75 / 113
第7夜 忘却の地下牢
第9話 扉の先に
しおりを挟む
翼はどこまで進めばいいのかもわからない、先の見えない石畳をひたすら歩く。聞こえるのは自分の足音と、天井から時折落ちる滴の音だけ。
足元を照らす小さな篝火は、一定距離近づくと自動に灯るため、不自由はない。どのような仕組みになっているのか、気にはなった。しかし、このように日の光が少しも入らないところにずっといたら、気分的に疲れてしまうため先を急ぐ。
(緋鞠も、こんなところさっさと出たいだろ)
本当は、こんなところに入る経験なんてしなくてよかったはずなのだから。
じんわりと汗が浮かんできた時だった。灯りの先に、黒い鉄の扉が見えた。
駆け寄ってみると、それは黒く錆び付いていて何十年と使われていそうにない扉だった。また、どこの施設に繋がっているのか印字されているプレートも、錆と土汚れで読めない。
翼は小さく舌打ちした。これでは、時間を無駄にしかねない。
取っ手も押しても引いても、びくともしない。ここは一度戻って大雅を追いかけるべきか。しかし、大雅がにやにや顔で俺がいないと何もできないのか、とバカにする様が安易に想像できる。
うん、ムカつく。
それなら扉を壊して怒られたほうがまだマシだ。これ以上軍規違反をしたら今度こそ降格の上、牢に入れてやるからな、と唖雅沙に脅しに近い忠告を受けていた。が、知るか。あのぐうたら隊長に鼻で笑われるほうが断然嫌だ。
制服の内ポケットから何も書かれていない、一枚の札を取り出す。効果的な能力を考えつつ、扉の中心に貼り付けた。すると、その横に不自然な窪みを見つける。ちょうど人の手の大きさだった。それで、一つ思いつく。
(……試してみるか)
そこに自身の手のひらを押しつける。確か、唱えるのは──。
「唵」
霊力が生成から出力に切り替わる。心臓から右手に向かって流れ出す霊力は、扉へと吸い込まれていく。満タンになったのか、静電気のように軽く弾かれた。錠が開く音が響き、取っ手を引くと、簡単に開く。
そっと中へ入ると、先ほどとまったく同じ通路が続いていた。代わり映えしない景色に辟易していると、奥から誰かの足音が聞こえる。
「颯月」
瞬時に颯月を具現化させると、上に向かって投げた。多少は下から見えにくい高さに突き刺さる。
翼は軽く助走をつけて壁を蹴り上がり、柄を掴んだ。そのまま逆上がりの要領で柄に乗り立つ。
距離をとったからか、近くの灯りは静かに消えた。一人分の足音がだんだん近づいてくる。少しずつ灯りが近づいてきて、翼でも見える範囲に入った。
暁の制服と正反対の真っ白な軍服。標準よりも少し小さめの背格好。どうやら、陰陽院所属の女性隊員らしい。なぜか立ち止まって、きょろきょろと周りを見回している。
何をしているのだろうか。
すると、乱暴な足運びの音が聞こえてくる。荒々しい足音は、灯りが灯りきる前に風の如く過ぎ去っていく。そして、ピタリと隊員の前で止まった。
「おい、こっちじゃねぇって何度も言ってるだろうが!」
「も、申し訳ありません!」
聞こえてくる話をまとめると、どうやら彼女は新人で迷った末に、しびれを切らした上司が迎えに来たらしい。叱るのは別に構わないが、これでは先に進めない。
(……面倒だな。居座るなら、眠らせるか?)
ちょうど、澪から渡された安眠のお香がある。これを軽く燃やして風に吹かせれば、香りを嗅いだものはたちまち寝てしまうのだ。
翼がポケットを探っていると、男が早くしろと隊員を引っ張った。
「沼倉からの命令だ」
「またですか? 最近多すぎる気がします。それに、皆悪いことしていないのに」
「だが、俺らも下手に目をつけられれば左遷されちまう。ガキどもには可哀想だが、入ってもらうしかない。そら、今回は妖怪の見張りだ」
「……狼ですか。それに銀色とは、また珍しいですね」
「ああ。今は気を失っているらしいが、暴れた場合は封印許可まで出ている」
(──は?)
とっさに手で口を抑える。思わず、声を出してしまいそうになった。
緋鞠が捕まっているということは、契約妖怪の銀狼も例外ではないだろう。可能性として、考えていなかったわけではない。だが、まさか封印許可まで下りているなんて。
翼は、二人の頭上に飛び出した。男の頭に手を置いて勢いを殺すと、なるべく軽めに首の後ろを蹴り上げる。昏倒する男に驚いている隙にもう一人の背後に回り、手刀を叩き込んだ。
落ちている資料を拾い上げ、灯りの下に移動して居場所を確認する。ここからそれほど離れてはいない牢に入れられているようだった。だが、緋鞠のいる牢についての情報はない。先に彼女の方を優先させるべきだが。
──いや、まずは銀狼を先に出すべきか。
翼はすぐに走りだし、銀狼のもとへと向かった。
足元を照らす小さな篝火は、一定距離近づくと自動に灯るため、不自由はない。どのような仕組みになっているのか、気にはなった。しかし、このように日の光が少しも入らないところにずっといたら、気分的に疲れてしまうため先を急ぐ。
(緋鞠も、こんなところさっさと出たいだろ)
本当は、こんなところに入る経験なんてしなくてよかったはずなのだから。
じんわりと汗が浮かんできた時だった。灯りの先に、黒い鉄の扉が見えた。
駆け寄ってみると、それは黒く錆び付いていて何十年と使われていそうにない扉だった。また、どこの施設に繋がっているのか印字されているプレートも、錆と土汚れで読めない。
翼は小さく舌打ちした。これでは、時間を無駄にしかねない。
取っ手も押しても引いても、びくともしない。ここは一度戻って大雅を追いかけるべきか。しかし、大雅がにやにや顔で俺がいないと何もできないのか、とバカにする様が安易に想像できる。
うん、ムカつく。
それなら扉を壊して怒られたほうがまだマシだ。これ以上軍規違反をしたら今度こそ降格の上、牢に入れてやるからな、と唖雅沙に脅しに近い忠告を受けていた。が、知るか。あのぐうたら隊長に鼻で笑われるほうが断然嫌だ。
制服の内ポケットから何も書かれていない、一枚の札を取り出す。効果的な能力を考えつつ、扉の中心に貼り付けた。すると、その横に不自然な窪みを見つける。ちょうど人の手の大きさだった。それで、一つ思いつく。
(……試してみるか)
そこに自身の手のひらを押しつける。確か、唱えるのは──。
「唵」
霊力が生成から出力に切り替わる。心臓から右手に向かって流れ出す霊力は、扉へと吸い込まれていく。満タンになったのか、静電気のように軽く弾かれた。錠が開く音が響き、取っ手を引くと、簡単に開く。
そっと中へ入ると、先ほどとまったく同じ通路が続いていた。代わり映えしない景色に辟易していると、奥から誰かの足音が聞こえる。
「颯月」
瞬時に颯月を具現化させると、上に向かって投げた。多少は下から見えにくい高さに突き刺さる。
翼は軽く助走をつけて壁を蹴り上がり、柄を掴んだ。そのまま逆上がりの要領で柄に乗り立つ。
距離をとったからか、近くの灯りは静かに消えた。一人分の足音がだんだん近づいてくる。少しずつ灯りが近づいてきて、翼でも見える範囲に入った。
暁の制服と正反対の真っ白な軍服。標準よりも少し小さめの背格好。どうやら、陰陽院所属の女性隊員らしい。なぜか立ち止まって、きょろきょろと周りを見回している。
何をしているのだろうか。
すると、乱暴な足運びの音が聞こえてくる。荒々しい足音は、灯りが灯りきる前に風の如く過ぎ去っていく。そして、ピタリと隊員の前で止まった。
「おい、こっちじゃねぇって何度も言ってるだろうが!」
「も、申し訳ありません!」
聞こえてくる話をまとめると、どうやら彼女は新人で迷った末に、しびれを切らした上司が迎えに来たらしい。叱るのは別に構わないが、これでは先に進めない。
(……面倒だな。居座るなら、眠らせるか?)
ちょうど、澪から渡された安眠のお香がある。これを軽く燃やして風に吹かせれば、香りを嗅いだものはたちまち寝てしまうのだ。
翼がポケットを探っていると、男が早くしろと隊員を引っ張った。
「沼倉からの命令だ」
「またですか? 最近多すぎる気がします。それに、皆悪いことしていないのに」
「だが、俺らも下手に目をつけられれば左遷されちまう。ガキどもには可哀想だが、入ってもらうしかない。そら、今回は妖怪の見張りだ」
「……狼ですか。それに銀色とは、また珍しいですね」
「ああ。今は気を失っているらしいが、暴れた場合は封印許可まで出ている」
(──は?)
とっさに手で口を抑える。思わず、声を出してしまいそうになった。
緋鞠が捕まっているということは、契約妖怪の銀狼も例外ではないだろう。可能性として、考えていなかったわけではない。だが、まさか封印許可まで下りているなんて。
翼は、二人の頭上に飛び出した。男の頭に手を置いて勢いを殺すと、なるべく軽めに首の後ろを蹴り上げる。昏倒する男に驚いている隙にもう一人の背後に回り、手刀を叩き込んだ。
落ちている資料を拾い上げ、灯りの下に移動して居場所を確認する。ここからそれほど離れてはいない牢に入れられているようだった。だが、緋鞠のいる牢についての情報はない。先に彼女の方を優先させるべきだが。
──いや、まずは銀狼を先に出すべきか。
翼はすぐに走りだし、銀狼のもとへと向かった。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜
春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!>
宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。
しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——?
「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる