上 下
16 / 20

夫婦喧嘩は狼も喰わない

しおりを挟む
 
 私が魔王城を出て…すでに10日以上は経っていた。上手く結界が張れていたようで…魔王が、私を連れ戻しに来ることも無く…のんびりとこの街で働きながら、私はとても平穏に暮らしていた。

 ただ…城下の方では、魔王城から私が突然姿を消したことで大騒ぎになっているようで、魔王軍の兵士たちは、魔王に命じられて躍起になって私のことを探しているらしい。探しまわってくれている兵士たちには、すごく申し訳ないんだけど…今は、どうしても…魔王城へ戻りたくはなかった。

だから、私は宿屋のおばさんに…ボロの服を貰って髪の色も緑に染めて変装していた。念のため四六時中、マスクをして私は魔物のふりをして仕事をしていから、私がお妃だなんて誰も気付く魔物はいなかった。

「最近…また、狼の野郎たちが夜になるとウロウロしてやがるぜ。昨夜も娘っ子が喰われちまったんだってよ…。かわいそうにな」
「ほんと恐ろしい。ここは魔王城からも遠いから、魔王軍もなかなか来てくれないし…。それを分かってて狼の野郎たちもデカイ顔してるんだろうけどさ」

 近所の金物屋の主人と宿屋のおばさんが、またあの狼たちのことで頭を悩ませているようだった。狼の野郎とは、この辺で徒党を組んで悪さをしている狼の姿をした大きな魔物のことで、そいつらはとても惨忍で質が悪い魔物だとおばさんから教えてもらった。

 坂の上にあった大きなお屋敷には、この街の領主で魔王の配下のサタナキアという悪魔が住んでいるらしいんだけど…。街の魔物たちには、すごく評判が悪いし狼の野郎とグルかも知れないと噂されていた。

「そう言えば…若い野郎たちが、何人か魔王城へ向かったらしいぜ。魔王軍に直談判して狼の野郎を退治してもらうしかないってな!」
「マジで? 魔王軍を呼びに行ったの? いつ? ねえ! いつよ?」

金物屋の主人の話に驚いて、私が詰め寄ると…おばさんも主人も何事だという顔をして驚いていた。

「お、一昨日出かけたらしいから、早ければ1週間後には魔王城に着く予定だぜ。どうかしたか? 顔が真っ青じゃねえか? 具合でも悪いのか?」
「魔王が…。魔王が、ここへ直々に来ることなんて…ありませんよね?」

 私が青い顔をしていると。2人とも声をそろえて「魔王がこんな所まで来るわけ無いだろう」とケラケラと笑っていた。

***************

ところが1週間後……。魔王が、魔王軍を引き連れてやって来た。

どうも魔王は、私をなかなか見つけられないことで苛ついていたようで…この際、狼退治でもしてスッキリしてやるぜ! みたいな? ノリでここまで来たようだ。私は、出来るだけ魔王に見つからないようにと思い…風邪を引いたふりをして、部屋で引きこもっていた。

さすが魔王とでも言うべきなのかな? 魔王軍は、ほんの一瞬で狼たちを全て取り押さえてしまった。

その夜には、街の魔物たちが総出で魔王軍に美味しいお酒や料理を振舞っていた。宿屋のおばさんに手が足りないからどうしても手伝って欲しいと泣きつかれて、渋々だけど…私は、マスクをして手伝うことになってしまった。

 私が忙しく料理を運んだり、食器を片付けたりして走り回っていると…いきなり誰かに腕を掴まれたので、驚いて振り返ると…。腕を掴んでいたのは酒に酔った魔王だった。

「オイ! 酒が足りねえぞ。さっさと持って来い!」
「あ、は、はい。申し訳ございません。少々お待ち下さい…」

 心臓が飛び出しそうなくらいドキドキしながら、私は走ってその場から立ち去った。でもやっぱり気になって…物陰からそうっと魔王をのぞいて見てみると、兵士たちと浴びるようにお酒を呑んでバカ騒ぎしていた。

「魔王さまは、かなり荒れてるようですね。あんなに浴びるように酒を呑まれることは滅多に無いのに。お気の毒です。お妃さまは何者に連れ去られたんでしょうね」

「大魔法使いオースティンさまも協力して、お妃さまを探しているそうなんだけど…えらく強い結界に妨害されていてなかなか見つからないそうだ。もうすでにどっかの魔物に殺されちまったのかもね。お可哀想に」

 じっと耳をすませていて聞こえてきた兵士たちの会話は、私にとってすごく耳の痛い話だった。これ以上ここにいると辛くなってしまうからと思い…私が立ち上がって宿屋へ戻ろうと盛り場から忍び足で離れると…すぐに後ろから何者かに私は口を塞がれて羽交い締めにされていた。

「静かにしろ。大人しくしやがれ。大人しくしないと今すぐ殺すぞ」

毛むくじゃらの手に短剣を握っているそいつは、狼たちの仲間のようだった。私は顔に短剣を突き付けられたままで、その狼に引きづられるように盛り場の中央へ連れて行かれた。

「キャーーーーーーーーーー!!」

狼に羽交い締めにされて、短剣を突き付けられている私の姿を見た街の女たちは驚いて悲鳴を上げていた。

「静かにしやがれ! オイ! コイツを殺されたく無かったら、すぐに仲間を自由にしろ!」

 狼は兵士たちに向かって仲間を開放しろと叫ぶと、私の喉元に短剣を突き付けていた。

(ヤダヤダ!…殺されるのは嫌だ。こんなことで死にたくない!)

短剣を突き付けられて私が死にたくないと強く心に願って、握りしめていた手を広げた瞬間だった。私を羽交い締めにしていた狼が、すごい勢いで吹き飛んで後ろにあった酒樽の山に突っ込んでいた。

驚いた私はハッとして、自分の両手を見てみると微かに赤く光っていた。魔王の魔力を使って狼を吹き飛ばしてしまったんだ。

「オイ! お前……。ちょっと待て。どういうことだ?」
「…………」

 こんな状況で逃げられるはずが無いのはわかっていても、出来れば逃げ出したいと思った。ゆっくりと忍び足でその場から私が立ち去ろうとしていたら、すぐに魔王に腕を掴まれて捕まってしまった。

「探しても全然見つかんねえと思ったら…。いつの間にかオレ様の魔力を使えるようになっていやがったなんて恐れいったぜ! このバカ! どんだけ心配したと思ってんだ?」
「ご、ごめんなさい。ごめんなさい」

 魔王は怒鳴りながらも、掴んだ腕を引き寄せてギュぅっと強く私を抱きしめて離さなかった。

*****************

 翌朝。街の住人たちは私がお妃だったことに凄く驚いていたけど。宿屋のおばさんだけは、またいつでもお城が嫌になったら逃げ出しておいでと言って抱きしめてくれていた。

 魔王城へ帰ると…ただの夫婦ゲンカだったことを私から暴露されて、オースティンとベルゼブブに魔王は大笑いされて魔王はとても悔しそうだった。

私はすぐに髪を元の髪の色に戻されると、隅から隅までゴシゴシ綺麗に洗われてから、念入りにオイルマッサージをされていた。そして、魔王にキツ~くお灸を据えられていた。

「あううううううう。熱い~~! これってほんとにお灸なの? あううう~」
「そうだ。魔王さま特製のお灸だぜ。利くだろ? クククク♪」

帰って早々に魔王に拷問されまくりでその夜はベットで私はヘロヘロだった。

 グッタリしている私を魔王は抱き寄せて耳元で凄く恥ずかしいことを何度も囁いていた。恥ずかしくて、真っ赤になって身を縮めてしまっている私を魔王は優しく後ろから抱きしめて…そして、何度も耳元で甘い言葉を囁いて、濃厚な接吻を繰り返していた。その魔王の甘い囁きと接吻に観念した私はその夜、そのまま魔王に身を任せて魔王との本当の初夜を迎えてしまった。
しおりを挟む

処理中です...