迦具夜姫異聞~紅の鬼狩姫~

あおい彗星(仮)

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第10夜 模擬試験(後編)

第7話 水の檻

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 緋鞠は遠のきそうになる意識のなか、僅かに動く手を伸ばした。どうしても開けられない瞼は、マンホールの蓋のように重い。
 暗闇のなか、回転する風の音がやんだかと思えば、今度はざぶんっと海に飛び込んだような音。そして、ひんやりと冷えた水中を漂っているような感覚に包まれる。その穏やかで、静かな世界に溶けてしまいそうだった。

(おやすみって、まだやる、ことが……)

 掴んでいた意識の端がゆっくりと離れていく。その穏やかで、静かな世界に溶けてしまいそうだった。

「いっ!?」

 そのとき、左手がチリッと焼けるような痛みが走る。あまりの痛さに、緋鞠はばっちり目が覚めた。

(いったぁ……お陰で目が覚めたけど、感謝する気にはなれないな)

 文句を言いたげな顔で左手を見ると、封月の紋様の横に違和感を覚えた。緋鞠の封月は左右対称の二つの月、双月だったはず。それなのに、その真ん中に小さな五芒星の紋様が浮かんでいた。見覚えのないそれに、緋鞠は混乱した。

(え、なにこれ!? 痛いのこれ!? やだやだ怖い! って、さっきからなんで声でないのー!?)

 口から吐き出されるのは、小さなたくさんの気泡。これではまるで、水中にいるみたい。
 そこで、緋鞠はやっと気づいた。
 視界を覆う、青く冷たい水。手足をバタつかせると、小さな水流の波ができた。水中にいるみたいではなく、緋鞠がいたのは水で作られたボールのなかだった。

(なんで!? これ、もしかしてさっきの人が作ったの?)

 息ができなければ混乱するところだが、息も普通にできるし、気持ちのいい温度で快適だ。確かに眠るのには、最適な環境といえるだろう。だけど、ここで眠るわけにはいかない。
 緋鞠は水を掻き分け、手を伸ばす。すると、すぐに壁にたどり着いた。透明な水壁に顔を近づけると、外の様子が見える。
 見えたのは、先程の怪しい男が親しげに翼と話しているようだった。

(知り合い? なら、あれは二年生か!)

 近くには、和音とフードを被った少年もいる。もしかしたら、なかなか避難しないから増援として来たのかもしれない。
 でも、いきなり眠らせて閉じ込めるのはひどい!
 ぶんぶんと腕を振っても、水でできているため力が入らない。どうやったら出られるだろう。

『緋鞠!』

 銀狼の声が頭の中で響いた。

『銀狼! どこにいるの?』
『木の上だ。捕まる前に一度狭間に戻ったんだ』
『なるほど! あったまいいー、じゃなくて! これどうにか破れないかな?』
『やってみ……待て』
『どうしたの?』

 突然黙ってしまうと、再びなにも聞こえなくなる。すると、小さな葉音や虫の声、外の音が聞こえてきた。緋鞠は銀狼のしようとしていることがわかり、目を閉じる。
 まるで映画のような映し出される映像。上から見下ろすように、翼たちの様子が見えた。おそらく、銀狼が今見ている景色だろう。
 緋鞠が入れられている水中のボールの横に、琴音も同様に浮かんでいた。今すぐ壊そうと思ったけれど、緋鞠は一度様子を見守ることにした。

「よぉ、翼! ひっさしぶりー!」

 両手を広げて飛びつこうとした男の腹に向かって、翼は鋭い蹴りを放った。男は勢いよく吹き飛び、目の前の木に激突する。しかし、まったく当たった感触がなかった。

「ちっ、避けやがったな。薫!」

 薫と呼ばれた青年は、木に寄りかかって座り込むと、腹を擦りながら涙目になった。

「ひっでーの。なんだよなんだよー、べっつにいいもん。俺だって男に抱きしめられたって気持ち悪いし」
「なら最初から来るな」

 ぞっと顔を青ざめさせると、薫はニヤリと楽しそうに口の端を吊り上げた。

「水くさいなぁ。翼もやっと男らしく女の子に興味を持ったなら、合コンの一つや二つセッティングしてやるのに」
「ねぇよ。てめぇと一緒にすんな。大体どうしてここにいる。二人を離せ」

 緋鞠と琴音の入った水中結界を指差すと、薫は首を振った。

「ダメに決まってるじゃん。何回言っても避難してくれないんだもん。和音ちゃんだけじゃ大変そうだったから、俺自ら来たんだよ」
「ちょ、リーダー! 話が違います!」

 そのとき、ちょうど和音が走ってくる。その顔には動揺が浮かんでいた。

「私はあの子たちが動ける許可を欲しいと言ったんです! それなのに、なんで」
「だって危ないよ。今回は鬼晶石の爆破が原因で起きてる月鬼の異常出現。結界だって破損したせいで、まったく弱体化しない。緊急要請も本部が受け取っても、返答なし。そんな状況で、新人に任せるのはねー」

 つまり、実力不足だと言いたいのだろう。
 翼はむっと怒りをあらわにすると、薫に詰め寄った。

「実力なら十分だ。とっとと離せ」

 薫は蜂蜜色の目を丸く開くと、「へぇ」と物珍しそうに細めた。

「おまえがそこまでいうなんて珍しいね。いーの? そこまで肩入れして」
「あ?」
「あの黒髪で紅目の可愛い子、ターゲットでしょ?」

 なんで、知っている。
 そう言おうとしても、喉に引っ掛かったように言葉が出なかった。

「まさか、ターゲットとチームを組んでまで近づくとはね。おまえがそこまでやるとは思わなかったよ」

 薫はやれやれと首を振った。

「それとも、本当に仲良くなったの? なら、バカだなぁ。仲良くなれば、苦しくなることなんかわかりきってたろ。それに、まだおまえだけならいい。だけど、深く関われば関わるほど傷つくのはどっちかわか」
「──どういうこと?」

 響いた声に、全員視線を向ける。銀狼にこっそり手引きをしてもらい、水の結界を壊した緋鞠だった。

「ターゲットって何のこと?」

 その瞳は、紅い月のように静かに光っていた。
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みんなの感想(2件)

Atuya
2019.12.07 Atuya

展開が気になるストーリーでした!
読ませていただけて良かったです!

色々今後の展開を期待して
作品待たせていただきます

2019.12.07 あおい彗星(仮)

Atuyaさんこちらこそ読んでくださってありがとうございます!

試験編の後に学園編もありますので、よかったらよろしくお願いします(*^^*)

解除
八万岬 海
2019.12.04 八万岬 海

銀狼との関係がいい感じですねっ!
色々と想像しながら読めました!

この先の展開も楽しみにしながらまってますので執筆頑張ってください〜!

2019.12.04 あおい彗星(仮)

八万岬海さん読んでくださってありがとうございます!

良い印象を持っていただけて嬉しいです。
応援ありがとうございます(*^^*)
頑張ります!

解除

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