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04.落ちたと気づいた
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「まあ、素敵」
シェリルの歓声に、ソフィアも表に目をやった。車窓越しに広がるのは、湖。山間に広がる穏やかな水面は、新緑を映しているせいか緑色に輝いていた。
「姫様の、御目のようですわ」
にっこり微笑むシェリル、彼女の瞳もやわらかな緑である。
従者に促され、大地へと降り立ったソフィアは、湖の神秘的な輝きに「まあ」と声を上げた。陽光を反射してキラキラと輝く水面、手を伸ばせばその光が掌に転がりこんでくるような錯覚に捕らわれる。荒々しい海とは異なる、優しげな湖。
「お気に召しましたか?」
傍らで、にこやかに問いかける公子。彼に、似ていると思った。
「ええ、とても」
知らず、顔が熱くなる。頬に手を当て、ソフィアは俯いた。まともに彼の顔を見ることが出来ない。どうしたのだろう、また、心臓が跳ねるように脈打っている。
「あの、公子様」
動揺を隠すつもりで呼びかけはしたものの、次の言葉が出てこない。
「なんでしょう?」
琥珀の瞳を煌かせ、彼は首を傾ける。見つめられると、息が苦しい。ソフィアは益々俯き、
「白鳥の乙女の伝説を、ご存知でしょうか?」
祖国に伝わる伝承のことを語り始めた。公子は小娘の夢物語と馬鹿にせずに、相槌を打ちながら聞いてくれている。
湖を守りし白鳥の乙女、彼女に愛された青年は、婚約者を捨て彼女の元に向かう。けれども、ひととひとならぬものは結ばれぬのが定め。それを知っていた乙女は、青年恋しさに彼を湖に引きずり込んでしまう。その魂を永遠に自分の手元に置くために。
「怖い話だと思っていました」
人に取られるくらいなら、いっそ――その考えが、恐ろしかった。ソフィアの言葉に、
「幸せですね、その、騎士は」
公子は意外なことを言う。思わず顔を上げれば、目が合った。琥珀の瞳に、ソフィアの姿が映り込んでいる。彼はその瞳を細め、
「だって、そうでしょう。それだけ彼は想われていたのだから」
花が綻ぶように笑うのだ。
「公子様は、そう思われるのですか?」
「ええ」
「命を、奪われてしまうのですよ。幾らお互いに、愛……愛し合っていても」
愛、という言葉が舌先に絡まる。短い単語であるはずなのに、何故このように重いのか。
「偽りの愛に生きるよりも、真実の愛に殉じるほうが、本望でしょう」
彼の答えに、言葉を失う。
脳裏に、乙女の腕に抱かれて、水底深く沈んでいく公子の姿が鮮やかに浮かんだ。いや、と激しくかぶりを振り、ソフィアは彼にしがみついた。
「いやです、何処かに行ってしまわれては、いやです」
「義姉上?」
驚いた様子で異国の姫君を見下ろしていた公子だったが。やがて、ふと表情を和ませ、彼女を優しく抱きしめた。何処にも行きませんよ、と。耳元で囁く。
まるで自分は駄々っ子だ。
羞恥のあまり顔があげられない。きっと自分は醜い顔をしているのだろう。
見られたくない。彼にだけは、そんな自分を見られたくない。
シェリルの歓声に、ソフィアも表に目をやった。車窓越しに広がるのは、湖。山間に広がる穏やかな水面は、新緑を映しているせいか緑色に輝いていた。
「姫様の、御目のようですわ」
にっこり微笑むシェリル、彼女の瞳もやわらかな緑である。
従者に促され、大地へと降り立ったソフィアは、湖の神秘的な輝きに「まあ」と声を上げた。陽光を反射してキラキラと輝く水面、手を伸ばせばその光が掌に転がりこんでくるような錯覚に捕らわれる。荒々しい海とは異なる、優しげな湖。
「お気に召しましたか?」
傍らで、にこやかに問いかける公子。彼に、似ていると思った。
「ええ、とても」
知らず、顔が熱くなる。頬に手を当て、ソフィアは俯いた。まともに彼の顔を見ることが出来ない。どうしたのだろう、また、心臓が跳ねるように脈打っている。
「あの、公子様」
動揺を隠すつもりで呼びかけはしたものの、次の言葉が出てこない。
「なんでしょう?」
琥珀の瞳を煌かせ、彼は首を傾ける。見つめられると、息が苦しい。ソフィアは益々俯き、
「白鳥の乙女の伝説を、ご存知でしょうか?」
祖国に伝わる伝承のことを語り始めた。公子は小娘の夢物語と馬鹿にせずに、相槌を打ちながら聞いてくれている。
湖を守りし白鳥の乙女、彼女に愛された青年は、婚約者を捨て彼女の元に向かう。けれども、ひととひとならぬものは結ばれぬのが定め。それを知っていた乙女は、青年恋しさに彼を湖に引きずり込んでしまう。その魂を永遠に自分の手元に置くために。
「怖い話だと思っていました」
人に取られるくらいなら、いっそ――その考えが、恐ろしかった。ソフィアの言葉に、
「幸せですね、その、騎士は」
公子は意外なことを言う。思わず顔を上げれば、目が合った。琥珀の瞳に、ソフィアの姿が映り込んでいる。彼はその瞳を細め、
「だって、そうでしょう。それだけ彼は想われていたのだから」
花が綻ぶように笑うのだ。
「公子様は、そう思われるのですか?」
「ええ」
「命を、奪われてしまうのですよ。幾らお互いに、愛……愛し合っていても」
愛、という言葉が舌先に絡まる。短い単語であるはずなのに、何故このように重いのか。
「偽りの愛に生きるよりも、真実の愛に殉じるほうが、本望でしょう」
彼の答えに、言葉を失う。
脳裏に、乙女の腕に抱かれて、水底深く沈んでいく公子の姿が鮮やかに浮かんだ。いや、と激しくかぶりを振り、ソフィアは彼にしがみついた。
「いやです、何処かに行ってしまわれては、いやです」
「義姉上?」
驚いた様子で異国の姫君を見下ろしていた公子だったが。やがて、ふと表情を和ませ、彼女を優しく抱きしめた。何処にも行きませんよ、と。耳元で囁く。
まるで自分は駄々っ子だ。
羞恥のあまり顔があげられない。きっと自分は醜い顔をしているのだろう。
見られたくない。彼にだけは、そんな自分を見られたくない。
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