【完結】婚約破棄に祝砲を。あら、殿下ったらもうご結婚なさるのね? では、祝辞代わりに花嫁ごと吹き飛ばしに伺いますわ。

猫屋敷むぎ

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第十八話 素顔のままで、傍にいて

――そのとき、リシェルはふとつぶやくように言った。

「クラウス……」

「……お嬢様?」

リシェルはクラウスの銀の仮面を見つめた。
顔を隠す銀の面は、差し込む夕陽を冷たく返した――まるで“境界”そのもののように。

一瞬、躊躇うように唇を噛み――けれど、決意を宿した瞳で、リシェルは彼を見上げた。

「“素顔”を、見せていただくことは……できませんの?」

部屋の空気が、一瞬で凍った。

クラウスの動きが止まる。
仮面の留め具が、かすかに鳴った。
それは、剣先に触れたような沈黙だった。

(……わたくし、なぜこんなことを口にしてしまったのでしょう……。
 でも――知りたいと思ってしまったのです。もっと、彼のことを)

やがて、静かに答える。

「……申し訳ありません、お嬢様。
 この下をお見せすれば――きっと、貴女は私を遠ざけようとなさるでしょう」

夕陽が銀の面をかすかに曇らせる。その縁に、指先が静かに触れた。

「そんなこと、ありませんわ」

迷いなく返した声が、部屋の空気をわずかに震わせる。

「この仮面は、私の誓いであり――封印でもあります」

窓の外で風がひとすじ、木々を鳴らした。
互いの視線はそれでも逸れず、ただ間だけが長く伸びていく。

仮面の下で、わずかに息が揺れる。

「――全てを知って頂くのは……今ではございません」

(父からはひどく醜い傷があるって伺ってましたけれど……。
 そんなもの、全く気になりませんのに)

「……いえ、いいのです。
 ――”その時”になったら……」

(違うのです。本当は……今すぐにでも――)

リシェルはゆっくりと笑みを浮かべた。
けれど、その微笑みには、触れられなかった手のひらのような、微かな寂しさが滲んでいた。

クラウスは、それを静かに見つめながら――

「はい。“その時”には必ず――私のすべてを、お見せします」

そのクラウスの声がいつもより、わずかに温度を帯びているように感じられた。

沈黙が落ちた。呼吸の音さえ吸い込むほどの、やわらかな沈黙だった。
けれど、どちらもその空気を破ろうとはしなかった。
まるで、それすら愛おしいかのように。

窓の外では風が一筋、木々の葉をさらりと鳴らした。
――と。

リシェルはそっと顔を上げた。  
頬にかかる一房の髪を指先で払いながら、  
ためらいがちに、けれどどこか甘えるような声音で問いかける。

「クラウス……ひとつだけ、わがままを聞いてもらっても?」

「どうぞ」

「……何も言わなくていいの。ただ、今は……わたくしの傍にいてくださいな」

その瞳はまっすぐで、けれどほんのわずかに揺れていた。  
強がるような微笑みと共に――。

クラウスは静かに一礼した。

「お心のままに」

――仮面の奥の声は、いつもより、やわらかかった。

彼は静かに歩み出る。  
揺れるカーテンがすれ違いざまにリシェルの肩先をくすぐり、  
仮面の輪郭が、傾きかけた陽にやわらかく染まった。

そしてそのまま、彼は言葉通りに黙したまま、  
そっとリシェルの傍らに立った。

沈む陽が、二人の影を床に重ねる。まだ触れぬ“恋”の影を――静かに手繰り寄せるように。
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