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第二章・喪われし魂の救済を求めて、最期まで心を焦がしてやまなかった彼と。

2-8・太陽の曇り顔

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 めちゃくちゃに叫びだしたくなる衝動を、ギリギリで堪えた。本当は声高らかに問い詰めてやりたかった。どういうつもりで今さらそんなことを言うのか。あのときの言葉はほんとうに嘘だったのか。その言葉が紛い物でも真実でも、なんで、どうして、僕だったのか。
 でもそんなことをしてなんになる。それでまた惨めになるのは、僕だけじゃないか。

「今さら何を言い出したかと思えば、朝比奈」

 抱き込まれた腕をだらりと垂らしたまま、僕は鼻先で笑った。

「涙の謝罪を恵んでやれば、この僕が泣きながら改心するとでも思ったか。舐められたものだ。オマエの嘘に騙されて馬鹿を見るのは、あの一度きりで十分だ」
「違うっ、オレ、ほんとに神母坂のことが好きだった……好きだからっ」
「へえ。何故?」
「な、なぜ、って」
「あくまで本当だと言い張るつもりなら、答えてみろよ。オマエみたいな種類の人間が、僕を好く理由なんてどこにある」
「……っ」

 案の定朝比奈は言葉に詰まって身を固くした。ほら、やっぱり。最初からわかりきっていたことだ。今までろくに話したこともない、陰気で不気味で、声をかけても無言で逃げていくだけの同級生。太陽のような朝比奈の目に敵う存在ではないし、その場しのぎの誉め言葉になるような美点すら見当たらない。僕自身だって、好きにはなれない。
 朝比奈の肩越しに、紫の炎がゆらゆらと揺れている。内髪に密かに隠した紫と同じ色。でもこの炎の方がずっと綺麗だ。朝比奈が綺麗だと言ってくれた僕の髪よりも、ずっと。
 意識を炎の中に飛ばしていると、ようやく朝比奈が口を開いた。

「か、髪……が、髪のあの、紫が……きれいで」
「……はっ」

 なるほど、上手い言い訳を思い付いたものだ。どうせ適当な理屈を探した結果、部屋に舞うこの炎から連想しただけだろう。そこを責め立ててやってもよかったが、まずは震える声に耳を傾ける。

「最初はそれが、意外だなって思って。だって神母坂って髪染めたりするタイプに見えなかったから、なんとなく気になって……そんで授業中とか、暇なときに後ろから見てて。ピアスまであけてんだなとか、なんかノートに不思議なもん書いてんなとか、前髪長いけどまつ毛も長いんだなとか、オカルト好き……って言うより、ほとんどマニアみたいなことやってんな、とか……それで」
「へえ。それで、たったそれだけのことで、僕を好きになった、と」
「……ああ、そうだよ」

 背中に回った朝比奈の腕に、ぐっと力がこもった。

「正直これが純粋な気持ちかって聞かれたらオレだってわっかんねーよ、だってオレそんな知らないもん、神母坂のこと。見た目だけとか単なる下心とか言われたら反論できないよ。今だって、こんな状況で、こんなだし……っ」
「うぁっ」

 朝比奈が腰を軽く突き出す。はまり込んだ朝比奈のものが、僕の中をより深くえぐり込む。不覚にも呼吸が乱れた。僕をきつく抱きしめる朝比奈の腕と、絞り出したようにかすれた朝比奈の声に。

「あのときだって……ちょっと人に見られたからって日和ってごまかして、そんで神母坂のこと傷つけて。オレだってわかってるよ、自分が好きなもんを好きだってことすら貫けない、どうしようもないいくじなしだって……そんな自分が、最低だって」

 制服の薄いシャツ越しに、心臓の音が聞こえている。朝比奈の鼓動だ。今にも死んでしまいそうなくらいぐちゃぐちゃな、激しくて苦しげな響きだ。彼の顔が埋まった肩に、ぽたぽたと温かい雫が落ちてくる。

「オレが、悪かったんだよ。神母坂を傷つけたのはわかってる。ごめん、ごめん、でも、でもさあ、だからって、だからって死ぬことないだろ!?」
「……え?」
「オレが何を言える義理もないけど、でも頼むから死なないで、いなくならないでくれよ……っ! 好き、好きなんだよ、神母坂っ……神母坂ぁっ……!」
「っ、ぁ……うっ……!」

 僕の肩を掴んで相対した朝比奈が、まっすぐに僕と目を合わせる。泣き顔だ。後から後から零れる涙を拭いもせずに、幼子のように顔を歪めて僕だけを見つめている。
 太陽みたいなこいつが、こんな曇り顔を見せることもあるんだな。朝比奈の体温を体の中と外から感じつつ、僕はただそんなことだけを考えていた。
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