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もりもり

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八話 食事のありがたみ

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「ーーーー」
「……ん?」
 彼女が何かを喋ったのだが、考え事に気を取られていたので聞き逃した。
 ……て言うか今のって日本語じゃないよな。
 発音的に多分ロシア語。ちゃんと聞いてなかったからあんまり自信無いけど……!
「わ、ワンモア……」
 通じるか分からないが、指を一本立て、念の為英語で頼む。
 女性は俺の言葉の意味を理解したのか、溜め息混じりにもう一度さっきの言葉を口にする。
「(私の事はほっといてください)」
 よし。今度はちゃんと聞き取れた。
 そしてやはりロシア語だったな……。
 日本語や英語と違って、ロシア語は基本会話ぐらいしか出来ないのだが……。
 俺は咳払いを一つ行い、昔学んだロシア語を間違えないように、ゆっくりと口にする。
「(大丈夫? 落ち着いた?)」
 俺がロシア語を話せた事に驚いたのか、女性が顔を上げ、目を見開く。
「えっと……(今危険。これ飲む)」
 そう言って俺はポーションをオブジェクト化し、蓋を開けて彼女に差し出す。
 これで伝わるだろうか……。
 彼女のHPゲージは、オークに襲われていたせいかレッドゾーンに入っている。
 安全地帯でもない場所でこのままでいるのは非常に危険だ。
 今は大丈夫みたいだが、Mobが大量に襲って来たら守りきれるか分からない。
 しかし彼女は俺を警戒してか、ポーションをなかなか受け取らない。
 まぁ普通はそうか……。
「んーと(赤、治る)」
 俺は彼女から見てHPゲージがあるであろう所を指差し、ポーションの説明をする。
 単語を繋ぎ合わせた程度で、断片的にしか説明出来ないのが何とももどかしい。
 彼女は俺の意図を理解したのか、恐る恐るといった様子でポーションを受け取り、一気に飲み干した。
 SCOでは、今の所瞬間でHPをフルにまで回復できるアイテムや魔法は無く、ポーションを使っても回復する速度はゆっくりだ。
 レベルが低いからポーション一つで満タン近くにまで回復するだろう。
 彼女はHPが回復していってる事に安心したのか、はぁ~~と息を吐きながら肩の力を抜いた。
 《圏外》だということも忘れ、強張っていた力を抜き安心しきっているその姿に、先程の様な鬼気迫る雰囲気は感じられない。
 とりあえず俺もほっと一息つく。
 あーよかった。
 ポーションまで拒否されたらどうしようかと思った。
 もし拒否されてたら島の端まで全力でダッシュし、身投げしてたかもしれない。
 俺が周囲の様子を確認していると、二人だけの空間にぐぅ~と言う音が響いた。
 もちろん俺ではない。
 ちらっと彼女の方を見て見ると、顔を林檎のように真っ赤に染めて、腹を抑えながら俯いていた。
 少し早いけど晩飯食うか。……その前に。
 《索敵》スキルに反応があった。
 俺は少し離れた所で出現したバトルドッグ二匹を一撃で沈める。
 うん。この程度なら一撃でいけるな。
 出来れば安全地帯で休みたかったが、ここから動くわけにもいかないしなぁ……。
 ダンジョンに入りさえしなければ高レベルのMobは出ないみたいだし、この程度なら問題ないだろう。
 早速そこらへんの焚き木を集め、火打ち石で火を付ける。
 幸いここは森の奥深くだ。
 焚き火をしていても人の目には着きにくいし、焚き木には困らない。
 俺はウィンドウを開いてから、食材アイテムを選択し、手の上にオブジェクト化させる。
 現れたのは薄く切られた食パン、それとベーコンにチーズ。
 パンにベーコンを乗せて、その上に火で炙りトロっとしたチーズを被せる。
 即席のベーコンチーズトーストの出来上がりだ。
 この程度なら《料理》スキルも必要なく作れる為、食事の中ではマイブームになりつつある。
 ベーコンとチーズの匂いがこの空間内を支配する。
 再びぐぅ~という音が響き、振り向くとすぐ後ろに彼女が居た。
 彼女はじっと俺が手に持つトーストを見つめている。
 レベルが低い状態で一人《圏外》に出てきている時点で、まぁ大体の予想はしていたが……。
 金が無くなって稼ごうとしたけど、狩場所がなかったとかだろうな。
「(食べますか?)」
 俺はトーストを女性に差し出す。
 彼女はハッとした様子で我に返り、咄嗟に首を横に振る。
 自分がこんな状態なのに断るとは、礼儀正しい人なんだろうと思う。
「(どうぞどうぞ)うーん。奢りってどう言うんだろうな……」
 彼女の手を取りトーストを持たせる。
 触れた瞬間ビクッとしたが、俺の手を振りほどかずにいてくれた。
 俺はもう一度食材を取り出し、俺の分はあるからと言う意味も込めて、もう一つトーストを作り出す。
 女性はしばらく手に持ったトーストと俺を見比べていたが、自制心よりも食欲が勝ったのかついに一口かぶりついた。

 口の中に仄かに熱を帯びたチーズに包まれたベーコンとパンが入り込み、香ばしく食欲をそそる匂いと、あまりの美味さにアリサは驚愕する。
 もう一口、もう一口と夢中になってトーストにかぶりついた。
 自分が今まで食べてきたのはなんだったのかと思える程の感動。
 手渡されたトーストが無くなるのにそう時間はかからなかった。
 自然と目頭に涙が溜まる。
 美味しいものを食べられる事のありがたみを再認識した瞬間だった。
 ほぅ……と、今まで自分を苦しめた空腹とおさらばすると共に、アリサはこの世界に来てから初めての確かな満足感を得た。
 今さっき食べたトーストの味を思い出す。
 出来ればもう一度……。いや、本当なら毎日食べられたい。
 これ程の感情は現実世界でも抱いたことはなかった。
 栄養バランスを考えられ、母に言われるまま機械的に食べていたコース料理。
 高い食材を使い、プロのシェフによって作られた料理のどれよりも、今のトーストは美味しかった。
 この世界に来てから、今見ている景色も食べてる物も全て偽物だと、色々な事を否定してきたアリサでも、これだけははっきりと認める事ができた。
 目の前にいる死神と思わしき男性がアリサを見て微笑む。
 つい夢中になってトーストにがっついてしまった事に、今更ながらはしたない姿を見せてしまったと、顔が赤くなり目をそらす。
 空腹が満たされ、命の危機を脱した事によって、アリサは落ち着きを取り出し、先程の一件を思い出す。
 我ながらとんでもない事をやってしまった……。
 オークに襲われていたあの時、明らかに彼は自分を助けてくれたのだ。
 それをパニックになっていたとはいえ、思い込みで悪者だと決めつけ、あろうことか攻撃してしまった。
 彼が高レベルだった事や、自分の突然の攻撃にも冷静に対処してくれたから良かったが、もし相手のレベルが低かったり、自分を敵だと認識し攻撃されたりしていたらと思うと背筋が冷たくなる。
 彼の行動を思い出す。火をおこす前、突然走り出した先には二匹の犬の様なMobがいた。
 明らかに昼間見たメークドッグよりも攻撃的な犬。
 それを彼はあの扱いづらそうな大剣で一刀両断した。
 その動きは無駄が無くとても滑らかで、初心者のアリサでもその凄さは伺えた。
 明らかに《始まりの街》に居た彼等とは違う。上手く言えないが、何かが根本的に違うのだと思った。
 そんな人に自分は攻撃をしたのだ。彼程の実力なら返り討ちにする事など容易かっただろう。事実簡単に無力化された。
 その後に自分を糾弾してくれてもよかった……いや、むしろそうして欲しかった。ゲームとはいえ、今この世界で人を斬ると言う事は、とんでもない罪なのだから。
 それなのにこの人は、あろうことか空腹だった自分に食事を恵んでくれたのだ。その前にもHPゲージを回復させるアイテムもくれた。
 つい会話を拒絶し、ロシア語で返事を返してしまった事をもろともせず、同じロシア語で話してきた事には流石に驚いたが……。
「ありがとうございます」
 感謝の言葉は、思っていたよりも自然に言う事ができた。
 他にも色々言わなければいけない事がある。
 助けてもらったのに斬りかかった事、日本語を話せない様に装ってしまった事、そしてそんな自分に食事やアイテムを恵んでくれた事。
 SCOに来て初めて男性と日本語で会話をする決心をした。
 アリサは顔を上げ彼を見る。
 しかし彼は、アリサが口を開く前に盛大なツッコミを入れるのだった。
「日本語喋れるのかよ!!」
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