迦具夜姫異聞~紅の鬼狩姫~

あおい彗星(仮)

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第9夜 模擬試験(前編)

第8話 思わぬ横やり

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 月が中天に懸かり、木々の合間からこちらを見下ろしていた。制限時間も半分を過ぎた頃、緋鞠はすっかり自身を喪失していた。先行するはずが、今や肩を落として二人の後ろをとぼとぼと付いていくだけである。
 あれから計画通りに進めてはいた。しかし、出会う月鬼との戦闘のたび、緋鞠は先程のように執拗に月鬼を追いかけてしまうのだ。しかも、その度に毎回翼に止めてもらう始末。……申し訳なさすぎる。

(こんなんじゃ、チームで連携なんて夢のまた夢。どうにかしなきゃ……)

 琴音は遠距離からの射撃がどんどん上手くなっているし、近くに月鬼が来ても冷静に対処できるようになってきている。翼は視野が広く琴音の援護もしっかりできているし、やはりベテランといったところだろう。連携への飲み込みが早い。銀狼はいつも通りに索敵から囮、攻守までしっかりと役割を果たしてくれている。

 ……それなのに、自分だけが足手まとい。

 全くもって情けない。協力とか、偉そうに言っておいて自分ができてないなんて、とんだお笑い草だ。
 何がいけないんだろう。ちゃんと師匠に教えてもらった通りにしているのに。鍛練だってかかさずやっているのに。

(それなのに、なんで──)

『緋鞠! 後ろだ!』
「え?」

 ぐいっと袖を引かれて大きく体勢を崩す。いつの間に表れたのか、目の前にいた月鬼。それを背後から伸びた槍先が、細い枯れ木のような首を突き刺していた。ぼろっと砂が崩れるように、月鬼が消えていく。
 考え込んでいたせいで、まったく気づかなかった。そのショックで、ぺたんっと座り込んでしまう。そのまま、顔を上げる勇気がない。

 ──ああ、きっと失望された。

 緋鞠はぎゅっと目を瞑って項垂れた。

「ごめん! ごめんなさ──」

 突然浮き上がる体に、言葉が止まる。ぐらっと視界が揺れて、カラフルな羽織が逆さに見えた。この羽織に、見覚えがある。

「へ!? 湊士!?」

 驚いて声を上げると、「おうよ!」と元気な声が聞こえる。そうしてポンポンと背中を軽く叩かれた。ぶらんと上半身が投げ出されたようにぶら下がってることも考えると、どうやら肩に担がれているみたいだ。どうしてこんなことになっているのか。
 驚いてそれ以上何も言えないでいると、湊士はとんでもないことを言い出した。

「わりーな、ちょっとこいつ借りてくぜ!」
「は!?」
「なっ、えぇ!?」
『ふざけるな! さすがに俺も怒』
「じゃあな!」

 銀狼の話を最後まで聞かず、向きを変えると高い枝に向かって大きく跳躍した。

「え、ちょ、まっ……きゃああああ!?」

 ドンッと勢いよく皆が遠ざかっていく。まるでジェットコースターみたいに勢いよく飛んで、上下に大きく揺れる。どうやら、枝から枝へ飛び移ってるようだ。
 がっしりと背と足を掴まれているため、振り落とされる心配はない。が、乱暴な移動と景色が離れていく感覚の恐ろしさはなくなるものではない。

「誰か助けてぇぇぇ!!」

 緋鞠の恐怖の叫び声は、暗闇へと消えていった。
 そして、残された翼たちの前に、湊士の主である来栖たちが現れる。

「……てめぇの指図か?」

 翼は溢れる怒りを抑えず、来栖を睨み付けた。槍は地面に向けられたままその手に収まっているが、すぐ喉元に突きつけられているような威圧感が彼を襲う。けれど、来栖はそれに動じることなく、真っ正面からそれに応じた。

「違うよ。湊士が何か思うところがあったらしくてね」
「なんだと?」
「さあね。俺もあいつのすべてを理解しているわけじゃない。それに、知ってたとしても俺が話すことじゃないから」
「じゃあ、おまえは部下一人の手綱も引けない無能か?」
「手厳しいね」

 来栖は小さく苦笑した。その余裕のある態度に、さらに苛々が増していく。

「だが、君たちに迷惑をかけているのも事実だ。代わりと言っちゃなんだけど、俺がここに残るよ」
「いらねぇ」
「そう言わずに。湊士は必ず彼女を連れて戻ってくるから。あいつに時間をくれないかな?」

 その言葉に、銀狼はすぐに拒否を示した。

『なぜ俺たちがおまえの言うことを聞かねばならない! 今すぐにでも俺は追いかけるぞ!』
「少しでいいんだ。あいつを信じて待ってて欲しい」

 そうして、信じられないことに来栖は頭を下げる。すると、側にいたもう一人の部下が悲鳴のような声を上げた。

「剱崎さま!? お止めください! あんな下劣な部下のために頭を下げ」
「あいつは俺の従者だ!!」

 遮るような怒声に、ビクッと部下は肩を縮こまらせる。さらに来栖は部下を睨み付けた。先程と打って変わった冷たい薄緑色の瞳に、全員驚いて息を呑んだ。

「二度と下劣な。しかも、部下と呼ぶな」
「申し訳、ございません……」

 消え入りそうな声で謝ると、数歩下がって視界に入らないよう影に潜む。来栖はその怒りをすぐに打ち消すと、翼たちに向き合った。その顔は、いつもの穏やかな来栖だった。それに人知れず、琴音はほっと息をつく。

「ごめんね。それで、湊士と神野さんが戻ってくるまで俺が君たちとここで待つ。それで、そうだな……何か話でもしようか。お詫びに、なんでも答えてあげるよ」
「なんでもか?」
「うん。なんでも」

 にこっと穏やかな笑みに嘘はなさそうだった。翼はふぅとため息に近い息を吐くと、近くの木に背を預けた。

「わかった。二人はどうする?」
『仕方ない。少しだけだからな』
「じゃあ、私も……あ、その代わり少し様子は探らせていただきますから!」
「いいよ。あ、そうだ。君」

 背後に控えていた部下を呼ぶ。先程怒られたことを気にしてか、少し震えているように見えた。

「君は軽く見回りをしてくれないかな」
「え? ですが」
「話の途中に、月鬼が邪魔をしてきたら困るだろう?」

 その威圧的な視線に耐えられず、小さく返事をするとすぐにその場から立ち去った。
 翼は、その様子を見て来栖に対する印象を思い直した。ただのへらへら笑う箱入り息子かと思えば、内に秘めているのは獣そのもの。下手をすれば、こちらが喰い殺される。

 警戒心を強めながら、背後で木々たちに耳を傾ける琴音を見た。
 なぜ、湊士は緋鞠を連れ去ったのか。やはり気になるのだろう、そわそわしている銀狼の頭に手を乗せて情報を待った。
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