オカンの店

柳乃奈緒

文字の大きさ
5 / 39

拓海と美花とバレンタインデー

しおりを挟む
◇◇◇◇◇

今日は、2月14日…。
1年の行事の中で、独り者の俺には
縁のない最悪なイベントの日やった。

「ええなぁ~、相手のおるやつは…楽しそうで」
「拓海ちゃんも、早くええ人見つけなアカンね~」

カウンターに座って、
俺が1人で拗ねていると…
 

オカンは、クスクスと笑いながら
生ビールのおかわりを俺に手渡した。

「拓海ちゃんも誰か好きな子とかは? おらへんの?」
「出会いがないんや。この店にも、
出会いを期待して通ってるんやけどなぁ~」

もうすぐ26歳になる俺は、
実は好きな子と聞かれても…
自分でも、ピンと来んかった。
こんな性分やから、仕方ないんやと…
自分でも恋愛に関しては、諦めてる。

そやけど…
こんなイベントの日になると、
やっぱり彼女がおる奴が、
正直言うて羨ましいと思うねん。
ここへ来るまでの間にも、
どう見ても俺のほうがイケてるやろ?
っていうようなパッとしない野郎が、
めっちゃ可愛い彼女を連れて歩いてたしな。


「ただいま~♪ お腹空いた~♪」

店の戸を開けて、
いつもと変わらん同じセリフで
美花が仕事を終えて帰って来た。

「おかえり~美花ちゃん。今日も1日お疲れさん!」

オカンに熱いおしぼりを貰って、
美花はニコニコしながら俺の横に座った。

「あ~~! 疲れた~。今日は、殆ど外回りで
めっちゃ歩いたから足が痛いわ~!」
「それやったら! 座敷の方に移り!
拓海ちゃんと一緒に座ったらええやん。もうすぐ
こうちゃんらも来るし、ええやろ? 拓海ちゃん♪」

俺に気を利かせたつもりか知らんけど…
オカンは、ニヤニヤ笑って俺らを座敷に座らせた。

「ミャーミャー…ミャー」

また少し大きくなったがんもが、
俺の膝にすり寄ってくると
美花が俺の横に来て
がんもを抱き上げて笑っていた。

「猫に好かれてもなぁ~。今日みたいな日は
虚しいだけやねんけどなぁ~」
「そうなん? チョコくれる彼女もおらんの? 
拓海ちゃん。学生の頃は、沢山チョコ貰ってたのになぁ~」

美花はがんもを膝へ乗せて俺を見て
クスクス笑いながら、オカンに夜定食を頼んでいた。

そうやねん。
美花がいう通り…
中学、高校が、俺の1番のモテ期やった。
社会人になってからは、仕事場が
男ばっかりやから色気もクソも無かった。

出会いを期待出来るのは、ほんまに
この『オカンの店』しかなかった。

俺が少し物思いにふけってる間に、
美花は夜定食を美味しそうに食べながら
スマホに夢中になっていた。

「そういうお前は、チョコ渡す相手くらいおるんやろな?」

俺が美花に顔を近付けて聞くと、
美花は少し慌てた様子で顔を少し赤くして 
必死に誤魔化そうとしていた。

「そ、そんなん別におるというか…。
なんていうか。もう~! どうでも良いやん!」

良くはわからんけど。それ以上聞くと
アカンような気がしたから、俺は聞かんかった。

「オカン! ただいま~」

店の戸が開いて、
こうちゃんと宗ちゃんと
麻由美ちゃんが揃って帰って来た。

3人は迷わず、
俺と美花が座ってる座敷に腰を下ろした。
宗ちゃんの持っていた大きな紙袋を指差して
こうちゃんがニヤニヤと笑いながら
宗ちゃんを冷やかしていた。

「宗ちゃんって会社でめっちゃモテるみたいやで! 
その中全部チョコらしいわ!」
「ちゃうちゃう! 全部義理チョコって奴やから
別にモテてないんやで!」

宗ちゃんは顔を真っ赤にして、
慌てて紙袋を自分の後ろに隠した。

「宗ちゃんも大変やな! そんなに貰ったら
お返しが大変やもんなぁ~」
「わかります? ほんま大変なんです。
返さんかったら何言われるかわからんから
お返しせんわけにはいかないでしょ?
 誰から貰ったかを覚えとくだけでも
ほんま大変で、ほんまに好きな人にだけ
渡せばええと思うんですけどね」

一気にビールを飲み干して
宗ちゃんは照れ臭そうに頭を掻いていた。

俺は気になって
宗ちゃんの紙袋を覗き込んでみた。
するとそこには、確かに綺麗に包装された
義理チョコが、何個も入っていて
そのチョコ1つ1つに名前を書いた付箋が貼ってあった。

「そんなん! 貰わへんかったらええやん! 
僕は、ほんまに好きな人からしか貰いません。
とか言うて、貰わんかったらええのに!」

宗ちゃんに向かって、
少しむくれた感じで美花が叫んでいた。

「そういう訳にはいかんのと違う? 
宗ちゃんにも会社での立場とかもあるやろしな!
 穏便にしとかんと仕事が回らんようになったりして
困るんやで? 女って怖いからな~」

麻由美ちゃんが、宗ちゃんを
庇う形で美花を宥めていた。
やっぱり麻由美ちゃんは大人やな。

「何度か断ったりもしたんやけどな。
折角用意したんやからって押し切られたりして、
さすがにそれ以上は、僕も断りきれへんかったんやわ」

宗ちゃんは、苦笑いしながら
生ビールをおかわりしていた。

「こういうイベント事は、やっぱり学生の頃が
一番楽しく感じたな~。好きかキライかってことが
はっきりしてたしな!」

こうちゃんが宗ちゃんの背中を叩いて笑った。

それにしても…
さっきから俺が気になってるんは、
美花がちょっと機嫌が悪いと言うことなんやけど。
どうしたんやろ? 

宗ちゃんの紙袋一杯のチョコを見てから、
どうも美花の様子がおかしい気がする。

あいつ…もしかしたら、
宗ちゃんを好きなんか? 
それならそれで、面白いし…
俺は、このまま様子を見ることにした。

 

チョコの話で盛り上がってる間に…
店は満席になっていた。
オカンが、忙しそうにしてるので、
俺はいつものようにカウンターに入って
洗い物を手伝うことにした。

「拓海ちゃんは、ほんま優しいなぁ~♪」

オカンを手伝ってる俺を見て、
カウンターに座ってた桜絵さえちゃんが
ニコニコと笑ってる。

「口説くなら今のうちやで~♪ 拓海ちゃん。
今、寂しい独り身やからな~! お買い得やで~!」

オカンは、俺を桜絵ちゃんの前に立たせて
「今なら半額!」とか言うて、
俺のことを本気で勧めていた。

「オカン! 俺を安売りせんといてや~! 俺は高いんやで!」

俺がオカンに向かってツッコミを入れていたら、
桜絵ちゃんが楽しそうに声を出して笑っていた。

「それで? どれ位高いん? 気になるわ~♪ 
拓海ちゃんて…ほんまに独り身なん?」

今度は、桜絵ちゃんに
顔を近付けてツッコミを入れられて…
ちょっと、俺は焦っていた。
桜絵ちゃんは、繁華街のクラブで働いてる
1番人気のホステスなだけに、
めっちゃ色気たっぷりでべっぴんさんやから、
口説かれて落ちひん男はおらんと思う。
でも、水商売の女は危険やからな。
俺は、そこをグッと我慢するねん。

「うちなぁ~。そろそろ、この仕事辞めて
昼間働こうかなぁ~って思ってるねん」

俺の気持ちを見透かしてるかのように、
桜絵ちゃんは自分の近況を話し始めた。

「なんで? 店で何かあったんか?」

凄く気になってしもて、俺が身を乗り出して聞くと

「うちな、半年くらい前から好きな人が出来てしもて…
仕事に身が入らんようになってしもてな…
今日もほんまは、店に出なあかんかってんけど…
行かずに休んでしもたんよ」

溜め息を吐きながら、
色気タップリの目をして
桜絵ちゃんは、俺のことを見つめて
少しだけ笑っていた。

最近ずっと桜絵ちゃんが、
この時間にオカンの店におるから
おかしいな~とは思ってたんやけど…
そういう事やったんか~。

「お父ちゃんの借金返すために
18の時からこの仕事始めて、去年
全部借金の返済が終わったから、うちも
今年で25歳になるし、そろそろほんまに
昼間の仕事をしたいと思うねんけどね。
店のオーナーさんにもう少しだけおってくれって
頼まれて続けてるんやけど…。そろそろ、
潮時かなぁ~って思ってるんよ」

桜絵ちゃんは、こんな俺に
自分の身の上話をしながら、
オカンにワインを注文していた。

桜絵ちゃんに恐る恐る
その人と付き合ってるんか?って俺が聞くと

「その人は、全然うちの気持ちに
気付いてへんわ~。フフフ♪」

ちょっと哀しそうな目をして、
桜絵ちゃんはオカンに預けていた紙袋を
出してくれとお願いしていた。
するとオカンは、棚の中から
赤い紙袋を取り出して、桜絵ちゃんに手渡していた。

「はい♪ 受け取って。うちの手編みのセーターとチョコや♪」

俺のことを真っ直ぐに見て
立ち上がった桜絵ちゃんが、俺に向かって
その紙袋をにっこり笑顔で差し出していた。

「え? え? 俺に? マジで? ほんまに?」

俺が慌ててると、
オカンがかなり呆れた感じで
俺の背中を力いっぱい叩いてた。

「拓海ちゃんは、ほんま鈍いからな~。
うちは、もうずっと気付いてたんやけど。
ほんまに気付いてなかったんやな~」

俺は、オカンに言われてようやく思い出した。
去年の秋頃、桜絵ちゃんに肩幅やら
胸回りやらって寸法測らせてくれって言われて
何でやろ? って思いつつその時は、
されるがままやったからスッカリ忘れてた。

「俺なんか…相手にしてもらえるわけないって
思ってたから、全然気が付かんかった。
ありがとう! めっちゃ嬉しいわ♪」

俺が嬉しくて感動してたら、
桜絵ちゃんの目から涙がこぼれそうになっていた。

「おいおい! ちょっと待って! 
泣くこと無いやん。悪かったって。俺が気付かんで悪かった!」

俺は慌てて、新しいおしぼりを出して
桜絵ちゃんに手渡して謝っていた。

「なんかそこ~! 盛り上がってるやん!」

俺が慌てふためいてると、
こうちゃんと麻由美ちゃんが
笑ってこっちを見ていた。すると、
今度は美花がいきなり立ち上がって
自分の持って来た紙袋を
宗ちゃんに向かって差し出して渡していた。

「私も。私も手編みのマフラーと手作りのチョコ! 
義理と違うからね!宗次郎さん!」

耳まで真っ赤な顔をして、
少しうつむき加減やったけど…
アレはアレで美花なりに頑張っていたと思う。

「あ、ありがとう! 嬉しい! ほんま嬉しい。ありがとう♪」

宗ちゃんも立ち上がって、
紙袋ごとそのまま美花を抱きしめていた。
宗ちゃんのくせになかなかやるやん。

宗ちゃんと美花を見て俺も負けじと、
桜絵ちゃんにもう一回ありがとうって言ってから、
優しく桜絵ちゃんを抱きしめていた。

その後は、皆で盛り上がって…
年に1回の俺にとっての最悪なイベントが
最高のイベントになっていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく… なお、スピンオフもございます。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完】ベッドの隣は、昨日と違う人

月村 未来(つきむら みらい)
恋愛
朝目覚めたら、 隣に恋人じゃない男がいる── そして、甘く囁いてきた夜とは、違う男になる。 こんな朝、何回目なんだろう。 瞬間でも優しくされると、 「大切にされてる」と勘違いしてしまう。 都合のいい関係だとわかっていても、 期待されると断れない。 これは、流されてしまう自分と、 ちゃんと立ち止まろうとする自分のあいだで揺れる、ひとりの女の子、みいな(25)の恋の話。 📖全年齢版恋愛小説です。 しおり、いいね、お気に入り登録もよろしくお願いします。 📖2026.2.25完結 本作の0章にあたるエピソードをNOTEにて公開しています。 気になった方はぜひそちらもどうぞ!

処理中です...