大雅が教卓に手を置く。
「俺は、夜霧大雅。第五十四隊隊長だ。何で俺が教官職任命されたか知らんが、一年間よろしく。そんじゃあ、ぼちぼち始めるぞ」
なんとも締まらない挨拶だ。
そのままホームルームが始まると、軽く自己紹介が始まる。
「神野緋鞠です。よろしくお願いします」
挨拶し、席に着くと、ひそひそと声が聞こえてくる。こういう輩が根も葉もない噂をどんどん広めてしまうのだ。……早めに手を打っておこう。
声のほうへキッと睨むと、数名の生徒が視線をそらした。これで一安心。そうして全員自己紹介を終える。
「よし、みんな挨拶済んだな。じゃあ、プリント配るぞ」
前から順に回ってきたプリントは、合計四枚。
身体検査と体力検査、それに模擬戦のお知らせと時間割である。
「おまえらには明日から身体検査、体力検査。その結果をもとに、俺ら指導陣で決めた三人一組のチームを組んで模擬戦を行ってもらう」
教室がざわめく中、大雅は二枚の模造紙を黒板に貼り付ける。
一枚目には大和全体の地図。もう一枚はチームの作り方とあった。
「模擬戦については三日後の深夜。四ヶ所の狩り場で実践形式で行う」
大雅は東西南北の山を赤いマーカーで囲んだ。
「月鬼は暁で用意した、弱いやつだ。協力すれば簡単に倒せる。階級的には亥の梅くらいだな」
「亥の梅?」
思わず声に出してしまい、クラス中の視線が緋鞠へと注がれた。
──ああ、そうか。
知識が足りていないのは、おそらく緋鞠だけなのだろう。居心地の悪さを感じて顔を俯けると、バサッと紙を広げる大きな音が響いた。
「あー、悪い悪い。説明不足だったな。月鬼には階級があるんだ」
地図の上から新たに貼られた模造紙には、月鬼の強さの指標が円で示されていた。子から始まり亥まで十二の文字が、時計回りに書かれている。
「強さは十二支に由来する。子は一、丑は二という風にな。そして、さらに階級で分けられる」
表は上から順に、松・竹・梅となっていた。
「梅が下級、竹が中級、松が上級だ。例えると梅が兵士、松が副隊長、松が隊長レベルだな。そんで、ここに一個プラスされる。わかるやついるか?」
「はい」
同時に手が挙がる。瑠衣と来栖だった。
大雅は来栖を指す。
「松に兜。意味は、十二鬼将です」
「正解」
ざっと簡単にマークが描かれた。戦国武将が被っていそうな兜のイラストの額辺りに松の文字。
「十二鬼将、名前の通り十二人の将軍だ。千年の間に狩れたのは五人で、七人残ってる。この間、学園に現れたのは四番目の将軍、四鬼だ」
大雅の言葉に緋鞠は身体を震わせた。
(──あんなのが、あと七人もっ!?)
「でもさー、意外とどうにかなるんじゃない? こうやって、襲撃されても俺ら生きてるし」
教室の後ろのほうで、男子生徒がそんな楽観的な発言をする。
「っ!?」
きゃあっ! 女子生徒の甲高い悲鳴が上がった。
ばっと振り返ると先ほど発言した男子生徒の眼前に、チョークが止まっていた。
投げた本人は空中に止まったチョークを回収すると、茫然とする男子生徒の胸倉をつかんだ。
「……おまえ、一瞬で死ぬぞ」
教室中が静まり返る。
クラス全員を見回す大雅の白銀の瞳は、怒りに満ちていた。
「おまえたちはただ運がよかっただけだ。生半可な覚悟のやつは、教室から出ていけ。頼むから、仲間に無様な死に様を晒すんじゃねえぞ」
緋鞠は机に突っ伏すと、長いため息をついた。
来栖の話によると、月鬼の襲撃事件で生き残った緋鞠には、尾ひれがついた噂が出回っているらしい。
実は妖怪なのではないか? 転生者なのではないか? は、まだ可愛い方だ。月鬼を素手でばったばったとなぎ倒す、陰陽少女!? なんの話だ!
……失礼しちゃう。
「それなら、翼のほうが一人でたくさんの月鬼を倒してたよ! そっちのほうが話題にあがるんじゃない?」
「三國君は、最年少で入隊を果たしているから、そんなに驚きはないよ。それに、彼は本家の生まれだからね」
十二鬼将に襲われたにも関わらず、生き残り、相手にも傷をつけた。
それだけでも十分に話題になるが、神野緋鞠が“無名の家名"の人間であったことが、拍車をかけているらしい。
(そんなに家名が大事なの?)
お家事情などからは、最も縁遠い場所にいる緋鞠には到底理解できない。両親の顔さえ知らないし、家族は兄と孤児院の皆だけだ。
家の歴史、使命、功績……生まれたときから背負っているものがあったなら、私も何かが変わったのだろうか?
……いや、そんなことを考えても仕方がない。
どうせないものはないのだ。緋鞠は頭を振って余計な思考を振り払う。
とりあえず、そんな噂が流れているのであれば、目立たぬよう大人しくしていよう。そう心に決めたのと同時に、チャイムが鳴り響いた。
周囲で雑談をしていた生徒たちが一斉に席につく。
緋鞠の席は、廊下側二列目の真ん中だった。視力も悪くないし、ちょうどよい位置だと思う。
担任は誰だろう?
教室の引き戸ががらりと開いた。
「おーし、全員そろってるな……って、一人サボりがいんぞ、こら!」
(大雅さん!?)
思わずがんっとおでこを机にぶつけてしまう。
もうすでに不安しかない──。
おでこをさすりながら、正面を向くと大雅と目が合った。
そのまますっと視線を逸らされ、ホッとしたような寂しいような……。
教壇に立った大雅が教卓に手を置く。
「俺は、夜霧大雅。第五十四隊隊長だ。何で俺が教官職任命されたか知らんが、一年間よろしく。そんじゃあ、ぼちぼち始めるぞ」
なんとも締まらない挨拶だ。
そのままホームルームが始まると、軽く自己紹介が始まる。
「神野緋鞠です。よろしくお願いします」
挨拶し、席に着くと、ひそひそと声が聞こえてくる。こういう輩が根も葉もない噂をどんどん広めてしまうのだ。……早めに手を打っておこう。
声のほうへキッと睨むと、数名の生徒が視線をそらした。これで一安心。そうして全員自己紹介を終える。
「よし、みんな挨拶済んだな。じゃあ、プリント配るぞ」
前から順に回ってきたプリントは、合計四枚。
身体検査と体力検査、それに模擬戦のお知らせと時間割である。
「おまえらには明日から身体検査、体力検査。その結果をもとに、俺ら指導陣で決めた三人一組のチームを組んで模擬戦を行ってもらう」
教室がざわめく中、大雅は二枚の模造紙を黒板に貼り付ける。
一枚目には大和全体の地図。もう一枚はチームの作り方とあった。
「模擬戦については三日後の深夜。四ヶ所の狩り場で実践形式で行う」
大雅は東西南北の山を赤いマーカーで囲んだ。
「月鬼は暁で用意した、弱いやつだ。協力すれば簡単に倒せる。階級的には亥の梅くらいだな」
「亥の梅?」
思わず声に出してしまい、クラス中の視線が緋鞠へと注がれた。
──ああ、そうか。
知識が足りていないのは、おそらく緋鞠だけなのだろう。居心地の悪さを感じて顔を俯けると、バサッと紙を広げる大きな音が響いた。
「あー、悪い悪い。説明不足だったな。月鬼には階級があるんだ」
地図の上から新たに貼られた模造紙には、月鬼の強さの指標が円で示されていた。子から始まり亥まで十二の文字が、時計回りに書かれている。
「強さは十二支に由来する。子は一、丑は二という風にな。そして、さらに階級で分けられる」
表は上から順に、松・竹・梅となっていた。
「梅が下級、竹が中級、松が上級だ。例えると梅が兵士、松が副隊長、松が隊長レベルだな。そんで、ここに一個プラスされる。わかるやついるか?」
「はい」
同時に手が挙がる。瑠衣と来栖だった。
大雅は来栖を指す。
「松に兜。意味は、十二鬼将です」
「正解」
ざっと簡単にマークが描かれた。戦国武将が被っていそうな兜のイラストの額辺りに松の文字。
「十二鬼将、名前の通り十二人の将軍だ。千年の間に狩れたのは五人で、七人残ってる。この間、学園に現れたのは四番目の将軍、四鬼だ」
大雅の言葉に緋鞠は身体を震わせた。
(──あんなのが、あと七人もっ!?)
「でもさー、意外とどうにかなるんじゃない? こうやって、襲撃されても俺ら生きてるし」
教室の後ろのほうで、男子生徒がそんな楽観的な発言をする。
「っ!?」
きゃあっ! 女子生徒の甲高い悲鳴が上がった。
ばっと振り返ると先ほど発言した男子生徒の眼前に、チョークが止まっていた。
投げた本人は空中に止まったチョークを回収すると、茫然とする男子生徒の胸倉をつかんだ。
「……おまえ、一瞬で死ぬぞ」
教室中が静まり返る。
クラス全員を見回す大雅の白銀の瞳は、怒りに満ちていた。
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