ショウカンビト

十八谷 瑠南

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ランチの力

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「コーヒーありがとう」
「いいえ」
メリッサがじっとリリィの顔を見つめた。
「またエレベーターの時の顔になってるけど、もしかしてライル?」
「わかります?」
メリッサはくすくすと笑った。
「あんたたち、仲悪いわね」
「この会社のダメなところはエレベーターと無礼な同僚ですね」
「あと、低給料なところね」
「そこは、もちろん」
ふたりで、ちいさなため息をつきながら仕事を始めた。
仕事は、四六時中座って行う。
パソコンと向きあって、ひたすらタイピングをする。
リリィは仕事を楽しいとは思わないし、誰かの役に立っているという実感もあまりない。
だが、ライルのようにバリバリの営業マンになり、外に出て歩きまわりたいわけでもない。
給料は低いが、それに見合った仕事だということも重々承知している。
「ねえ、今日ダミアンの店でランチ食べない?」
メリッサの声で、リリィは時計を見つめた。
(もう12時過ぎてたのね。今日は、パスタの気分なんだけど)
「そうですね。久々にあそこのサンドイッチ食べたいですし」
(先輩の言うことは絶対だ)
「じゃあ決まりね。行きましょ」
リリィはメリッサとエレベーターに乗り、また60階で乗り継ぎをして1階まで。
会社のある高層ビルから歩いて3分ほどのところにダミアンの店はある。
「いらっしゃい」
「こんにちは」
「こんにちは。好きな席にどうぞ」
昼時だが、ここはそんなに混まないため、ゆっくりと会話ができる。
リリィたちの前に水が置かれた。
「えっと、メリッサさんもサンドイッチセットで大丈夫ですか?」
「ええ」
「じゃあ、サンドイッチセットふたつ」
「サンドイッチセットふたつ・・・と」
ダミアンは素早く伝票にメモをするとキッチンの中へ戻っていった。
クラシック音楽が流れる店内は、やさしい黄色い明かりで包まれていた。
お店に置かれている小物は、店長のダミアンが趣味で集めているアンティークであることを2、3年前にリリィはダミアンから聞いていた。
メリッサとたわいもない会話をしていると、ダミアンがサンドイッチを持ってきた。
サンドイッチからは湯気が立ち込め、ホカホカのパンにはさまれた焼けたカツからは食欲をそそる香り。
セットのスープから香ばしいコンソメの匂い。
(パスタの気分だったけど、ダミアンの店のサンドイッチは本当美味しいのよね)
ぱくりと一口、サンドイッチにかぶりつく。
「おひしい」
「ほんろおひしいわ」
ふふっとリリィはメリッサと微笑んだ。
ランチは朝のイライラをすべて吹っ飛ばしてくれる。
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