ショウカンビト

十八谷 瑠南

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リリィの朝

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目覚ましの音が部屋中に響き渡って3分がたった頃、リリィはようやくベッドから起き上がった。
少しの間ベッドの上でボーっとしていたが、ようやく今日が平日であることを思い出した。
「起きなきゃ」
リリィは、大きく伸びをするとキッチンに向かった。
食器棚からAncaadと大きな文字と滝の絵が書かれたカップを取り、冷蔵庫をあけた。
インスタントコーヒーの粉末が入った瓶をカップの上で振り、ポットに入っていたお湯を注ぐとコーヒーの香りが広がった。
リリィはコーヒーの湯気が立ち込めるカップを持ってリビングにある大きな窓から外を眺めた。
そこからは、隣横に建つアパートが見える。
子供たちが大急ぎで学校の準備をしている。
ひとり暮らしの男だろうか、ベランダで仕事前の一服をしている。
鼻唄をうたいながら、洗濯ものを干している主婦が見える。
リリィは、寝癖だらけの顔でふっと微笑みながら、コーヒーを口に運んだ。
リリィの部屋は決して景色の良い高層階でも、豪華な部屋でもない。
ただの賃貸のアパートだ。
だが、リリィはこの部屋が大好きだった。
朝、こうしてコーヒーの香りに包まれながら人々の一日が始まる瞬間を見つめることができる。
コーヒーを飲み終えると、リリィは寝癖を直し、化粧をし、パジャマを脱ぎ捨てた。
「私も一日をはじめなくちゃ」
職場用のカジュアルな服装に着替えるとリビングへ向かい、カーテンを閉め、部屋を出た。
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