都の霧は名もない作家を惑わせる

小森 輝

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都の霧は名もない作家を惑わせる 10

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「グリフィス巡査。君は死体を見たのだろ? なら、どんな状態だったのか、教えてくれないか?」
「いいですけど……場所も分からないし、詳しいことは話せないと思うんですが……」
「そうか……」
 これほど分かりやすいヒントがありながら、それでも分からないなんて、新参者とはいえ、思慮が浅い。だからと言って、私が親切に教えてやる義理もない。私は彼の教育係ではないのだから。
「……まあ、いい。知っている範囲で話してくれ」
「分かりました。けど……えっと……何から話すべきでしょうか?」
 グリフィス巡査は受け身のようだ。ヤードの人間は、皆、強気で傲慢だと思っていたのだが、グリフィス巡査はその枠に当てはまらないようだ。
「はぁ……とりあえず、被害者のことを教えてくれないか?」
「被害者の……あぁ、殺されたのは女性で、おそらく20代。それぐらいしかまだ……。殺された女性がどこの誰で何歳なのかは、まだ分かっていません」
「まあ、今朝発見されたばかりなんだから、どこの誰か分からなくても不思議じゃないだろう」
 皮膚の一部や毛の一本だけあれば、どこの誰か分かるような時代が早く来て欲しいものだ。
「それで、死因はなんだ? 殴殺か? 刺殺か? 絞殺か? それとも、薬殺か?」
「薬殺……薬ですか……その可能性も……」
 受け身ばかりかと思えば、自分で考えることもするようだ。だが、今は必要ない。
「君の意見を聞きたい訳じゃない。ありのままを教えてくれ」
「は、はい。分かりました。死因ですが、おそらく、刺殺だと思われます」
「おそらく?」
 ヤードにしては、やけに自信のない見解だ。
「まだ、薬殺という可能性は捨てられませんので……」
「君の意見を聞きたい訳じゃないと言っただろ……」
「すいません……」
 受け身かと思えば、自分の意見を言い出したりと、よく分からない奴だ。
「それじゃあ、ヤードの見解は刺殺なんだな」
「その通りです。司法解剖も行われないようなので、仮に薬殺だったとしても分からない可能性の方が高いです」
 薬殺した後に死体を切り刻む必要はない。それこそ、快楽殺人鬼でもない限りは。
 ヤードもそんな単純なことぐらいは分かっているだろう。
「外傷は、どうだったんだ?」
「あ、はい。外傷は首と足首を刃物で切られていて、それ以外の外傷はありませんでした」
 それなら、やはり、ヤードの見解は間違っていなかったのだろう。薬殺の可能性は極めて少ない。
「それと、死体が発見されたとき、逆さで宙づりにされていたそうです」
「なるほど……」
 地の池が出来ていたであろう場所から視線をあげていくと、そこにはフックのようなものがあった。おそらく、この建物の持ち主が植木鉢でも飾ろうとして取り付けたものだろう。
「大体の状況は分かった。さて、帰るか」
「え……今のでよかったんですか? ヤードに行って詳しい話を聞いた方が……」
「ヤードには明日にでも行こう。そう急ぐ必要もないだろうし」
「そう、ですか」
 グリフィス巡査は残念そうだ。もう少し調査したいのだろう。だが、私の体力がもう限界を迎えている。これ以上、日の光は浴びたくない。
「馬車は借りていくけど、問題ないだろ?」
「はい。もちろんです」
 帰りは歩いて帰れなんて言われなくてよかった。歩いて帰るなんて、絶対に無理だった。
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