アイリス未来探偵事務所

小森 輝

文字の大きさ
上 下
14 / 21

14

しおりを挟む
 それから、柿原刑事と別れ、車に戻るのだろうと鐘ヶ江先輩の後ろを歩いていたのだが、どうも少し機嫌が悪いようだ。私が柿原刑事に不要な質問をしてしまったからだろうか。一応、謝っておいた方がいいだろうか。
 そう逡巡していると、先に鐘ヶ江先輩の方が口を開いた。
「お前な……。もう学生じゃないんだから、ああ言うのはやめろ」
 やっぱり、怒られてしまうのだろうと思ったが、どうやら私が考えていたようなことではないらしい。
「名前を呼ぶときは「さん」付けしろ。先輩とか呼ぶと学生っぽく見えるだろ」
 どうやら、柿原刑事に質問したときに不機嫌な顔をしたのは、質問をしたことやその内容ではなく、先輩と呼んだのが気にくわなかったようだ。学生っぽく見えると言うけれど、その発言がもう幼稚な気がする。
 けれど、社長のような恐れ多いことでもないし、呼び方なんて私にはどうでもいいので、素直に従っておこう。
「分かりました。今後は気をつけます」
「いいか? 俺たちは遊びじゃないんだ。なめられたら困る。刑事事件は特に、相手に自分よりも立場が上だという印象を持たせないと平気で嘘をつかれるからな」
 結構、真っ当な理由で納得しそうになったのだが、おそらく、これは丸め込められているのだろう。危うく、本気で信じてしまいそうだった。この人の発言は重要なこともあれば、話半分で聞かなければならないこともあるので、その判断をちゃんとしていかなければならない。
 そう考えていると、急に鐘ヶ江さんが立ち止まった。
「おっと……」
 うっかり背中へとダイブしそうになったが、すんでのところで立ち止まれた。
 しかし、まだ警察署の中なのに、立ち止まってどうしたのだろうか。どこかにまだ用事があるのだろうか。
 そう思ってあたりを見渡すが、関係ありそうな場所は見あたらない。しかし、私は新人なので、知らないだけで寄らなければいけない場所もあるかもしれない。
「お前、タバコは吸わないよな?」
 その言葉だけで私は全てを察した。
「はい。吸いません」
 目の前には喫煙所がある。
「俺は一服してくるから、お前は先に車の中で待ってろ」
「え……あっ……」
 私が何かを言う前に鐘ヶ江さんは喫煙所へと入って言ってしまった。
 柿原刑事には勤務中だと怒っておきながら、自分は勝手にタバコ休憩を取るんですか。
 沸々と怒りがこみ上げてくるが、上司に切れるのはクビコースだ。ここは押さえるしかない。
 ただ、車まで来たところで怒りは爆発した。
「鍵ぐらい渡しなさいよ!」
 思いっきり車のタイヤを蹴ってやった。しかし、私はそこまで頑丈ではないようで……。
「痛っ……」
 返ってきたのは、痛みと虚しさと切なさだけだった。
 私は大人しく、車に寄りかかりながら資料に目を通した。
しおりを挟む

処理中です...