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第6夜 夢みる羊

第6話 猫娘

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 緋鞠はメカ羊からの攻撃から、避けるために身体を捻る。

──どかっ!!

「ぎにゃあ!?」
「痛っ!? あ、ごめんっ!!」

 誰かにぶつかってしまったようだ。
 緋鞠は慌てて、頭を下げる。

「いきなりびっくりするだろう!?」
「まさか後ろにいるなんて思わなくて……あ」

 栗色のショートヘアーに、猫のような大きな瞳。
 昨日、瑠衣といた少女のうちの一人だ。猫のような三角の耳と尻尾が付いている。なにこれ、コスプレ?

「注意力不足だ。気をつけろ」

 少女は顔をしかめながら、肩を撫でている。緋鞠がぶつかった拍子に痛めてしまったのかもしれない。

「本当にごめんなさい。えっと……?」

 名前がわからない。
 少女は腕を組むとふんぞり返った。

夏目奈子なつめなこだ」
「ねこ?」
「奈子!」

 奈子はフシャアー! と耳を逆立てると、尻尾で地面をばんばんと叩いた。

『メェーメェー!!』

 メカ羊たちの声に我に返る。このままでは奈子まで巻き込んでしまうかもしれない。
 緋鞠が月姫を構えると、銀色の風が飛び込んで来た。

「銀狼!」
『まったく! もう少し慎重に行動しろ!』
「ごめん!」

 銀狼は羊の群れに向かって咆哮をあげた。

『アオォォーン!!』
『メェエエエ!!』

 風の波がメカ羊たちに襲いかかる。悲しげな鳴き声を残しながら、メカ羊たちは吹き飛ばされた。

『ふん、こんなものだ』
「銀狼ありがとう。助かったよ……!!」

 銀狼に抱きつき、よしよしと撫でていると、得意げに尻尾がぶんぶん揺れている。それを見ていた奈子は、訝しげな視線を緋鞠に投げ掛けた。

「──おまえは妖怪と契約しているのに、憑依を使わないのか?」
「ひょうい?」

 銀狼と顔を見合わせ、きょとんと首を傾げる。

「まさかおまえ、知らないのか!?」
「す、少しは知ってるよ!」

 憑依とは、自身の体にほかの人間や動物の魂を入れて精神的・肉体的に干渉させることだ。陰陽師以外には、シャーマンやイタコなどの霊媒師が使う術だったはずだ。

「知ってるなら、なぜやらない?」
「……どうやるの?」

 ぴきっと場の空気が凍る。
 
「おまえ……! それでよく陰陽師を名乗れるな? 憑依など、基本中の基本だぞ!?」
「いや、あのね! 私の師匠が、術に頼らず生身で生き残れるようにしろって。そういうの全然教えてくれなくて……」
「はっ!? じゃあ、おまえはどんな修行してたんだ?」
「えっと……断崖絶壁から突き落とされたり、森で一番背の高い木の上にぶん投げられて、五分以内に降りて来れるまでエンドレス。それから、森のなかで一日中攻撃を避け続けたり……」

    思い出せるままつらつらと並べ立てると、奈子の顔がだんだんと青ざめていく。十個目を過ぎる辺りで止められた。

「ちょ、ちょっと待て! それ全部、術をかけずにやったのか?」 
「うん。あととっておきは」
「もういい!」

    嫌々と耳を塞いで首を振られてしまった。確かに始めは大変だけど、慣れると全然大丈夫なのに。

    奈子は不思議そうに首を傾げている緋鞠を見て頭がおかしくなりそうだっだ。いやいやいや、幼子を無人島に投げ込んだり、崖に突き落としたり、軽く拷問ではないかと思えてくる。          
    今は戦国時代か!? いや、あの時代だってそんな過酷な修行方法はしないはずだ!
    奈子ははっとして、緋鞠の肩を掴んだ。

 「そ、そうだ! 術の修行は? 初期に瞑想やら軽い武術の手合わせ、そこから相性のいい属性術の演習!」
「へ!?」

   なにそれ、そんなのあったの!? 師匠そんなの一言も言ってなかったけど!?
    緋鞠は聞いたことのない修行形態に驚きが隠せなかった。その様子を見て、さらに奈子は不安そうな顔をすると緋鞠の肩をぐらぐら揺らす。

「やっただろ! やったよな!?」
「え、ええっと、術の修業は、これだけかな」

 正直に、教えてもらって術を教える。まず緋鞠は月姫を普通の筆サイズにする。次に太腿のホルダーから白紙の和紙を取り出し、『治』と書き込んで奈子の身体に貼り付けた。
 さっき痛めた肩の痛みが、嘘のように引いていく。

「ああ、すまない……ってそうじゃない! なんだ、このでたらめな術は!? それにそのふざけた師! 無名のところは、そんなに待遇が悪いのか!?」

 なんてことだ……奈子は、地面に崩れ落ちる。

 陰陽師になるためには、幼少期から修行を行う必要がある。それぞれの御家ごとに得意とする術の系統は違うものの、基礎は全て同じ。そのため、地区ごとに決まった師に師事するのだ。

「分家の末端ですら、本家と同じ初等教育を受けるのに……!」
「あ、あの、ごめんね?」

 何故か謝る緋鞠を見上げ、奈子は疲れたようにため息を吐く。
 大事な主に仇なす愚か者かと思ったら、ただの世間知らずだ。心配そうに見つめる緋鞠を見て、すっかり毒気が抜けてしまった。
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