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悪女は月夜に舞い踊る
02
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ここ数ヶ月の間に、王都で行方不明となる者たちが続出しているという。
その報告を受けた王太子は、数日前、養子が同様のことを言っていたことを思い出していた。
リディスが育った孤児院では、今月に入って四人の子供が消えたのだ。それも一度に四人ではなく、ひとり、ふたりと日を空けていなくなったというのだから。自発的な家出などのたぐいではない。犯罪の匂いがする。
子供たちが、自分の意志で何処かに行ってしまった、とは考えにくい。
「人買いに連れ去られたのかなあ」
そう、リディスは言っていたが。
ならば、その本拠地と販路を、押さえなければならない。
「市警の月番は、誰だったか?」
王太子ライナルトは、背後に控える腹心エリクを振り返る。エリクは、間髪をいれず
「ティスパン伯爵ですね」
市警統括の名を答える。
「ティスパンか」
ライナルトはしばし考え込んでから、
「すぐに呼び出せ。この件に関する方針を決める」
短く命じた。エリクは「諾」と応じると、素早く退室する。自ら伯爵のもとに出向くつもりだろう。彼のそういうところを、ライナルトは買っていた。だからこそ、そばに置いている。
旧臣からは、平民上がりのお調子者と蔑まれているようだが、陰口を叩く輩よりも、エリクはずっと有能だ。自分が即位した折には、口ばかりの役立たずは全て職を解き、エリク同様身分に関わらず才あるものを取り立てるつもりである。
今月の月番、ティスパン伯爵も代替わりをしたばかりで、確かまだ三十前の若い当主だった。革新的な考えの持ち主とのことで、年配の重臣たちからの評判はいまひとつだが。いずれ会ってみたいと思っていた人物のひとりでもあった。
今度の件で、伯爵の人物像も見極めることができる。
まず、エリクが彼をどう見るか。
ライナルトは机の上で組んだ手の上に顎を乗せ、小さく笑みをこぼした。
◆
「命を狙われているというのに、よくもまあ、出歩く気になるものね」
侍女の目を盗み、護衛の監視をかいくぐり、裏庭に抜けてから市井に出ようとしていたリディスは、思わぬところから声をかけられ、慌てて手にしていた荷物を取り落とすところだった。まさか、見られていたとは。だが、動揺を悟られぬよう表情を作り、飛び切りの笑顔で二階の窓を振り仰ぐ。
「いやあ、おねえさまには、ご機嫌麗しゅう」
しかし、その笑顔は途中で固まる。
いないのだ。
そこにいる、と思って見上げた相手が。
まさか、と周囲に目を向ければ。
「下から覗かないで頂戴な。失礼よ、淑女に対して」
くすくすと軽い笑い声とともに、明るい声が降ってくる。そう。降ってくるのだ。木の上から。屋敷の傍らに植えられた樹木の枝に腰掛けた状態で、バシュレ公爵令嬢ジュリアスタが、こちらを見下ろしていた。
お転婆は自分の専売特許と思っていたが、まだ上手がいたのだ。リディスは苦笑する。
鮮やかな若草色の瞳を喜色で満たして、ジュリアスタは身軽に木から飛び降りた。二階と同じ高さからである。
「やるなあ」
リディスは口笛を吹いた。
この『おねえさま』、嫌いではない。
ジュリアスタは、軽く衣裳の汚れを払い、リディスの手元を覗き込む。そこに、きょうび珍しい焼き菓子を見つけると、
「食べていいかしら?」
小首をかしげて、こちらを見る。
どうぞ、と答えるより早く、白くたおやかな指が菓子をつまんだ。
「粉に蜂蜜を混ぜたものね。この味に慣れてしまったら、他の菓子は口にできないわね。どうかしら?」
ぱり、と白い歯が菓子を割る。ジュリアスタは、知っているのだ。リディスが、どちらに出向くつもりかを。この菓子を誰に渡そうとしているのかを。
「この価値を、知っているのかしら。材料はどれほどの価格であり、そこから粉を挽いて、蜜と混ぜて。労力も、どれほどかかっているのか。理解してからのほうが、良いのではなくて?」
「おね……」
言いかけたリディスの口に、残りの菓子を押し込んで。ジュリアスタは、肩をすくめる。
「ああ、誤解しないで頂戴。説教をしようと思って来たのではなくてよ」
「ほねぇはま?」
「食べながら喋らない」
扇を突きつけられ、リディスは咀嚼物を飲み下した。
「王宮の内部に、あなたを狙っている人物がいるのだから。気をつけて行動すべきね。こうやって、こそこそでかけていると、それを狙って仕留められることになってよ」
「そこは、気をつけてるけど」
「自分の腕を過信するのは良くないわ。愚か者のすることよ。少し、慎むべきね」
説教するつもりではない、と言っていたくせに。立派な説教ではないか。リディスは唇を尖らせる。
(でも)
心配してくれているのだ、と思うと。ジュリアスタが本当の姉のように思えた。髪の色も瞳の色も違う。生まれた国も違う。けれども、魂は近いところにあるような気がする。
「ただでさえ、目立つのだから、あなたは。少しは気を使うべきね」
「そんなこといわれても」
髪は染めることはできるが、瞳の色を変えることはできない。だからといって、隠れて過ごすのは性に合わない。
「わたくしに、まかせなさい」
ジュリアスタは、にこりと笑う。何の屈託もない、綺麗で無邪気な笑みだった。
リディスの傍らを、黒髪と菫の瞳を持つ美少女が歩いている。地味ではあるが仕立ての良い衣裳をまとった、裕福な商家の令嬢然とした娘である。長い髪は、今風に結わずに垂らし、額の部分を金の飾りで留めていた。彼女はリディスを見ると、いらずらっぽく瞳を輝かせる。
また、このひとは。と、リディスも笑いだしたくなった。
リディスもまた、彼女と同じく黒髪と菫の瞳を持っている、はずである。
『わたくしに、まかせなさい』
その言葉通りだった。
ジュリアスタは、目くらましの術を使えたのだ。彼女の家には代々魔術師が仕えており、直系の子女は簡単な術は行使できると。なかでもジュリアスタには、才能があったらしい。暗示、というのだろうか。他者の心に働きかける術を、それなりに会得したそうだ。
この『変装』もその一種であり。
『これを身に着けているあいだは、他人に違った姿を見せることができるのよ』
彼女は、胸元に輝く紫水晶を示す。
この石が媒体となって、彼女の術を増幅しているのだ。流石は公爵家、こういった高価な『媒体』も所有しているとは。
「おみそれしました」
リディスの内心の呟きは、ジュリアスタには届かない。
「わたくしから、離れないことね」
リディスの腕に、ジュリアスタのそれが絡みつく。少年の姿をしているリディスと、美少女ジュリアスタ。傍からは、仲睦まじい若者の道行に見えたに違いない。
その報告を受けた王太子は、数日前、養子が同様のことを言っていたことを思い出していた。
リディスが育った孤児院では、今月に入って四人の子供が消えたのだ。それも一度に四人ではなく、ひとり、ふたりと日を空けていなくなったというのだから。自発的な家出などのたぐいではない。犯罪の匂いがする。
子供たちが、自分の意志で何処かに行ってしまった、とは考えにくい。
「人買いに連れ去られたのかなあ」
そう、リディスは言っていたが。
ならば、その本拠地と販路を、押さえなければならない。
「市警の月番は、誰だったか?」
王太子ライナルトは、背後に控える腹心エリクを振り返る。エリクは、間髪をいれず
「ティスパン伯爵ですね」
市警統括の名を答える。
「ティスパンか」
ライナルトはしばし考え込んでから、
「すぐに呼び出せ。この件に関する方針を決める」
短く命じた。エリクは「諾」と応じると、素早く退室する。自ら伯爵のもとに出向くつもりだろう。彼のそういうところを、ライナルトは買っていた。だからこそ、そばに置いている。
旧臣からは、平民上がりのお調子者と蔑まれているようだが、陰口を叩く輩よりも、エリクはずっと有能だ。自分が即位した折には、口ばかりの役立たずは全て職を解き、エリク同様身分に関わらず才あるものを取り立てるつもりである。
今月の月番、ティスパン伯爵も代替わりをしたばかりで、確かまだ三十前の若い当主だった。革新的な考えの持ち主とのことで、年配の重臣たちからの評判はいまひとつだが。いずれ会ってみたいと思っていた人物のひとりでもあった。
今度の件で、伯爵の人物像も見極めることができる。
まず、エリクが彼をどう見るか。
ライナルトは机の上で組んだ手の上に顎を乗せ、小さく笑みをこぼした。
◆
「命を狙われているというのに、よくもまあ、出歩く気になるものね」
侍女の目を盗み、護衛の監視をかいくぐり、裏庭に抜けてから市井に出ようとしていたリディスは、思わぬところから声をかけられ、慌てて手にしていた荷物を取り落とすところだった。まさか、見られていたとは。だが、動揺を悟られぬよう表情を作り、飛び切りの笑顔で二階の窓を振り仰ぐ。
「いやあ、おねえさまには、ご機嫌麗しゅう」
しかし、その笑顔は途中で固まる。
いないのだ。
そこにいる、と思って見上げた相手が。
まさか、と周囲に目を向ければ。
「下から覗かないで頂戴な。失礼よ、淑女に対して」
くすくすと軽い笑い声とともに、明るい声が降ってくる。そう。降ってくるのだ。木の上から。屋敷の傍らに植えられた樹木の枝に腰掛けた状態で、バシュレ公爵令嬢ジュリアスタが、こちらを見下ろしていた。
お転婆は自分の専売特許と思っていたが、まだ上手がいたのだ。リディスは苦笑する。
鮮やかな若草色の瞳を喜色で満たして、ジュリアスタは身軽に木から飛び降りた。二階と同じ高さからである。
「やるなあ」
リディスは口笛を吹いた。
この『おねえさま』、嫌いではない。
ジュリアスタは、軽く衣裳の汚れを払い、リディスの手元を覗き込む。そこに、きょうび珍しい焼き菓子を見つけると、
「食べていいかしら?」
小首をかしげて、こちらを見る。
どうぞ、と答えるより早く、白くたおやかな指が菓子をつまんだ。
「粉に蜂蜜を混ぜたものね。この味に慣れてしまったら、他の菓子は口にできないわね。どうかしら?」
ぱり、と白い歯が菓子を割る。ジュリアスタは、知っているのだ。リディスが、どちらに出向くつもりかを。この菓子を誰に渡そうとしているのかを。
「この価値を、知っているのかしら。材料はどれほどの価格であり、そこから粉を挽いて、蜜と混ぜて。労力も、どれほどかかっているのか。理解してからのほうが、良いのではなくて?」
「おね……」
言いかけたリディスの口に、残りの菓子を押し込んで。ジュリアスタは、肩をすくめる。
「ああ、誤解しないで頂戴。説教をしようと思って来たのではなくてよ」
「ほねぇはま?」
「食べながら喋らない」
扇を突きつけられ、リディスは咀嚼物を飲み下した。
「王宮の内部に、あなたを狙っている人物がいるのだから。気をつけて行動すべきね。こうやって、こそこそでかけていると、それを狙って仕留められることになってよ」
「そこは、気をつけてるけど」
「自分の腕を過信するのは良くないわ。愚か者のすることよ。少し、慎むべきね」
説教するつもりではない、と言っていたくせに。立派な説教ではないか。リディスは唇を尖らせる。
(でも)
心配してくれているのだ、と思うと。ジュリアスタが本当の姉のように思えた。髪の色も瞳の色も違う。生まれた国も違う。けれども、魂は近いところにあるような気がする。
「ただでさえ、目立つのだから、あなたは。少しは気を使うべきね」
「そんなこといわれても」
髪は染めることはできるが、瞳の色を変えることはできない。だからといって、隠れて過ごすのは性に合わない。
「わたくしに、まかせなさい」
ジュリアスタは、にこりと笑う。何の屈託もない、綺麗で無邪気な笑みだった。
リディスの傍らを、黒髪と菫の瞳を持つ美少女が歩いている。地味ではあるが仕立ての良い衣裳をまとった、裕福な商家の令嬢然とした娘である。長い髪は、今風に結わずに垂らし、額の部分を金の飾りで留めていた。彼女はリディスを見ると、いらずらっぽく瞳を輝かせる。
また、このひとは。と、リディスも笑いだしたくなった。
リディスもまた、彼女と同じく黒髪と菫の瞳を持っている、はずである。
『わたくしに、まかせなさい』
その言葉通りだった。
ジュリアスタは、目くらましの術を使えたのだ。彼女の家には代々魔術師が仕えており、直系の子女は簡単な術は行使できると。なかでもジュリアスタには、才能があったらしい。暗示、というのだろうか。他者の心に働きかける術を、それなりに会得したそうだ。
この『変装』もその一種であり。
『これを身に着けているあいだは、他人に違った姿を見せることができるのよ』
彼女は、胸元に輝く紫水晶を示す。
この石が媒体となって、彼女の術を増幅しているのだ。流石は公爵家、こういった高価な『媒体』も所有しているとは。
「おみそれしました」
リディスの内心の呟きは、ジュリアスタには届かない。
「わたくしから、離れないことね」
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