神と遊戯の勇者と魔王

もりもり

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第一話 凡人勇者

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 人族の中で絶大な力を持つ勇者。
 勇者に選ばれた者は十歳を迎えると同時に神器を授かり、常人ではありえないほどの高い身体能力と魔力を得ると言われている。
 しかし、そんな勇者にも例外があった。

 人族の三大国家の一つであるリーゼ王国の中心部。
 王都の綺麗に整備されている道路を、人混みを掻き分けながら進む黒髪の少年がいた。
 王都で黒髪は非常に珍しく、目立っているその少年を見た周りの人は、どこかバカにした様な、蔑みの笑みを浮かべていた。
 
 ギィっと木の扉が開く音に、騒がしかった中が一瞬静まり返る。
 そして、入ってきた俺を見てある者は影で笑い、ある者は周りに聞こえるように声に出して笑った。

「おいおいユウじゃねーか。勇者様がまた小遣い稼ぎに来たのか?」

 声に反応して、周りから聞こえてくる笑い声が少し大きくなる。
 ここは冒険者ギルドと呼ばれる集会所だ。
 王都は簡単に軍を動かせない為、冒険者に委託し周辺の村から寄せられた依頼などをこなしてきてもらっている。

 基本的に王都でロクな働き口がない者、腕っ節が自慢の者などが冒険者となるのだが、凶悪な魔族を討伐する事でいつか英雄と呼ばれるのを夢みて冒険者になる者も少なくない。

 ユウと呼ばれた俺は周りに目もくれず、スタスタと受付に向かう。

 俺の身に着けている装備は、勇者と呼ばれるにはあまりにも見すぼらしく、冒険者である彼等と遜色がない。
 いや、勇者の証である神器は無く、使い古されボロボロとなった装備を着ている分、俺の方が身なりが悪いと言える。

「あ、おはようございますユウさん。今日もユウさんを指名してる依頼がきてますよ」

 受付に近づくと、奥から顔に笑顔を貼り付けた受付嬢が出迎える。

「内容は?」
「ふふっ。村の近くに住みついたゴブリン五体の討伐ですね」

 受付嬢は堪えきれなかったのか、笑いながら依頼書を出してくる。依頼書には『指名冒険者ユウ、必要ランクF』と書かれていた。

 ギルドに所属する冒険者にはランク付けがされており、一番下がFランクであり活躍に応じてランクが上がっていく仕組みだ。
 一番上はSランクだが、それは英雄クラスの冒険者にのみ与えられる称号で、現在王国には二人しかいない。
 その為、実質一般冒険者の最高ランクはAランクと言われている。勿論、上に行くほど受けられる依頼の難易度や報酬が跳ね上がる。

 冒険者はパーティを組むのが一般的だ。
 一時的なパーティでは無く、チームとしての活動を行う場合、そのパーティメンバーの一番高いランクがパーティの実力として判断されるからである。
 俺は現在ソロで活動しており、Dランクなので依頼書に書かれている必要ランクを満たしている。
 だが、わざわざ指名してきたにしては、依頼の内容が少々おかしい。

 ゴブリンは魔族の中でも最弱の部類に入る。
 ゴブリン五体の討伐程度、報酬も相場通りなので通常はFランク、強めのゴブリンがいたとしてもせいぜいEランクの依頼だろう。
 なら何故このような依頼でDランクの俺を指名してきているのか、俺には大体予想はついていた。

 依頼の内容を偽っているのだ。実際はゴブリンなどでは無く、もっと強力な魔族の討伐を依頼されているはずである。
 それをゴブリンと表記する事で、払うべき報酬を少なくしているのだろう。
 これはギルド長と受付嬢達が影で話していた内容なので間違い無い。周りが俺にこの様な態度をとるのには訳があった。

 人族は今、魔族との戦争中であるのにも関わらず、王国と帝国のどちらがより手柄を上げるか、小競り合いや牽制をしている。
 魔族だけでなく、前触れも無く突如出現し、その場で破壊の限りを尽くし消えるという怪物『災禍の魔獣』も存在しているのに何をしているのかと思うが……。

 軍事力として勇者の力は強大だ。
 現在“七人”存在する勇者は、三大国家の内の二国。リーゼ王国とパルネ帝国にそれぞれ三人ずつ存在している。
 二つの国の総合的な軍事力は互角。だが勇者の力には明確な差があった。

 その差を生んでいるのが俺である。 
 俺は確かに勇者の証である神器を授かったが、その力は飛び抜けて高い訳ではなかった。
 良くて並みの冒険者より少し強い程度、俺は勇者でありながら凡人だった。
 俺によって生まれた差は国同士の軍事力の差となり、帝国の方が王国よりも上だと言う事実が明らかになった。
 それが王国の人達は許せなかったのだろう。

 まず神器を取り上げられた。
 勇者が授かる神器は強力だが、勇者は神器以外の武器を持つことが出来ないという制約を課せられている。
 その制約を知っていた王様が、神器は勇者にしか使えないにも関わらず取り上げたのだ。
 故郷に帰ろうにも、俺が王都へ強制的に連れて行かれた後、直ぐに魔族に滅ぼされたらしくもう存在しない。

 国中から非難の的とされ、今までのような勇者としての対応は無くなり、城を追い出された俺にはには冒険者になるしか選択肢は無かった。
 それが今から五年前、俺が十一歳の時である。

 それからというもの、街を歩けば周りから非難や蔑みの視線を向けられ、今回の様に本来の内容を偽り、安い報酬で依頼を受けさせる事は日常茶飯事となっている。
 
 違う依頼を受けようとしても許可されず、偽りの依頼しか受けることが出来ない。
 その為、俺が冒険者となって随分経つが、どれだけ休みなく困難な依頼を達成させようと、ギルドには最低レベルの依頼をこなしてしてきたとしか認められず、未だDランクなのだ。

 文句を言ったところで何も変わらないので、俺は今日も生活費を稼ぐためその依頼を受けた。
 ギルドが管理する依頼は基本的にパーティでの参加を想定している為、最低レベルの報酬であってもソロで受ければそれなりの額になる。

 しかし、依頼を出した村までの移動費や装備の修理、消耗品の補充など、冒険者には生活費以外にもお金を必要とする事は多い。
 そして、少し前に今まで金融機関に預けていた貯金が職員達の飲み会代に使われていた事を知ってから、俺は装備を整える事すら出来ないほどの金欠に陥っていた。
 もう二度と金融機関は信用しないと心に誓ったのはいいとして、正直なりふり構ってられない状況である。

 俺の姿が惨めだと、いつまでも笑っている他の冒険者を無視してギルドを出た時、丁度入ろうとした冒険者の肩にぶつかってしまった。

「すいません」
「いえ、こちらこそ」

 思っていたのと違い、綺麗で透き通った女性の声に、俺は嫌な予感を感じて相手も見ずに立ち去ろうとした。

「そこの勇者。待ちなさい」

 後ろから声をられ、ビクッと肩を震わせる。
 内心でやっぱりかーとぼやきながら恐る恐る振り向くと、そこには鋭い視線をこちらに向ける女性がいた。

 その少女は、王国でも二人しかいないSランク冒険者の一人である。
 人の目を惹きつける黄金の髪は貴族の証であり、その容姿は王都で『黄金』と呼ばれる程整っている。

 少女の傍らに居るのはパーティメンバーの人達だ。
 高価そうな鎧の上からでも分る屈強な肉体を持つ戦士の大男。
 小柄な身体をすっぽりとローブで包みこんだ少女。
 白を基本とした神官服に身を包み、首に十字架を模ったネックレスを下げた神官の男。

 名前は知らないが、Sランクである『黄金』程では無いにしても、皆Aランク冒険者と認められている実力者だ。

「ええっと」
「お前は、まだそんな小遣い稼ぎをしているのですか」

 彼女の言う小遣い稼ぎとは、俺の手に持つ依頼書の事だろうか。
 Fランクの依頼から得られる最低レベルの報酬は、最早彼等にしたら小遣い以下の稼ぎなのだろう。
 だが、俺にとってはそんな僅かな稼ぎでも生きて行く為には必要なのだ。

「そう……ですけど」
「ハッ! ほらなフラン。こんな奴、気にかけるだけ無駄なんだって」

 俺の言葉に鎧の大男が笑い、剣姫であるフランが呆れ混じりの溜息を吐く。

「はぁ……。お前は仮にも勇者なんですよ。力が無いと言ってもルーク様やセレナーデ様のように、少しは王国の為に力を尽くしたらどうですか」
「ええぇ……」

 王国に居る二人の勇者に比べたらユウのやっているのは王国にとって無駄な事に等しい。
 だが、今日生きていくだけでも必死な俺にはそんな事言われても全く使命感とか湧かないのだが……。

「只でさえ貴方は……」
「おやおや。こんなところで貴族様が勇者に説教とは、随分と暇そうですね」

 俺とフランが振り向くと、そこには貴族であるフランよりも、派手に着飾った男が立っていた。
 明るい赤髪に高い背丈。
 すらりと伸びた長い足に整った顔は、さぞや女性にモテることだろう。
 細やかに装飾が施されたそれは、どれも魔法が付与された高価な装備だと伺える。

 男の名前はランセル。
 フランと同じく、王国に二人しかいない『操者』の異名を持つSランクの冒険者だ。
 彼も冒険者ギルドに用があるのか、後ろにはパーティメンバーと思わしき女性たち三人が、付き従うようにランセルの後ろに控えている。

「これはこれはランセル殿。今日も女性をはべらせての冒険ですか。あまり無理をさせてはいけませんよ」
「ははは。心配には及びませんとも。どこかの貴族で女性だからという、話題性でSランクとなった誰かさんと違って、俺は実力を認められてSランクになったのですから」

 ……空気が重いなぁ。
 フランとランセルは仲が悪い。
 まぁ、貴族が嫌いなランセルがフランを一方的に敵視していて、フランはランセルの嫌がらせを受け続けたせいで苦手となっただけなのだが。

 二人の間にバチバチと火花が散る中、俺はただランセルのパーティを見て、こいつ毎回違う女連れてるなぁとか、ギルドの入口で口論するのは迷惑だからやめない? なんてことをぼんやりと考えていた。

「お邪魔そうなんで……それでは!」

 これ以上は面倒になりそうなんで早々に切り上げる。

「あ、こら。まだ話は」
「フラン様。もういいじゃないですか」
「そうですね。やる気の無い者にこれ以上何を言っても無駄でしょう」

 背後でフランが盗賊と神官に引き止められている事に安堵しつつ、俺は早足で王都の出口に向かう。
 これから依頼のあった村まで向かわなければいけないのだ。

 依頼を受けて、王都を出るまでに一体どれだけの罵声や蔑みの笑いを受けただろうか。
 五年も経って慣れたと言っても、全然平気という訳ではない。

「はぁ……疲れる」

 大きな溜息を吐きつつ、俺は王都を出た。
 
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