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第5夜 星命学園
第7話 兄の任務
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空から桜木邸が見えたところで、銀狼はゆっくりと降下した。ふわりと静かに、門の前に降り立つ。閑静な住宅街のため騒ぎにもならずにすんだ。
もっとも大和では、日常茶飯事なのかもしれないけれど。今も空を見上げれば、白い布の妖怪である一反木綿が段ボールを片手に飛んでいる。それで思い出した。ぽふんっと煙に包まれて、もとの大きさに戻った銀狼に視線を向ける。
「そういえば、銀狼。ちゃんと手続きはできたの?」
『もちろんだ。その証拠にほら』
銀狼が差し出した左前足に、空色の腕章が付けられていた。金字で交通許可証と書かれている。
「うわ……」
『ふふん。なかなかセンスあるだろう』
「そ、そうかなあ?」
緋鞠が首を傾げると、キイ、と音を立てて門が開く。
中から一羽の黒い蝶が優雅に飛んできて、二人の周囲をひらひら舞う。
「わぁ、綺麗!」
手を差し出すと、指先にちょこんと止まった。羽が日に当たると、透けてステンドグラスのように輝いている。あれっ、と顔を近づけてみると、柔らかな霊力を感じた。この蝶は、霊力で編まれたもののようだ。
蝶はピクッと触覚を振るわせた後、ひらひらと空中に舞い上がる。そうして、中へと飛んでいくのを追いかけた。誘われるように門をくぐると、庭のオープンテラスで松曜が緋鞠に向けて手を挙げた。
「緋鞠さん、お待ちしておりましたよ」
「こんにちは、お邪魔します」
どうぞ、という言葉に甘えて、ベンチに腰かけた。銀狼は、緋鞠の足元に丸くなる。テーブルにはサンドイッチやスコーンなど、軽い軽食が並べられていた。緋鞠はぱあっと顔を輝かせる。
「美味しそう……!」
「お好きにどうぞ」
「いただきます!」
クラスメートたちに追いかけ回されたせいで、昼食を食べる時間もなかった。さっそく目の前のサンドウィッチに手を伸ばし、頬張る。キュウリの爽やかな風味とマヨネーズの濃厚さが口いっぱいに広がった。
「美味しい!」
「それはよかった。唖雅沙さんに用意してもらったんです」
相づちを打ちながら、きょろきょろと周りを見回しても、彼女の姿が見当たらない。秘書なのだから、てっきりすぐ側にいると思ったのだけれど。
「そういえば、唖雅沙さんがいませんね?」
「学園から急ぎの連絡があったらしく、対応してくれているんですよ」
「そうなんですか」
ごくんっと最後の一口を飲み込んだところで、松曜が取り出したのは一通の封筒だった。それを緋鞠の前に差し出す。
「それは?」
「緋鞠さんのお兄さんのデータです」
「っ!?」
緋鞠は封筒を見つめ、松曜に視線を戻す。
「どうぞ」
やっとつかんだ兄の手がかりに、手紙を受け取る手が震えた。
封筒の中には、兄の履歴書と指令書が入っていた。
兄の履歴書の家族構成の欄には、妹の緋鞠しかいない。他に家族はいないようだ。
次に指令書。最後に受けた任務だろう。
「……あれ?」
極秘事項の文字で読めなくなっていた。
「あの?」
松曜が首を振った。
「白夜くんが受け持った任務は、ごく一部の人間しか知らない極秘任務だったようです」
「そんな……! 桜木さんは、私が隊員になったら教えてくれるって、言ったじゃないですか!」
「ええ。──ですから、ここからは内緒話です」
ブン、と音がして、足元に術式が浮かび上がる。そこからオープンテラスを囲むように、透明な結界が張られた。
「防音の結界を張りました。けれど、怪しまれずに使えるのはおよそ五分ほどでしょう。詳しくは教えられませんが、ほんの少しだけ」
「どうして、全部教えてくれないんですか?」
「思念や記憶を読む術師がいるからです。彼らに知られれば、最悪月鬼にまで情報が渡る危険性がある」
思い浮かんだのは瑠衣だった。
彼女には過去の記憶を読まれてしまっている。また今度、そのようなことがあれば、情報が漏れてしまうだろう。
ぐっと堪えて、松曜の言葉の続きを待った。
もっとも大和では、日常茶飯事なのかもしれないけれど。今も空を見上げれば、白い布の妖怪である一反木綿が段ボールを片手に飛んでいる。それで思い出した。ぽふんっと煙に包まれて、もとの大きさに戻った銀狼に視線を向ける。
「そういえば、銀狼。ちゃんと手続きはできたの?」
『もちろんだ。その証拠にほら』
銀狼が差し出した左前足に、空色の腕章が付けられていた。金字で交通許可証と書かれている。
「うわ……」
『ふふん。なかなかセンスあるだろう』
「そ、そうかなあ?」
緋鞠が首を傾げると、キイ、と音を立てて門が開く。
中から一羽の黒い蝶が優雅に飛んできて、二人の周囲をひらひら舞う。
「わぁ、綺麗!」
手を差し出すと、指先にちょこんと止まった。羽が日に当たると、透けてステンドグラスのように輝いている。あれっ、と顔を近づけてみると、柔らかな霊力を感じた。この蝶は、霊力で編まれたもののようだ。
蝶はピクッと触覚を振るわせた後、ひらひらと空中に舞い上がる。そうして、中へと飛んでいくのを追いかけた。誘われるように門をくぐると、庭のオープンテラスで松曜が緋鞠に向けて手を挙げた。
「緋鞠さん、お待ちしておりましたよ」
「こんにちは、お邪魔します」
どうぞ、という言葉に甘えて、ベンチに腰かけた。銀狼は、緋鞠の足元に丸くなる。テーブルにはサンドイッチやスコーンなど、軽い軽食が並べられていた。緋鞠はぱあっと顔を輝かせる。
「美味しそう……!」
「お好きにどうぞ」
「いただきます!」
クラスメートたちに追いかけ回されたせいで、昼食を食べる時間もなかった。さっそく目の前のサンドウィッチに手を伸ばし、頬張る。キュウリの爽やかな風味とマヨネーズの濃厚さが口いっぱいに広がった。
「美味しい!」
「それはよかった。唖雅沙さんに用意してもらったんです」
相づちを打ちながら、きょろきょろと周りを見回しても、彼女の姿が見当たらない。秘書なのだから、てっきりすぐ側にいると思ったのだけれど。
「そういえば、唖雅沙さんがいませんね?」
「学園から急ぎの連絡があったらしく、対応してくれているんですよ」
「そうなんですか」
ごくんっと最後の一口を飲み込んだところで、松曜が取り出したのは一通の封筒だった。それを緋鞠の前に差し出す。
「それは?」
「緋鞠さんのお兄さんのデータです」
「っ!?」
緋鞠は封筒を見つめ、松曜に視線を戻す。
「どうぞ」
やっとつかんだ兄の手がかりに、手紙を受け取る手が震えた。
封筒の中には、兄の履歴書と指令書が入っていた。
兄の履歴書の家族構成の欄には、妹の緋鞠しかいない。他に家族はいないようだ。
次に指令書。最後に受けた任務だろう。
「……あれ?」
極秘事項の文字で読めなくなっていた。
「あの?」
松曜が首を振った。
「白夜くんが受け持った任務は、ごく一部の人間しか知らない極秘任務だったようです」
「そんな……! 桜木さんは、私が隊員になったら教えてくれるって、言ったじゃないですか!」
「ええ。──ですから、ここからは内緒話です」
ブン、と音がして、足元に術式が浮かび上がる。そこからオープンテラスを囲むように、透明な結界が張られた。
「防音の結界を張りました。けれど、怪しまれずに使えるのはおよそ五分ほどでしょう。詳しくは教えられませんが、ほんの少しだけ」
「どうして、全部教えてくれないんですか?」
「思念や記憶を読む術師がいるからです。彼らに知られれば、最悪月鬼にまで情報が渡る危険性がある」
思い浮かんだのは瑠衣だった。
彼女には過去の記憶を読まれてしまっている。また今度、そのようなことがあれば、情報が漏れてしまうだろう。
ぐっと堪えて、松曜の言葉の続きを待った。
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